幼い寝顔
夏海が家に住み始めて、早くも一ヶ月が経っていた。
短い冬休みもとっくに終わり、大学とバイトの忙しい生活を送る毎日。
夏海は憎まれ口は相変わらずだけれど、家事をやってくれる上に料理も上手いから、その面ではすっかりお世話になってしまっている。
そんな状態だから自分としては全然構わないんだけど、本人の方は仕事が中々見つからず、ここ一週間くらい毎日ヘコんでいた。
なんでも、生活費を出せないのが気に入らないらしい。
あんな意地っ張りな性格だし、全くの居候というのが自分で許せないのだろう。
だけど、俺も親の仕送りで生活させてもらっている身分だから、たいして変わらないのだけど。
バイト帰り、そんな事を中野と龍馬に話していた。
「それじゃあウチの居酒屋でとりあえずバイトすれば?」
何気ない龍馬の一言。
確かに名案かもと、家に帰って早速夏海に勧めてみる。
「それで・・・どうする?」
「う〜ん。」
しばらく難しい顔をして、あんたと家でも、出先でも一緒てのはあれだけど・・・とかブツブツ言いながらも、働けるなら贅沢出来ないと、バイトの面接に行く事に。
面接前に三人でどうにかと店長に頼み込み、その甲斐あってか、無事採用となった。
もちろん17歳という事で、夜10時までだが。
まぁそんなわけで、夏海も居酒屋で働く事になった。
初出勤が終わり、閉店まで働くみんなより夏海は先に上がっていたが、就職祝い?という事で俺の家に集合する事に。
「夏海、おめでとー!」
缶ビール片手に、みんなで夏海をお祝い。
「み、みんな、本当にありがとう。」
当の本人は何をそんなに照れてるのか、俯いて顔を真っ赤にしている。
「気にする事無いよ。友達なんだし、困ったらお互い様だよ。」
中野がそう声をかけると、嬉しそうにニッコリ「うん!」と頷いた。
その後も飲み会は続き、朝日が昇った頃には中野、龍馬コンビは床に転がってすっかり夢の中に。
「敏之、龍馬君見て!」
ケラケラ笑う夏海が指差す先を観ると、龍馬が口からヨダレを垂らして、アホ面でイビキをかいていた。
「し、幸せそうな奴。」
それを聞いてもう一度大笑いした後、ソファに横になり静かに話しを始める。
「あのさ・・・」
みんないい人だとか、バイト頑張るとか。
舌がまわらないらしく、ムニャムニャと喋る。
酔っぱらってるんだなと、空き缶を片付けながら適当に相槌をしていたが、ある言葉に体が止まった。
「もう友達が出来るとは思ってなかった。ほら、私、一人で生きていくとか格好つけてたし。」
・・・。
改めてこの子が17歳だと思うと、なんて寂しいセリフなんだろう。
そんな所まで考えさせた、コイツの親元には絶対に返したくないと勝手に思ったり。
「本当に格好つけすぎだよ。」
そう言って、どんな怒った返事が帰って来るか待っていたが、返事がない。
「夏海?・・・」
気になって顔を覗くと、いつの間にかスースーと寝息をたてている。
まったく・・・人に話すだけ話しといて、気持ち良さそうに眠りやがって。
おもむろに寝室から掛け布団をとってきて夏海に被せる。
寝顔はやっぱり綺麗で、でも幼くて。
「もう、みんながいるからな。」
すでに何も聞こえていないだろう少女に、敏之は優しく声をかけた。
「あー、ずるいっ!」
いきなり中野が起きて大声をあげる。
「うおっ・・・」
直前のキザな言葉を聞かれていないかと、心臓がドキドキしてしまう。
「夏海だけに優しくして、私と龍馬の布団は!?」
馬鹿にして笑い出さないところを見ると、どうやら大丈夫のようだ。
良かったと胸を撫で下ろし、中野を無視して煙草を吸う事に。
彼女も特に気にした様子も無く、「もう朝か」なんて呟きながら立ち上がると、コーヒーをいれはじめる。
「はい。」
「あ、サンキュー。」
中野は出来たてのコーヒーを差し出すと、正面の椅子に腰掛けた。
「宮瀬君に拾われて、夏海は幸せ者だ。」
「ひ、拾われるって・・・急になんだよ?」
幸せ者・・・じゃあないんだよな・・・。
珍しく真面目な顔をしたかと思えば、今度は呑み過ぎで頭が痛いと騒ぎ始める。
飽きれながら頭痛薬を手渡すと、助かったと5錠くらい一気に口に放り込む。
「腹・・壊すよ?」
「平気、私は超人なのさっ」
薬が体に入った途端、ケロっとしてコーヒーを美味しそうに飲んでいる。
なんて単純というか、この人も忙しい人だ。
「さて、そろそろ帰るかな。二人のお邪魔だし。」
またニヤニヤしてそんな事を。
昔からこうやって人を小馬鹿にして、キャッキャッと喜ぶ。
それでもどこか無邪気で、掴みどころの無いこいつが好きでこんな仲なんだが。
中野に叩き起こされ、龍馬が辛そうに起きる。
「うぅ・・・あぁ!夏海にだけ布団使わせてズルいぞ!」
・・・第一声が貴方もそれかよ。
顔色の悪い二人を見送ってその日はお開きとなった。
それから夏海はバイトを頑張り、俺は変わらない生活の日々。
そんないつも通りのある日、夏海の携帯に一本の電話が入った。