参加(エントリー)
そろそろ本筋に入ってきます。良かった…
「っと、はい。オーケーです。ID08479番、遠野悠介の〝救済〟プログラム登録を完了しました。同時にタクティクス〝選抜〟プログラムにも登録されます。こちらのIDは73686番となりますね」
外に繋がる道が全て封じられた空間の中、唯一煌々と明かりの灯っている受付けは不気味でしかなかった。今日の仕事はもう終わりということなのだろう、他二人の受付嬢はとっくに姿を消している。残されたのは戸惑う俺と、やったら楽しそうな浅霧さんだけだった。密室で男女二人きり、ってのはもっと心踊るシチュエーションだと思っていたが勘違いだったらしい。
「〝選抜〟プログラム……?」
それよりも聞き慣れない単語を鸚鵡返しに呟いてみる。
「あ、ご存知ありませんか? うんうん。タクティクスでは〝救済〟プログラムの他にもいくつかのゲームを開催しているんです。それぞれに目的はありますが、共通しているのはもちろんゲームを行うこと。それらの内の一つに初めて参加される際には自動的に〝選抜〟プログラムの方にも登録され、そちらのデータにはタクティクス主催のゲームの結果が全て記録されていきます。ええ――名前から想像がついているかも知れませんが、そこで一定の戦績を上げるとタクティクスの社員になる権利を得られるというわけです」
ちょっとそういう噂話に興味がある奴ならかなり喰い付くはずだし、そうじゃなくても普段の俺だったら「だから社員少なくてもやってけんのかあ」くらい思ったかも知れないが、今現在は死ぬほどどうでもいい説明だった。そんなのをとても良い笑顔で語ってくれる浅霧さん。闇というものを知らないに違いない。
「何か君失礼なこと考えてない? 君が訊いてきたんだよ?」
にぱあ、のまま。むしろ怖え。
「あ、いやすんませ……ってなんで分かんだよ? 人の心読めちゃう人ですか住居不法侵入で訴えますよ?」
美人の笑顔は怖い、とかいう都市伝説が本当だったことを身をもって知った。さらに言えば、タクティクスの社員である以上浅霧さんも〝選抜〟プログラムを通過したということになる。こうして気楽に話しているが、どんなポテンシャルを秘めているか分かったもんじゃないのだ。なんならスタンド能力の一つや二つ持っていても……いや、おかしいよなやっぱり。どこのブランドーさんだよ。
「まあそれはともかく。ゲームの前にいくつか説明することがあります。まずですね、ここでの生活でもゲーム内でも重要なアイテムになるデバイスの選択をお願いします」
「デバイス?」
「何に使うのかは追々分かります。あは……性能に差があるわけではないので、使いやすいものを選んでください。途中での変更も可能です」
どーぞどーぞ、と浅霧さんはごそごそと足元の棚を漁り、大きさや形状の違う四種類の機械を目の前に並べた。ゲーム機型、携帯電話タイプ(スマートフォンと開閉式の二種)、そして腕時計型、とある。いまや希少種になりつつあるガラケー愛用者たる俺は深く考えずに開閉式の携帯電話タイプのそれを手に取った。いやね、このパカパカ感の良さを分からない奴は人生の半分を……いや三分の一……まあうん、多分ちょっとは損してるはず。画面にタッチとかもう卑猥でしかないから。
「それで決定ですか?」
「うん。これでいい」
「分かりました。では……三十七階の、十二号室ですね。ご案内します」
最初に受けた印象の通り、このビルはホテルかマンションのように使われているようだ。プレイヤー一人ひとりに個室が与えられるってことか。そこまでして行うゲームってのは、一体どんなものなのだろうか。このビルのどこかに大人数が集まれるスペースがあって、決められた時間になったらそこに行ってゲームをするとか? ……微妙な気がする。
荷物を肩にかけ、移動しようとした俺はしかし、すぐに引き止められた。
「すいません。言い忘れていました。えっと、荷物は全てここに置いていってください」
「……は?」
「個室への荷物の持ち込みは禁止です。今着ている服以外は全て一時預からせていただきます」
あはは。
「いや、あははじゃねえよ。そうじゃねえだろうよ……。マジか」
別にバッグの中にとりわけ大切なものが入っているわけではない。せいぜい着替えやら何やらだ。財布の中身は高校生として悲しくなってくるくらいだし。今日の帰りの電車賃足りないから途中から歩く予定だったくらいだ。
まあとにかく、財布はどうだって良い。痛いのはケータイだ。外との連絡手段が断たれる。
「マジです。……エロ本でも持ってきてたんですか? 一冊くらいなら見逃してあげないこともないですけど。高校生ですし、純情そうですし。――ちなみにどんなやつですか?」
「違うわ!」
浅霧さんは終始無邪気な笑みを浮かべておきながらそんな発言を平気でなされる。心の苦手人物ブラックリストにしっかり記しておこう。今のは話題をそらした、というのもあるのかも知れないが、遠野をいじるのがメインであるようにしか感じられない。何この人Sなの? その笑顔は天然を装ってるわけ?
「まあ携帯電話は無理かも知れませんが、TVやインターネットなら申請すれば手に入れられますから。ゲーム内で、とっても頑張れば」
「ゲーム、内……」
少し引っかかったが、ますますどんなゲームなのか分からなくなっただけだった。溜め息を吐き(マイブーム)、荷物を全部地面に置く。ケータイもポケットから出し、代わりに受け取ったばかりのデバイスをすべりこませる。浅霧さんはそれを見届けると無言で歩き出した。楽しげに細められた目が付いて来いと言っている。仕方なく手ぶらで後を追うと、ロビーの横の廊下に入ったところにエレベーターが十機以上並んでいる光景に出くわした。ビビった。威圧感が半端じゃない。必要なのかこんなに? それぞれ止まる階が違ったりするんだろうが、正直不気味だからやめて欲しい。
浅霧さんはどこから出したのか可愛らしい帽子を被っていて、本人曰くエレベーターガールのつもりらしかった。妙齢、といった感じなのだが、にぱあという擬音が聞こえてきそうな笑顔のためにガールとついても違和感はない。
「三十七階でございます」
この人が単なるタクティクスの社員なのか、委員長を泣かせた奴に関係のある人なのか、それとも俺に味方してくれる人なのか。少なくとも今は判断がつかなかった。どうでも良いけど今度ナース服かなんか着てくれないかな。……ホントどうでも良いな。
柔らかな色合いの壁は一定間隔でくぼみ、そこに硬質のドアが据え付けられている。3712号室はすぐに見つかった。一階につき三十室近くの個室があり、エレベーターはその真ん中付近に位置しているのでかなり近い。
「へえ」
若干殺風景なのを除けば、普通に綺麗な部屋だった。本当にホテルみたいだ。窓枠にかかっているカーテンを外せば夜景なんかが拝めるのかも知れないが、高所恐怖症患者は自分のいる高さを想像するだけで足がすくんでしまうため窓に近づくことは出来ない。今さら過ぎた。朝とかどうやって日の光を浴びればよいのでしょう。
「チェックはしてあるはずですが、一応君も確認してみてください。あ、いいです? 初期状態で個室に備え付けられているのは、簡易ベッド、テーブル一式、トイレ及び風呂、ディスプレイ及びリモコン。それに小型の冷蔵庫です。中身は天然水のペットボトルが五本、以上です。不備はありますか?」
右側の、ベッドの反対に設置されている大きなディスプレイと、その他には本当に必要最小限の家具しかない。だが彼女の台詞の中にあったものは一通り揃っているようだ。膝下ぐらいしかない冷蔵庫を開けるといろはすが入れられていた。ちなみに俺流の飲み方だといろはすのボトルは飲み終わる前に潰れる。
「大丈夫……かな。うん」
とは言ったものの。
大丈夫な、わけがない。いや、家具の話ではなく、精神状態が。
委員長が悔しい思いをしていて、その原因となった奴を一発殴るだけのつもりで来た。それなのに〝救済〟プログラムに参加することになり、しかもビルの外へ出られなくなった。
あのシャッターは何なんだ? 一時的なんだよな? ずっと出られないわけじゃないんだよな? 必死に言い聞かせる。言い聞かせている、と自覚していることが既にタクティクスからは逃れられない、ということを痛感している良い証拠だった。
でも、同時に思う。どっちにしろ、ここで帰ったらわざわざ来た意味がない。
やるしかないんだ。
――俺は直情的な人間で、その場の感情で何かを始めることは多々ある。ただ、一度決めたことは何があってもやめたりはしない。
「そうですか。……では、今日はもう遅いので、ゲームをプレイするのは明日以降にするよう、お願いします」
「ちょっと待って、結局俺はどんなゲームをやればいいの?」
まだ説明されていない。
「ジャンル分けは難しいですね……。えと、多人数が参加して、またゲーム内での行動に比較的自由度がある、という点ではネットゲームとか、例えばめいぷるストーリーなんかに似てますかね。ですが戦闘の要素はあまりありません。それも一つの手段ではありますが、まあ一度も関わらずにゲームをクリアすることも可能です」
「……全然分かんないんだけど」
俺の困った様子を見るためにわざと情報を断片的にしか伝えてこないんじゃないかと疑うほどである。それかそもそも説明スキルが皆無なのか。脳内会議では前者が圧倒的に優勢だった。笑顔があははとニヤリの中間だったから。つまりアレだ、普通のやつだ。
「えっとですね。ああ、あれだ。――プレイヤーにはタクティクスの作り出した擬似現実空間に入っていただきます」
「その厳かエフェクト超いらないんだけど……。擬似現実空間? 仮想現実、みたいなやつ?」
「似ています。タクティクスのそれは、仕組みが少し違いますが」
全部を喋る気は毛頭ないらしかった。とりあえず多人数参加型で、バーチャルリアリティで、そこで何かをするらしい。らしい、じゃねえよ何一つわかってねえし。擬似現実空間、というのが気になったが、タクティクスの技術力ならあと数年で二次元と三次元を繋ぐデバイスを作れる、みたいな噂が立つくらいだから仮想現実空間ぐらい余裕だろう。未だにDSで満足している俺には無縁な話だと思っていたが。平面のものに奥行きがあるとかおぞましいわ。
あとはまあ、自分でプレイしてみるしかないだろう。
「ゲームをするときには、ここの穴にそのデバイスをはめ込んでください。最初に限り、初期設定モードに移ります。ゲームの説明は、そこで」
言いつつ浅霧さんはディスプレイの脇にある小さな穴を指差した。確かに携帯電話がすっぽりと入りそうな大きさである。内側へコードが延びているところを見ると充電も出来るんだろう。
「もう一つ訊きたいことがあるんだけど……」
「はい。何でしょう?」
「さっき〝ゲームをプレイするのは明日以降〟って言ったよな? 以降ってことは、いつでも良いってことなのか? しばらくやんなくても良いのかよ。ゲームのために集まってるのに、何で、」
口をつぐんだのは、不可抗力だった。すなわち、浅霧さんが遠野の口に人差し指を当てていたから。さっきよりもさらに嬉しそうに笑いながら。遠野のピュアボーイな心臓にはダメージがでかすぎる。危うく惚れちゃうところだった。というか心臓に性別ってあったんだな驚いたよ。
「禁則事項です」
「……朝比奈さんか」
「でも本当に、今は言えないことです。んまあ、そこまで大したことではないんですけどね」
その後、しばらく生活面についての説明が続く。また彼女はこうも言った。
「遠野悠介君。これだけは忘れないでね。このゲームで一番大切なのは、お金よ。今のフレーズはそのまま覚えておかなきゃ駄目」
どういう意味かは、やれば分かでのルールについて聞かされた。食事は基本的に配給制で、好きな時間を指定すれば届けにきてるわ――。
色々聞きたいことはあったが、まあ明日プレイしてみれば分かることである。で、その金――ゲーム内通貨というのは生活面にも関係するそうで、ここではゲームで得た通貨を実際に使うことが出来るのだそうだ。もちろん使い過ぎるとゲームの方に支障が出るのだろうが、部屋の設備をもっと良いものにしたり、娯楽用品を購入したり、さっき漏らしていたTVやインターネットなんかも手に入るらしい。
浅霧琴音は繰り返す。にぱあ、という笑顔のまま。
「大事なのはお金。良いですか? あは、この意味さえ理解できていれば、きっとこのゲームに勝つことが出来ますよ」
ありがとうございます。次でやっとゲームに入れます!