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委員長

ちょっと長いかもです。そういうわけで更新ペースは遅いですが(受験生ですし…)、読んでもらえると嬉しいです。


導入部、ですかね


ちなみに一人称の語りに改稿しました

 


 俺、遠野悠介は浮いている。

 


 「――よし、じゃあ今日はここまでだな。この範囲はテストでも狙われるだろうからしっかり復習しとけよー」

 


 とは言っても、もちろん授業終了直後の教室で空中浮遊なんていう離れ業を披露したりしているわけではない。やるかそんなこと。サーカス団志願じゃねえんだよ。

 


 「飯か……」

 


 午前中の四コマから解放されて昼休みに入る高校生たちのテンションは傍から見るとなかなかに異常で、そこかしこで机を寄せ合い、仲良しグループで弁当やらパンやらを食べるという光景が展開されていく。



 ちなみに今のト書きで最も重要なのはもちろん〝傍から見ると〟だ。

 


 そんな中で俺は席から立ち上がることなく、一人溜め息をついていた。鞄から弁当箱を取り出してこれ見よがしに音を立てながら机にハードランディングさせてみるも、それがきっかけで誰かと話が始まるようなことはない。精々中のエビチリソースが卵焼きにぶっかかったくらいのもんだろう。

 


 理由は単純。前述の通り、俺はクラス内で浮いているから――もとい、一緒に昼ご飯を食べるような友達が誰一人いないからである。

 


 性格は、多分、そんなに悪くはない……はず。歳の近い妹が首を傾げながら下した俺の評価はこんなもんだが、だったら何でこうまで遠ざけられているのかと言うと、それもまた分かりやすいことなのだった。

 


 『校内随一の不良グループが明らかに遠野悠介を敵視している』から。

 


 中学校の入学式だったか、それかその次の日くらいにその中の一人と何かを言い合ったような覚えはある。言い合いというよりは一方的に攻め立てられていたような気もするが、ただ今となっては内容も思い出せないようなその会話で不良Aがキレて、既に交流があったらしい似たような奴ら(BからEぐらい)に告げ口したのは確かなようだ。その後勢力を伸ばした彼らは総力を挙げて俺の行動を妨害し、当然そんなのと関わり合いたくない普通の生徒たちは離れていった。もう見事な距離感だった。認識できるけど届かない、とかそういうレベル。

 


 高校に進学して少しはマシになるかと思いきや、わざわざ家から離れたところを選んだにも関わらずAとかDとかGその他数名に遭遇。俺の不遇な毎日は中学時代と何も変わらず展開されていったというわけだ。

 


 「俺……何でアイツと言い合いしてたんだっけな」

 


 母親が異様なまでの味オンチであるため自分で作っている弁当をもそもそと口に入れながら呟く。プリプリのエビが箸からこぼれてブレザーに染みができたが、もちろん誰も反応なんかしてはくれない。せいぜいがチラッと振り返るくらいのもので、話しかけでもしたら前衛的な格好の不良Aたちに目を付けられることが分かっているから何もしない。遠野だってそうしたい。当事者じゃなければ。怖いし。……まあワイシャツじゃなくて良かったけどさ。

 


 中学時代はどうにかセーブしていたが、最近溜め息を吐くのが癖になってしまった。本当、嫌な癖だと思う。

 


 「はあ」

 


 まあ嫌だと思ったところですぐにやめられるようなものではなく、というかやめられないから癖なわけで。開き直って回数を数えてみると昼休みだけで二十回を突破していて、少し笑った。

 


 水筒に写った自分の目は、少しも笑っていなかったけど。

 

 






 窓から見える校庭の樹々はとっくにピンクの衣装を脱ぎ、それはそれで綺麗だと言えなくもない葉桜を帰宅していく生徒たちに見せびらかしている。一日二回、校門を大量の人が通る時間帯だ、気持ちはまあ分かる。自慢できる期間がせいぜい二ヶ月弱なんだからはしゃぐのも当たり前だ。

 


 ほうきを動かす手をほとんど止めて、ぼんやりとそんな光景を眺めていた。自分の持ち場は掃除し終わっている。だから俺一人ぼーっと突っ立っていても誰も文句は言ってこない。周囲二メートルに進入制限結界でも張られているかのようだ。烏森にでも生まれていれば結界師として大成していたに違いない。無念。

 


 何もしないで帰ったって咎められたりしないんだろうなあ、とかそんなことを思いつつ淡々と床をはき続ける時間ははっきり言って苦痛でしかないが、反面その後で窓の外を眺めたりする時間は好きだ。放課後というのは得てして特別な響きを持つものだが、俺に関してその喜びは他の人のそれを遥かに超えている。

 


 放課後。週五でやってくるそのイベントは、俺が例の不良たちから解放されることを意味しているのだ。一応注釈は付けておくが、学校ではハブられていても他の場所ならそんなことはない。中学のときからやっているテニススクールに行けば友達はいるし、家には妹もいる。そして最大の理由は、

 


 「遠野くん?」

 


 不意に、結界が破られた。――その少女は俺のすぐ隣に立って微笑んでいた。

 


 「委員長。掃除終わったのか?」

 


 「はい。それで今日は……その、」

 


 「話があるんだったよな? いつでも言ってくれていいのに。まあいいや、帰ろうぜ」

 


 俺が放課後――ぼんやりと外を眺めている時間を気に入っているその理由は、それが唯一、学校で誰かを待っている時間だったから。

 


 律儀に頷く彼女を一瞬視界に入れ、帰り支度をするため急いで後ろのロッカーに向かった。クラスの喧騒が一気に頭の中から消え去る。彼女は委員長。それも容姿を見ただけで道行く人の七割は「委員長」か「クラス代表」的な言葉を思い浮かべるであろう、間違うことなき委員長だった。超が付くくらい委員長。去年――高校一年生のときから同じクラスで、俺が徹底的にハブられていることを発見して以来、例のアルファベットたちがいない隙を見て頻繁に声をかけてくれるようになった。しかも同情やら何やらといった種類の光を一瞬も見せずに、普通の友達として接してくれる。きっとそういうのを放っておけないタイプなんだと思う。

 


 俺が友人といって思いつくのは今のところ彼女、石井愛くらいしか存在しなかった。

 


 「……ありがとな」

 


 「え? 何ですか?」

 


 無意識に呟いた言葉だが、何かとデビルイヤーな委員長には聞こえてしまったらしい。首を傾げて遠野の目を覗き込んでくる。無防備な瞳。高い位置で結わえたポニーテールが揺れる。

 


 「いや。待たせたかなと思って」

 


 「いえいえ、それなら全然大丈夫です。むしろ動きが速すぎて遠野くんの体がブレて見えました」

 


 手刀を横向きに薙いで、とうっ、とか言いながら速さを表現してくれる。

 


 笑うと眼鏡のレンズよりちょっと下にえくぼが出来るこの委員長は、俺にしてみればオーバーでも何でもなく、恩人と呼ぶに相応しい人だった。確かに俺の置かれた環境は中学時代とほとんど変わっていない。だがそれでも明らかに違っていた。――自分の味方をしてくれる人が一人でもいる、というのは思った以上に大きい。委員長の存在がなければ俺なんてとっくに駄目になっていたはずだ。

 

 



 でも今日の委員長は、いや最近の彼女は少し様子がおかしい。

 




 疑問を覚えつつも教室から見ていた光景の中を二人で歩く。葉桜は遠目より近くから見上げた方が綺麗だな、と思った。というか遠くからじゃ桜なのかどうかも分かんないし。普通に緑。

そういや制服クリーニング出さないとなあ、と思いながら恨めしげに太陽を睨みつける。……目が焼け付くように痛いです。今日はこの辺にしといてやる。

 


 「にしても暑いなあ。衣替えっていつだっけ?」

 


 「えと、確か六月の初めです」

 


 「まだ結構あるのか……」

 


 「ご、ごめんなさい。すいません」

 


 「え? いやいや委員長に文句言ってるわけじゃないからね? 頭下げないで! 何か俺が嫌な奴みたいに見えるから!」

 


 クスリと笑って、冗談です、と漏らす委員長。こうしていると何か自分が普通の学校生活を送れているように思える。何で彼女が委員長をやっているのか、なんてわざわざ聞いてみたことはないけど、それが人の役に立ちたいとか、そういう漫画なんかでよく見かけるベタな理由なんだとしたら、それは充分以上に達成されている。少なくとも俺の役には立ちまくっている。千葉動物公園の彼よりよっぽど立ってる。

 


 「そういえば、遠野くんはこの土日何してたんですか?」

 


 「……逆に訊こう。何故そんなことを知ろうとする! まさか……!」

 


 「ち、違います! 何も深い意味はありません。何となく気になっただけです。そういうんじゃないですからっ」

 


 〝そういう〟の意味を問いただしたいところだったが、まあどうせろくな返事は返ってこなさそうなので自重。どうトチ狂ったところで観賞優先である。焦ったような表情はちょっとレアなのだ。……今のはそうなるよう仕向けたんだけどな。一年もあればさすがに会話の展開は読めるようになってくる。ゆくゆくはケータイに委員長フォルダとか作りたい。是非に。

 


 でも、やっぱり今日の顔は普段と違う。いつものように感情全開じゃない。何かを抑えてるような、隠してるような。

 


 「俺はまあ、ふつうにゲームとかしてたけど」

 


 「RPGですか」

 


 「頭を使うのって苦手でさ……。知ってるだろうに」

 


 「定期テスト……ひどいですもんね」

 


 それは直球過ぎるがもっともな評価だった。何の誇張も必要ないほどに、俺の学力はひどすぎる。学年の下から数えて五番以内に入らなかったことは今のところない。毎回カンニングとかの不正行為で脱落していくのが数人いることを差し引けばほぼパーフェクトで最下位かブービーを獲得し続けているわけだ。親睦会でやるゴルフ大会とかってブービー賞みたいなの出るだろ? ああいうのを前向きに検討してほしい。俺にかかれば総なめだぜ。……考えてみれば何となく総なめってエロい響きだよな。

 


 でも今はどうでもいい。目下現在進行形で気になっているのはやはり、委員長の口調が段々暗くなっていることだった。

 


 「テスト勉強は一応やってるつもりなんだけどなあ」

 


 「そうなんですか」

 


 「どうにもね。無理なものは無理っていうか」

 


 「……ですね」

 


 「むしろどうやったら委員長みたいな点数が取れるのか教えてほしいくらいだよ」

 


 「……ええ」

 


 「……」

 


 「……はい」

 


 ――他愛もない会話を続けてはいたが、その違和感はそろそろ隠し切れないレベルになっている。やたらとそわそわしたり、急に黙ったり、口をつぐんだり、辺りをキョロキョロ見回したり。キョドってるぞ不審者か。俺が喋るのをやめたことにも気付いていないらしい。そしてさっきのあたふたを最後にその顔は終始俯きモードに突入している。



 最近――正確に言えば一週間前からずっとこんな感じなのだ。でも今日は一段と目立っている。

 


 「なあ委員長、よく分からんが相談があるんだよな? その、うん、そろそろ言っちゃってもいいんじゃないか?」

 


 「う、うん……」

 


 昨日、言われたのだ。『明日の帰り、相談したいことがある』と。一週間近くに渡る挙動不審劇を見せられ、しかもその相手が委員長とくれば俺が拒否するはずもない。というか委員長相手なら予定があっても無問題だ。世界の危機とか懸かってたって、三分迷って委員長を助けに行く。

 


 俺は普通に馬鹿だが、馬鹿という単語は無理やり耳障りの良い言葉に直すと〝直情的な〟な人間という風に変わるんだ。それは多少自己弁護が入ってるかも知れないが、冗談抜きに、委員長が困っているなら何でもやろうと思う。そしてそんなこと、俺の次に委員長自身がよく知っている。

 


 しばらく見つめあった後――ずっとそのままでも良かった――観念したのか、委員長はバックの中から白い封筒を取り出し、躊躇いながら俺に差し出してきた。事務的なやつだ。ラブレター的な甘酸っぱさは微塵も感じられない。ハートマークのシールなんかも貼られていない。

 


 「これ、ラブレター?」

 


 でも一応聞いてみた。ウに濁点がつくような粋な発音は出来ない。江戸っ子じゃないからなのかも知れない。

 


 「ううん。違います。え、とですね、とにかく読んでみて下さい」

 


 冗談を言えるような空気ではないことに気付き、少し後悔。場を和ませようと思って言ったのだが、むしろこれは和んじゃいけない類のもんだ。

 


 「招待状……?」

 


 広げた純白の用紙の右端には、確かにそんな文字が躍っている。――実は嘘。正確にはゴシック体だから少しも踊っていない――この時点で既に妙だ。招待状なんて一介の高校生が受け取るようなものなのか? 疑問は読み進めていっても同じことだった。というより、さらに意味が分からなくなっていく。〝救済〟?ゲーム? ……なんのことだ。

 


 だがそんな困惑も、最後の行に辿り着くと同時に消えてなくなった。四字熟語で言うなら雲散霧消。かっこよすぎる。

 


 「あの会社か」

 


 株式会社タクティクス。

 


 それは現在、日本で、いや世界でも一番有名なゲーム会社の名前だった。

 


 いや、有名というのとは少し違う。年に数回、予告もなしに不定期に出すゲームは飛ぶように売れるし、有名は有名なのだが、逆にその実態はあまりにも知られていなかった。社長以下重役の名前は誰一人として公開されていないし、HPも何もない。その異常なまでの不透明さは伝説的で、あるTV番組の企画で〝タクティクスの社員は実在するのか〟という企画をやっていた。駅前でサラリーマン百人にインタビューし、直接の知人にタクティクスに勤めている人はいないか、と訊ねるのだ。結果は凄まじいものだった。百人どころか、その後延長戦を幾度も繰り返し、もうすぐニ千人に達するというところに至ってもまだ首を縦に振った奴はいなかった。タクティクスの電話番号なんかは一応公開されているが、AI以外が対応してくることはないという話もある。それなのに年商は軽くその辺の国の国家予算をオーバーしていて、株価は上がる一方だとも。

 


 まあ、それはともかく。

 


 問題なのは、委員長の相談の内容がこの手紙に関係していることらしいってことと、もう一つ、いつもは力強い彼女の瞳いっぱいに、今にも決壊を引き起こしそうなほどの涙が溜まっていることだけだ。

 


 ……危ないじゃないか。

 


 「委員長……?」

 


 「あ……うん、ごめんなさい……。ちゃんと、話します」

 


 委員長が一度大きく息を吸った。

 


 「この手紙、タクティクスが発行しているもので、詐欺とかじゃなくて、本当に書いてある内容そのままのことをするそうなんです」

 


 「……救済、ってこと?」

 


 「はい。それで……遠野くんには、私の家族のこと、話したことありますよね……?」

 


 不安そうな声音。必要以上に大きく頷いた。

 


 委員長の家は今結構キツイ状況なのだ。まず父親がいない。俺たちが中学に上がるのとほぼ同じくらいのときに蒸発した。かなりお人よしな性格だったようで、友達の借金の連帯保証人になったところ、その友達さんが姿をくらましたためとても払えない額の借金を負うことになったらしい。ただ優しすぎる彼は家族に迷惑をかけないために即座に離婚し、家やら車やらの資産は全部残して、借金だけ自分の名義にしたまま消えたという。だから最悪の事態こそ免れたものの、母子家庭となり、圧倒的に収入が足りなくなった。

 


 そして中三の冬のこと。超過密スケジュールで働いていた母親が倒れ、入院することになってしまった。このとき一時的に石井家の収入は完全にゼロになっている。

 


 それからはずっと、委員長が稼いでいるのだ。将来ちゃんとした職に就くために学校にはしっかり通い、帰ったらすぐバイトに出かける。バイト許可の降りない深夜帯は内職をやっている。それでいて学校ではそんなこと億尾にも出さず常に笑顔を絶やさない。

 


 それは、ちょっと、すごすぎる。悲しいくらい一般人な俺なんかはそんな風に考えてしまう。

 


 「おう。知ってるよ」

 


 今挙げたこと全てを達成するのに、一体どれほどのエネルギーを消費するのか。それは一体どこから沸いてくる? 燃やすのはきっと心とか、意地とか、そういうものだろう。それは分かる。じゃあ磨り減ったらどうなるんだ? なくなったらどうするんだ?

 


 委員長は少しだけ視線を上げる。

 


 「この、手紙なんですけど。……例えばホームレスの方とか、明日の生活に困っているような方のところに届けられるそうなんです」

 


 だから、救済……と。言葉が切れると辺りはシンと静まり返る。とりあえず視界の中に人影は見当たらない。そういう道を選んだのだ。もう委員長の瞳からは綺麗な水滴が幾筋か流れ落ちている。彼女の涙なんか誰にも見せたくない。

 


 もっと言えば、俺だってそんな顔は見たくない。一瞬でも委員長が沈んだ表情になるのが嫌でしょうがない。もはや単なるエゴの域だ。それでも、委員長フォルダに涙はいらない。



 「それが、私の家に届いたんです」



 だが、俺は目をそらさない。



 「それって、私の家は、もう駄目だってことですよね……?」



 俺が苦しんでいたとき手を差し伸べてくれたのは紛れもなく委員長だ。



 だから俺はこの場から逃げたりしない。逃げられない。逃げる権利がない。……逃げようとも、思わない。一ミリもな。




 「私は、必死に頑張って、お母さんと二人での生活を守ってきたつもりだったんです。でも違ったんですか? 私は何も守れてなんていなかったんですか? 私のしてきたことは、無意味だったんですか……?」



 嗚咽。



 委員長が泣かされている。



 とすれば、電卓程度の演算能力しかない俺の頭で考えられることは一つしかないだろう。



 「私は……」





 「そんなことない」


 

 ――相手と話をして、謝らせて、一発ぶん殴る。





 「……え?」


 

 委員長が一転してポカンとした表情になる。ほらな、悔しさに震える姿よりよっぽどいい。もう一生ポカンとしてて欲しいくらい。


 

 「委員長がやってきたことが無意味だったなんてあるわけないだろ。どうしたんだよ寝不足か? メイクでクマ隠しでもやってきたのか? らしくないな。ちゃんと考えてみろよ。


 ――中学三年生だぞ? 今だって子供なのに、それよりもっとガキだった頃だ。俺なんて言われない限り親の手伝いだってしてなかった。言われてもたまにしかやらなかったな。そんな頃からバイトして親の入院費払って家計簿付けて生活やりくりしてる女子なんて日本中探したってそうそういねえよ。それでも委員長は何も投げ出さないでずっと頑張ってたんだ」



 自分でも気付かない内に相当な早口になっていたが、それも当たり前のことだ。俺はこれまでにないくらい、自分でも驚くぐらい、怒っていたんだから。



 「でも……それでも、」



 委員長はまだ俯いている。まだ怯えている。



 「でもじゃねえよ。俺が保証する。委員長がやってきたことをこんな安い紙切れごときに否定させたりしない」



 ――ふざけんじゃねえ。



 彼女はその後しばらくうわ言のように「でも……」と繰り返していた。そしていい加減もう一押ししようかと考え始めた頃になってようやく、ブレザーのすそで両目の涙を懸命に拭う。手の先だけを袖から出した姿はやたらと可愛かった。



 「そう……です、よね……。ん、遠野くんに言われたら、本当にそうなんじゃないかって気がしてきました」



 肩の力が抜けるのを感じた。



 「ああ。そうだよ、こんなん気にするほうがおかしいんだって。委員長ともあろうお方が、さ」



 「……そうですね」



 頷いて、彼女は控えめな笑みを浮かべた。委員長は笑うとき首を傾げるから、後ろのポニーテールもちょこんと揺れる。まあ、とりあえず解決、といった様相だ。気にしないと言ったからにはもう、明日には完全無欠にいつもの委員長に戻っていることだろう。彼女は嘘をつかないから。



 「まあでも、また変なこと思い出しちゃうとアレだし、俺が持ってよっか? その手紙」



 「あ、はい。それじゃ、お願いします」



 「任された。シュレッダーにかけたくなったらいつでも言ってくれ」



 ――だが。



 だが俺は大いに気にする。そして嘘だって吐く。何かのためなら。



 表面上はゼロ円のスマイルを作りながら、俺は受け取った招待状を無意識の内にポケットの中で強く握りつぶしていた。



ありがとうございました

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