受付嬢
割と重要なキャラの登場シーンです
…まあ、あれですね。次でゲームに入るとか無理そうです
ビルの中は、想像していたよりは普通な印象だった。ただ、どっちかと言えばホテルのエントランスといった風情である。広めのロビーのような場所があり、壁際の液晶テレビを取り囲むようにソファが並べられていて、さらにその周囲にやたらと観葉植物が植えられている。受付も至って普通だ。見るからに受付嬢な雰囲気を醸し出している女性が一列に並んで座っていた。
しばらく立ち尽くしていた俺は三人いる受付嬢の内、真ん中の人に話しかけてみることにした。深い意味はない。ただ客観的に見てその人が一番目を引く容姿だったのも間違いないが。うん、やっぱり深い意味なんて何にもないな。
「あの、すいません」
相手はそこで初めて遠野の存在に気付いたらしく、ぴくっと肩を震わせて帽子を載せた頭を上げる。多分人の出入りが少ないんだろう。受付嬢と言ったら常に営業スマイルを浮かべて姿勢を正していて、客が来るのを待ち構えているくらいのイメージだったのだが、彼女たちはどうやら別の仕事をしていたようだ。パソコンのキーを打つ手を止めて応対用の笑顔を浮かべる仕種に、何となく〝仕事の出来る女性〟というイメージを覚えた。
「はい。何か御用でしょうか――あ、また間違えた。ここはそういう対応じゃないんだったっけ。――改めまして。こんばんは。〝救済〟プログラムへの参加を希望する方ですか?」
ですよね、と言って、にぱあと笑う受付嬢に、思わず唾を飲み込む。こ、これは営業スマイルじゃない……だと? ではなく。
間違いない。
〝救済〟プログラム。確かにここが、その馬鹿げたゲームが開催されている場所らしい。
「えっと、いや、何て言うか。多分違います」
でも俺は否定の言葉を述べた。美人のお姉さん相手だったため色々とごまかしが入ったが、一応毅然として拒絶したつもりである。気分的には〝だが断る〟レベルのシャットアウト。
そう、俺は別に参加目的でやってきたわけじゃない。
「……ええと、ではどういった……?」
ここを訪れる人なんて〝救済〟プログラムの参加者しかいないんだろう。目の前の女性は怪訝そうな様子で首を傾げる。美人がそうするとそれだけで色っぽい。立ち―座りの関係による上目遣いとのダブルコンボは相当やばかった。しかも四月だというのにどういうわけかクールビズ、彼女の着ている受付嬢の制服は一つ目のボタンが外されていて、白い鎖骨がどうしたって目に入る。
「――ちなみに下着は付けていません」
「っ!」
「いえそんな血走った目で見つめられましても。残念なことに冗談なんですから」
にぱあ、と無邪気に過ぎる笑顔じゃなかったら、殴るか襲うか、どっちにしろ俺の理性のリミッター解除は必然だっただろう。もちろん文脈上、襲うは性的な意味である。
危ない危ない。動揺するところだったぜ。
「こ、この招待状を、お、送ってきた人が誰なのかを教えて欲しいんですけど……」
普通にどもった。動揺の進行形だった。
口から出てくる声が微妙に弱々しいのを自覚しながら、くしゃくしゃになった招待状を受付の台上に置く。いらないかとも思ったが封筒の方も一緒に差し出す。受付嬢はそれらをしばらく見つめてから呟いた。
「送ってきた人、と言われましても……。んん、それは誰を指す言葉でしょうか? その文面を考案した人ですか? 実際にタイプした人ですか? その手紙を封筒に詰めた人ですか? それとも各ご家庭にこの手紙を配布した人のことでしょうか?」
彼女は顔を上げず、立て続けに質問を重ねる。笑顔は鳴りを潜めたままだ。俺をたじろがせたかったのか、それかもしかしたら試しているのかも知れなかった。
でも残念ながら答えは決まっている。
「これを送る相手を選んでる人、ですかね」
どんな組織でも何かを決定する人物というのは大抵その辺の下っ端なんかではない。〝救済〟プログラムが会社の中でどういう位置づけをされているのかは不明だが、参加者選びをするのは多分タクティクスの中でもそこそこな立場の人間だろう。怖くないと言えば嘘になる。でも俺が許せないのはどう考えてもそいつ以外にありえなかった。
――何を基準に委員長の努力を踏みにじるような真似をしやがった。〝救済〟? 笑わせるんじぇねえ。委員長を、他でもないあの石井愛を泣かせて何が救いだ。
「そうですか……。えっと、残念ですがそれをお教えすることは出来ません。タクティクスの社員でもそれを知っている人はあまりいないんですよ」
困ったように笑う。あまり、って言うのがいかにもな感じだ。
「……あなたは知ってるんですよね?」
「はい」
駄目だ。あはは、とでも形容すべき彼女の純粋すぎる笑顔を見る限り、教えてくれるつもりは一切ないようだった。下唇を噛む。良い考えなんて沸いてこない。インスピレーションとか神の啓示的なものも期待してみたが無駄なようだ。……普段からほとんど使っていない頭は思ったように動いてくれない。
「ただ――」
受付嬢が未だに俯いたまま口を開いた。その表情は見えない。
「ただ?」
「彼は、このゲームに参加していますよ。あなたもプレイヤーになれば、彼と遭遇することもあるかもしれません。てへ」
「っ!」
あからさまに罠っぽい誘惑だった。てっぺんが見えないようなビルだ、ここに同じく招待状を受け取った人たちが集っているのだとすれば、その数はきっと非常に多い。特定の、しかも顔も名前も分からないような奴に出会える確率はごくわずかでしかないだろう。
でも、確かにそれ以外にそいつに会う方法はないのだ。上手い誘い方である。
迷ったのは一瞬だった。
「遠野悠介です。〝救済〟プログラムへの参加を希望します」
改めて招待状を突き出す。やっと顔を上げた受付嬢の目にはいたずらっぽい光が宿っていた。口はとっくに笑みを形作っていたようだ。さっきまでとは少し質の違う、それでも現状を最大限楽しんでいるような、そんな笑い方。
「承りました。決心してくれて嬉しいです。まあでも――」
――彼女が言葉を切ったわけではない。突然凄まじい音とともに、俺の入ってきた正面入り口やその他の至る所にある窓ガラスを覆うように分厚いシャッターが下りたのだ。
ガシャン、と。
これ以上の来訪者を拒絶するように……同時に、中にいる人が脱走できないように。
足に衝撃が伝わる。
時刻は夜七時――招待状に記されていた時間、ぴったりだった。
そして。
「はあっ?」
「ここに来た時点で、元々拒否権なんてないんですけどねー」
受付嬢――浅霧琴音は心底楽しそうに、底冷えするほど無邪気な笑顔でそう言った。
ありがとうございました