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洗礼

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 『第一階層 スタート地点 始まりの街』



 旅の幸運を予感させる、心地よい追い風。



 これからいつ果てるとも知れない道のりを歩んでいく両足で、最初の一歩を踏みしめる。



 照りつける太陽はきっと、俺を見定めているのだ。勇者に相応しいか、否か――。



 滴り落ちる汗も、勲章と思えば苦にならない。いっそ清清しい程だ。全てが俺を祝福している。



 いつの間にか、その口元は笑みを形作っていた――、



 「ぉお」



 ――いやだって、いきなり目の前にドストライクな女の子が立ってるんですもの。健全な高校生男子としてはにやけない方がどうかしてる。ついでに言うならトリップして自分勇者設定語っちゃったってむしろそれこそが正常なのだ。思春期というのは心身ともに大人に近づき、否が上にも異性を意識してしまう時期のことなのだから(保健体育・教科書一部脚色)。理論武装とか言うな。出来てねえだろ明らかに。



 ラジオ体操第一……いや全部やる必要はなかったな軽く恥さらしじゃん。とにかく大きく息を吸って吐く。第二の理解に苦しむ筋肉ムキムキ体操までやってなかったから良しとしよう。



 『第一階層』。少女から目を逸らそうとデバイスを覗き込むと、画面右上にそのような表示がある。ゲームを開始することには成功したらしい。周りを見渡すと確かにそれっぽい風景が広がっていた。プレイヤーズギルドか何かであろう煌びやかな建物に、その両脇に続く道具屋やら防具屋やら武器屋の出店。噴水に囲まれた中央広場みたいな所の中心の円からは角度によって様々な色に見える光が放たれ、周りに魔方陣が描かれていることから転移する際に使うんじゃないかと思われる。さらに街の外周部へと目をやれば宿屋に酒場に軽食屋と多彩な施設が揃っていた。警戒していたが、プレイヤーに会うことはなかった。朝だからか。



 現実逃避(適切なのか微妙)終了。そう大きいわけでもない街を一周しただけで乳酸が溜まった足を止める。



 やっぱり一番目をひき付けられたのは目の前の銀髪な少女だった。



 「アバターって実体化するのか……。いや、俺もゲームの中に入ってるわけだから実体化とは言わないな」



 そう、その女の子はどう見ても俺の妄想から生まれたアバターの少女だったのだ。さっきの映像と違うところがあるとすれば、俺の通っている高校の夏服を着ていることと、あとは〝口元が不満げ〟の件が抜け落ちていることくらい。……まあ残念じゃないといえば嘘になるが。いや裸が見たかったわけじゃないぞ念のため。後者だ後者。ツンデレ的なモノを期待したわけだ。デレる前提だったんだよ説明不足でしたよ悪いか。



 そもそも人格がないんじゃ表情の些細な変化なんて無理な話だけどな。



 だがそれ以外の、容姿に関することは完膚なきまでに再現されていて、どこを見ても頬が熱くなるのを感じる。目のやりどころに困る、ってのはこういうことだ。服着てるし、ましてや芸術なのに何でだろう。さっきデバイスの画面で見たときは裸だったが、それを見たときと同じくらいの衝撃がある。立体的だからか。アバター(3D)だからだろうか。――なんか緑色の方々を想像して残念な気分になった。



 「ね、ねえ、」



 そういえばアバターの名前を設定した覚えがない。元々ついてる名前でもあるの? それともユーに相応しい素敵な名前を考えてあげようか? そう訊こうとした。その直後、



 ピピッ、と。小さな電子音が、しかしやけにはっきりと聞こえた。



 じっと俺を見たまま微動だにしないアバターをよそに、慌ててデバイスを開く。画面中央、非常口みたいな緑色の文字――『他プレイヤー接近中』。ちなみにさっきの質問はしなくて良かったと数秒前の自分に感謝します。さすが俺!



 ……どうする。ここに来てからまだ三十分も経っていない。とりあえず金を集めれば良いという主旨は分かったが、プレイヤー同士のバトル方法だって説明されてない。逃げるか? でも相手の側にも同じ情報、つまり俺が近くにいることは伝わっているはずだから、バトルしたいのなら逃げたところで追ってくるだろう。



 「――あ。そこの人、ちょっと良いかな?」



 うだうだ悩んでいる内に見つかってしまった。いかにも好青年って感じの、リア充って感じの多分大学生。俺の鈍色の頭脳が音を上げて高速回転する。性能悪くて音ばっかりがうるさいポンコツではあるが。……うん、初心者ですってことを正直に話して、この人にゲームの進め方を教えてもらえば良いんじゃないか? とにかく戦えないことをはっきり告げて、と。いきなり所持金が減るのはきついし。

だがその人が次に発した言葉は予想とはかなり違っていた。



 「良かった。人に会えて。誰もいなくてどうしようかと思ってたところだったんだ……。あのさ、身勝手なお願いだとは分かってるんだけど、頼む。すぐ返すから、お金を貸してもらえないだろうか?」



 「……え?」

 



 





 第一階層中央広場。結局まだ名前がついていないアバターに背後から見つめられながら、俺は一人の青年と向き合っていた。指示がないと動けないのか、今まで言葉すらも発していない。



 「……え?」



 反射的に聞き返した俺の表情がよっぽど怪訝そうに見えたんだろう、大学生は焦ったように補足を始める。あわあわしているが委員長じゃないから可愛くない。



 「ああ、ええと、事情を説明しないといけないね。実は今、NPCのクエストを受けてたんだけど……。あ、NPCは分かるよね?」



 「あ、はい」



 NPCはノン・プレイヤー・キャラクターの略称。つまりその辺にいる街人なんかのことで、その人から依頼を受けていたということだ。もちろん報酬を得る手段として。



 ちなみにその理屈でいくとNECはきっとノン・エネミー・カンパニー。つまるところ無敵だ。うわあすげえ。



 「それで、クエスト自体は簡単な薬草採取のはずだったんだけど……ちょっと失敗してさ。右手、動かないんだ」



 そう言って右手をぶらんと力なくたらして見せてくる。触れるだけで即効性の毒が回る珍しい毒草があったそうだ。すぐに対処はしたものの、右手がマヒ状態になってしまったのだという。



 「さっきNPCのクエスト、って言ったけど、僕が受けてる人はちょっと面白くてね。終わる度に同じ口調で『コンティニューするか?』って訊いてきて、続行すると次のクエストの報酬が前のものの二倍になるんだ。内容もそんなに難しくはないしね。ただし、クエスト達成条件の中に〝軽傷以上の傷を負わない〟っていうのがあって……このままだと今までのが全部無駄になるんだよな……」



 その顔は沈痛で、もうどうしようもないかも知れない、という雰囲気を如実に語っていた。そもそもここにいるということは〝招待状〟が届くような人間だったってことで、本当に救済を求めていたのかも知れない。つまりは貧しくて、生活に困っているような。それなのにここで負けたら……というわけだ。――ん?



 負け?



 ここで言う負けってのはどうなることだ?



 そしてもし負けたら……どうなるんだ?



 そんなことをふと考えた。



 チラッと後ろを振り返ったが、意思のないアバター様は相変わらずそこに立っているだけだった。何と言うかつまらん。本当にただの案内役、ということか。



 大学生風優男に向き直り、会話を再開する。



 「それで、金を貸すっていうのは?」



 まさか賞金を肩代わりしろと?



 「ああ。ええと、今僕はほとんどお金を持っていない。でも三百万あればそこの調剤士さんがすぐに腕が治るような薬を作ってくれるんだ。ゲームの良いところだよ、ハハ。そして、もしキミがお金を貸してくれるなら僕は右手を直してもらえる。そうしたらクエストの賞金を貰ってきて、すぐに返す。利子だってつけるよ。どうだい?」



 後半、彼の声音はほとんど懇願だった。よほど切羽詰っているようだ。聞くと、倍々方式で溜まりまくったクエスト報酬はとっくに一千万を超えているらしい。それが無になるのは痛いに決まってる。この世界にいると金銭感覚が狂ってくるよ、と彼は弱々しく笑っていた。



 利子はつける、つまり少なからず俺にリターンがあるということだ。



 だが、リスクも考えなければならない。この男が本当に信じられるのか。言っていることが全部デマだったら? ゲームの中で物乞いをする羽目になる。



 「え、っと。一応、返してもらえる保証みたいなのが欲しいんですけど」



 「そうだよね、無論だ。じゃあまず――この通り、僕の所持金はたったの二十万。キミから三百万近く借りたとしてもほかの階層に逃げることは出来ない」



 男はスマートフォン型のデバイスを取り出し、所持金の項目を開いて見せてくれた。二階層に行くには五百万が必要、だったはずだ。俺が頷くのを見届けてから続ける。



 「そして、調剤士のところにもクエスト発行者のところにもついてきてくれて構わな――いや、ついてきてくれ。そうすれば僕は逃げようがない。ああ、もちろん報酬を貰う際も、キミへの返金を先に行うよ。一千万も入ったら上に逃げられるようになっちゃうからね」



 リスクはない……ように思えた。というか基本的に馬鹿、もとい感情に忠実に生きる人間であるところの遠野悠介は、一度誰かを良い人だと思ったら勝手に仲間意識を持ち、そのレベルで信じてしまう性癖の持ち主なのだ。



 もう既に、俺はこの男を信じきっていた。



 「分かりました。お互い所持金ゼロになると困るかもなんで……二百九十万、貸します」


 

 「ほ、本当かい? 助かった……」



 心底ホッとしたような表情の男。所持金が一時的にでもゼロになるのは危ないかも知れないというのはさっきの思考の延長上にあるただの勘だったが。早速デバイス同士を近づけ、全てのそれに備わっている赤外線通信で送金する。



 送金、した。



 「はっ」



 男の笑みがこれまでとは圧倒的に種類の違う――見る者に不快感を与える、俺を馬鹿にするような笑みへと変わる。



 「やっぱ知らなかったな初心者。……このゲームには〝地下階〟があるんだよ」



 暗転。



 俺はゲーム開始からわずか四十三分にして第一階層から追放された。



いきなりな展開ですが、これはかなり初期からの設定なんです


とにかく読んでくれた方々に感謝!

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