プレイヤー設定
サブタイの通りです。ちょっと長いかも知れません。
ルール説明やら何やらで大事っぽい章です。
「――ふぁあ」
久々に小鳥の鳴き声なしに目覚めた俺の起き抜けの気分は、底辺だった。寝ずぎた。昨日は結局、殺風景な部屋が暇すぎて八時ごろには布団に入っていたのだ。デバイスに表示されている時間から逆算して、軽く十一時間は寝ている。さて現在時刻は何時でしょう? ネクストコナンズヒーント、足し算。
現実逃避もそこそこに次なるミッションを敢行したかった。……始まってもいないのにどういうわけか諦めムードが漂っている気もするが、とにかくあの日光を遮る忌まわしき布切れをシャーっとやって意識を覚醒させ、ついでに暑いから風も入れたい。どうして必要最低限の家具、の中にクーラーは入ってないんだろう(byゆとり)。
「いや、無理だろ」
果敢にも窓に数センチ近づいたが、テレビで高所のお仕事とか特集してるのを見るだけでも足がすくむような本格的高所恐怖症という不治の病を抱えているためそれ以上は動けない。具体的に言うと非常口の人のような体勢で固まっている。行きたいが、行けない。カーテンだけならまだしも、窓も開けるんだぞ? カーテンなら、延々這いつくばってやれば出来ないことはない。多分。ただし窓には鍵がある。鍵を回すためにはどうしても上体を起こさなければならず、そのときには視界的に防御力高めのカーテンさんから加護は受けられない。
「絶体、絶命か……」
突然ガチャリと音がしてドアが開いた。
「――ええと、君はどうして部屋の真ん中で考える人の真似してるわけ?」
「いやどんだけアクティブな考える人だよ。ってか緊急時に逃げながら何考えてんのその人……」
じょーだんじょーだん、とか言って笑いながら昨日より幾分フランクな口調になった浅霧さんが許可も取らずに入ってきた。このビルにプライバシーみたいな概念は存在しないらしい。子供が許されるのと同じ原理なんじゃねえのかなとは思う。
「お姉さん実は配給係なんだ。それで受付嬢は月一くらいしかやらないの。そんな日に来た君はきっと超運が良いよ? あは。というわけで時間指定はされてないけどお姉さんが朝ご飯を持ってきてあげちゃいました!」
そして無駄にテンションが高かった。あっけに取られた俺は何も言えずにベッドに軟着陸。浅霧さんが自然にカーテン+窓のツーコンボを打ち破っていくのを感嘆の面持ちで眺めていた。
「ど、どうも……」
「で、どうする? 自分で食べます? やっぱりあーんとかして欲しい? 君が望むならお姉さんメイド服着てご主人様って呼んであげるよ?」
「嘘マジで!」
「うん、ご奉仕十五分で二千円!」
「おう待ってろ……って金ねえんだよ! 全部預けたじゃん」
そもそも財布が入ってるバッグごと受付においてきたのだ。
「じゃあ……カラダで払ってくれる?」
「俺に得しかないんだけど!?」
あははっ、と悪戯が成功した子供のように笑う浅霧さんは今のところ昨日と同じ受付嬢ルックだった。こういうぴったりした服というのは水着と体操服の次に体のラインが分かりやすい。素人目にもかなり胸が大きいのが確認できた。……ていうかこの場合の玄人って何だよ嫌だな。
何だかんだ言って、俺としては浅霧さんが来てくれたのは少し嬉しかった。朝チュンチュンうるさい小鳥の鳴き声略して朝チュンの代わりにもなったし。それに俺が怒っているのはタクティクス全般ではなく、ただ委員長にあの手紙を送りつけてきやがった奴だけだ。今のところエロい受付嬢改め配給係な浅霧さんを嫌う理由はない。
適当な雑談をしながら食事を終えると、浅霧さんは立ち上がり、二人分の食器を片付け始めた。というか一緒に食べてて良かったのか配給係。
俺の懸念など微塵も気にせずに笑う浅霧さんは部屋を出て行く直前、振り返って目を細めた。
「じゃあ、頑張って」
その瞳にはやっぱり、と言うべきか、遠野を試すような光がありありと見て取れた。
特に何もない部屋だ。浅霧さんに言われるまでもなく、暇になればすぐモニターとその横の穴に目が行く。リモコンのボタンは全部触ってみたがモニターが反応することはなかった。つまりゲームを始めるのが先ってわけだろう。
「まあ……やってみるしか、ないよなあ」
とりあえずいろはすでのどを潤し、デバイスを用意してみる。ちなみに何気なく手に取ったいろはすは〝風味〟の域を超えていると評判のいろはす・みかんだった。素直にオレンジジュースとラベリングすれば良いのに。ちなみに手の中のボトルは数秒で変わり果てた姿になっていた。
昨日選んだ、ケータイの形をしたデバイス。一度開いてみるも、画面は真っ暗なままだった。多分モニター同様、ゲームを始めないと起動すらされないんだろう。暗闇に映る年の割りに童顔な顔は少しばかり緊張しているように見えた。
自分の目を見つめたまま、言い聞かせる。――お前なら出来る。
そして勢いのまま、半ば叩きつけるようにしてデバイスをセットすると、その瞬間。
とおのはめのまえがまっくらになった!
次に目覚めたのは前の町のポケモンセンター、でも何でもなく、薄気味の悪い灰色の小部屋だった。いや、部屋と言うとちょっと違う。空間、だ。灰色の空間。自分の周囲もずいぶん遠くも同じように灰色に見えるが、十メートル四方くらいの枠があるのがはっきりと分かる。変な感じはするが薄気味が悪い、というのとは少し違うように思えた。居心地が悪いというか、地に足が着いていないというか。下にも同じような灰色が続いているからだろうか。
妙な感覚に首を傾げながらふと首を下に向けると、何か猫を擬人化したような、小さい人形みたいなのがしきりに両手を振って存在を主張しているのが視界に映った。雑に説明すると、バニーガールの耳やら尻尾やらを猫用のとすり替えた上で手のひらサイズまで縮小したみたいな感じ。手乗りキャット。
やたら庇護欲をそそる可愛いらしさが全開だったからそのまま無視してやろうかとも思ったが、それではゲームが始められないため、しょうがなくそれと目を合わせた。具体的にはしゃがみこんでやった。俺は基本優しいわけですよ。
「や、やっと、気付いてくれたっ……あぅ、疲れた……」
半眼で睨む俺の前で寝っ転がるぬいぐるみ的存在。創作ダンスを踊ってる内に体力が底をついたらしい。これで猫型ロボットのつもりならルックス以外の全要素で負けてる。お前一日泣き続けると青色になるらしいよ?
「だ、大丈夫ですからっ。そんな目で見ないでくだはひっ」
「噛むな」
「……こ、こほん。ええ、そうなんです。わたしがプレイヤー設定ルームの管理人なんです。この部屋ではプレイヤー設定を行うんですっ」
停滞したような空気の中声を張り上げるリトルガールは軽く哀れだった。そこから精一杯背伸びしてデバイスの解説をしてくれたが、俺の死滅した脳みそ(by高校一年時担任・松崎)でも分かるほどに無駄な部分が多かったり、噛み噛みすぎて分かるものも分からないというトンデモ仕様だったので、頼れる方の青いタヌキがGM食品に違いないこんにゃくを渡してくれたりはしなかったが俺なりに翻訳してみた。要約ではない。ですらない。そこポイント。
まず、デバイスには、時計やフロントとの通信以外の主な機能として〝ステータス〟なるものがあるとのこと。それらは四つの項目に分かれ、それぞれにランクというものが存在する。総ランク数は全て26。一様に初期値はランクZで、上がるほどになんか良いことが起きるんだろう多分。
一つ目。体力値。
一瞬HPのことかと思ったが、戦闘しなくてもクリアできる、との言葉通りヒットポイントというわけではないらしい。一日の活動時間制限だそうだ。このランクが低いとゲームの最中に接続を切られたりするという。
二つ目。知力値。
これもどう考えても魔法の力をアップさせる的な、いわゆる〝かしこさ〟みたいなものかと納得しかけたが、その読みもまた外れだった。知力=情報。ランクが上がるほどにデバイスで閲覧できる情報が増えていく。
三つ目。プレイヤースキル。
これはまんまだった。ゲーム内で使えるプレイヤー自身のスキル。多分ルーラとかそういう感じ。昼夜逆転、みたいなのもあるらしい。あれはなんて名前だったかな。そしてゲーム内で昼夜を逆転させてどういう意味があるんだろう。
四つ目。アバターステータス。
「ちょっと待て。アバターなんて要るのか? ……まさかお前じゃねえだろうな?」
「ええっ(マスオさん風)? 何でそんな拒絶するみたいな空気纏ってるんですかっ? 窒素のアーマーですかレベル4ですかっ? ……まあわたしじゃないですけどっ」
というかアバターに意思はないのですよ、わたしは特別なのですよ、だからわたしは偉いんですよ、云々。
「まとめられた……云々で……」
「仰げとか貢げとか跪けとかしか言ってねえだろうが。とにかく質問に答えろよ……。アバターなんて必要なのか? ゲームは仮想現実空間でやる、って聞いたし、今だってそうなんだろ? 自分が動くのにアバターって……?」
「仮想現実ではないのです。擬似現実空間なんれす」
難しい言葉を噛まずに言えたと思って油断したんだな、うん。はいはい可愛い可愛い。
「と、とりあえず、デバイスに触ってるだけで意識を二次元の中に引きずり込めちゃうすごい技術なんです!」
「意識を……」
じゃあ俺の体は未だに3712号室に放置されているわけか。犯されてたらどうしよう。
――そんな益体もないことではなく。
まじまじと自分の両手を見つめてみる。いつもと何が違うのか全く分からない。試しに右手で左の腕を掴んでみても、感触は普段と同じように思えた。
「すげえな」
「そうなのです。そしてさっきの質問は……あ、えっと、アバターのことですよねっ。アバターは基本的にただの案内役です。全く使用しなくても別に良いのです。でもデバイスの四つ目の項目、アバターステータスを強化することで色んなことができるようになるんですっ! アバター同士を戦わせることもできるんですよ?」
案内役で、かつゲームのキャラクターのように戦わせることも出来る、か。それでもどこか釈然としない部分が残った。対して重要でもないのにわざわざアバターなんか作らせるか普通?
「次はそのアバターの容姿を決めちゃってくださいっ! あ、いくらわたしが気に入ったからって、わたしそっくりにするのは、だ、駄目なんだからね……?」
そう言って擬人化猫が頬を朱に染めるが、あいにくキャラの安定しない動物みたいなものに欲情するほど思春期じゃない。俺の好みはもっとこう……。
「あ、は、はい。じゃあそのまま妄想してみてください。思い浮かべている姿を映像化するのですっ」
妄想している内に結構しっかりとイメージは固まっていく。身長は自分より十センチちょっと低いくらいで、華奢だけど芯は強くて、髪の毛は冷たいくらいの銀色ストレート。目元は少し眠たそうにしていて、口はちょっと不満げに閉じられている。超絶美少女。胸はそんなに目立たないがないわけではなく、腰にかけてのラインや足は凄まじく綺麗で、それはもはや芸術の域と言ってよく、それゆえ、
「――それを崇めるのは芸術鑑賞と同じなんじゃ? と軽く錯覚するレベルのアバターが良いな」
「何か最後声に出てます、けど……」
ぬいぐるみにひかれた。何か自尊心がすごい傷付く。
「ま、まあそれは置いといてですね、デバイスを確認してみてくださいっ」
「デバイス? ……これもこっちに移ってるのか」
ズボンのポケットにケータイ型のデバイスが入っていた。まあさっきの話を聞く限りだとゲーム内でも大活躍するらしいからな。当然か。
だがそんな思考はデバイスを開いた瞬間に止まった。
――こちらを見つめる少女と目が合ったのだ。
透き通るような銀の瞳。同じ色をした髪の毛は長く、一点の曇りもない白い肌に絡み付いている。そう、
その少女は先ほど思い描いた通りに美少女で、芸術で。そして何より――全裸だった。
「ぐはっ」
致死。
「コ、コーフンしちゃってるんですか……? 初期設定なんですから服なんて着てるわけないじゃないですかっ。でもこのままだとここでゲームオーバーになりそうなのでこっちで適当になんか着せとくですっ」
すごい早口で喋りながら管理人はその映像を消し、自分でもハアハアと息を荒げていた。何を興奮しているのだよ、全く。はっはっは。
「え、えっとですね、えっとですね! プレイヤーのデータは取得済みですし、外見もちゃんと取り込めてるっぽいですし、あとは……あ、最後だ、最後にこのゲームの基本的な流れを説明しますです!」
「語尾が変だぞお」
「……そっちの方が変なんですけど! 怖い! 身の危険を感じちゃうんですっ」
「いや……ごめん。うん、もう大丈夫だから」
俺の精神力ははとっくに赤ゲージの半分を割っている。だから正直、全然大丈夫じゃない。アニメやゲームのキャラの全裸とかなら見たってそこまで身悶えたりしない。ちょっとだけだ、うん。だがアバターとは言っても、ここではゲーム内にいるはずの俺自身の体すら普段と見分けがつかないのだ。今見た少女も学校で見る普通の女の子と変わらなかった。同世代の女子って訳だ。だから全裸とか、驚かない方がどうかしてると言うか。
「で、ではいいですか……?
まずですね、このゲームは基本的に〝お金を稼ぐ〟ゲームです。その手段は問わないんです。ぎ、擬似現実空間では日常することにほとんど制限がかからないので、人によって色んな方法でお金を手に入れることが出来るのです。商売をやったり、誰かから依頼を受けたり、そ、その、体を売ったり……も出来ると思うです。で、でも! そういうのはあんまり効率の良くないマイナーな方法なのでしてっ。一番ポピュラーなのはあの、プレイヤー同士でルールを決めて勝負して、お金を奪い合う方法なんですっ」
俺は目を瞑って聞いていた。雑念を消すため、というのもあるが、普段頭を使わないから、こうやって「スイッチを切り替える」みたいな行動を入れないと脳が動き出してくれないのだ。一応心はもう落ち着いている。
「これから行っていただくフィールドにはたくさんの階層があるんです。スタート地点は一階。で、ですが最初の時点では二階に上がることは不可能なのです。二階に上がるには――えと、所持金が五百万を突破していることが最低条件なんです」
「……は?」
五百万なければ次の階層に上がれない?
「は、はい。このゲームで一番重要な要素はお金です。各階に最低金額が割り振られていて、それを突破するとその階に行けるようになる。た、例えばですね、初期設定でプレイヤーに与えられるのは三百万円です。これは一階にしかいられない金額です。ですが五百万円を超えると一、二階。また八百万を超えると一から三階まで行けちゃう、とゆう感じなの、です?」
「せめて確信持って言ってくれ……」
まあ必要なことは分かったから良いか。
クリア条件が何にしても、広いエリアを動ける方が有利に決まってる。そしてそのためには金が必要、と、そういうわけだ。それで金を大事に、か。でも、だったら浅霧さんはどうして何回もそのことを言ってたんだろう? そんなの一目瞭然だろうに。
分からん。
「まあ良いや。それで、クリア条件は?」
「知らないです。――このゲームの内容は、クリア方法を見つけること、なのです。あ、でもクリア報酬なら知ってるです! 何とですね、クリア時に持っていたお金を現金にしてプレゼント、なんですよ!」
「……そうくるか」
厄介なことになりそうだった。まず、時間的に。たくさんの階層、なんてのを隅から隅まで調べていたらキリがない。RPGならやらないといけないミッションだけこなしてクリアすることも出来るが、クリア条件も分からないんじゃやっぱりしらみ潰しにあたるしかない。でも正直、クリア時の報酬というのはすごかった。三百万円スタートのお金稼ぎゲームで、クリアしたら所持金全額お持ち帰りってことだ。
そこで自称管理人はちらっと腕時計で時間を確認するような素振りを見せ、それから小さくうんと頷いた。時計してないだろお前。何見たんだよ血管かよそれで時間分かんのかよお前無駄に高スペックだな! 見直したよ!
「そろそろ時間です。もうすぐこの空間にはいられなくなってしまいすので、すぐフィールドのほうへどうぞ。あ、説明も設定もちゃんと終わってるんですからね! 文句言わないでください!」
「言ってないけどさ……。いられなくなる、って? ずっとここにいたらどうなんの?」
「――死ぬのDETHE」
無表情で。
「い、行ってきます」
対する俺は割りと引きつった笑顔で。
そして気づく。さっき感じた不快感がもう気にならなくなっている。――もしかしたら、あれは設定前だったから、自分というキャラクターの定義が曖昧だったから感じたものなのかも知れない。
行くとは言ってもどうすれば、と思ってとりあえず灰色の壁に体当たりしてみると再び意識は消し飛んだ。だから多分正解なんだと思う。どんなマゾ仕様だ。
やっとゲームに入ったんですが…私事なんですが受験生でして…。
これから更新が遅くなると思います。可能な限り頑張るのでこれからもどうぞよろしくお願いします