絆の芽生い。
「はぁ、はぁ・・・くそっ。」
夏海のおばあちゃんの話を聞いて、家を飛び出した。
夜の街を走って走って・・・。
多分、夏海がいるのはあそこしか無い。
いや、頼むからそこにいてくれ。
夏海の両親の事ですがーーー
夏海が家を出たその理由。あいつ、だからあんなに親の事を・・・
周りの目も気にせず、全力でショッピングモールの通路を走り抜けた。
裏口の扉を押し開け、あの薄暗い路地にでる。
実際はとても急ぎたいが、何一つ見落とさないようにと、周りを良く確かめながらゆっくりと進んで行く。
しばらく歩くと、多分前と同じ位置、夏海はそこにまた体育座りしていた。
「夏海?」
声をかけると顔を上げて「敏之?」と返事をする。
よっぽど驚いたのだろう。「何で!?」と、裏返った声がでた。
「携帯・・・忘れてたぞ?」
「あ、忘れてた・・・そ、それじゃごめん。この後待ち合わせだから・・・」
差し出した携帯を受け取ると、逃げる様にその場を立ち去ろうとする。
待ち合わせなんか無いのに。
「おい待った。お前の・・・」
おばあちゃんから親の話は口止めされていたのに、思わず口が滑りそうになった。
「何よ?告白でもする気?」
暗がりで表情は分からないが、クスリと笑い声が聞こえる。
相変わらず人を小馬鹿にした様な奴だけど、なんだか嬉しくて。
「違うっての。・・・だから、そ、その・・・帰ろうぜ?」
「へ?」
「お、俺の家に・・・」
暗がりで本当に良かった。多分、今顔真っ赤のはず。
「だ、駄目、行かない。」
「何でだよ?」
「べ、別に理由なんかない。」
頑なに意地を張る夏海にため息が出ると「お前のおばあちゃんに任せられた。」と明かした。
「おばあちゃん!?」と聞き直すと、元気だったとか、何を言ってたとか質問攻めにあう。
それにしても普段二人は話していなかったのだろうか。
夏海の反応は思いもよらなかったが、元気そうだったし、お前を心配していたと伝えると、よかったと何度も繰り返す。
「それと、お願いもされた。しばらくお前の面倒をみてやってくれって。」
「大丈夫だって、おばあちゃんも心配症だな〜」
家も仕事も無いのに大丈夫なわけがないだろうと促すが、何とかするから平気だと言う。
全く勝手な人だ。さっきまでは嫌でも住もうとしていたのに・・・今度は嫌でも住まないらしい。
これじゃあなんだ、まるで俺がしつこくナンパをしているみたいだ。
「こっちに友達なんかいないんだろ?今日の住む場所もないじゃんか?」
図星だったらしく、「おばあちゃんめ」と恨めしそうな声を出すと、何か決意をしたのか、うんと頷いた。
「いい加減ウザいのよ・・・私は一人がいいの・・・これからずっと・・・」
それだけ言って、夏海は背を向けて歩き出す。
敏之は何も言わない。
それは諦めたからではなく、考えていたから。
夏海の事は、はっきりいってあまり知らない。
だけど、少しではあるが知ってしまった・・・彼女がたった一人で家を出て、ここにいた理由を。
何を言おうと決めたのでも無く、自然と思いのたけが漏れた。
なに1人で強がってんだよ・・・お前には・・・
「お前には、ちゃんとした居場所が絶対に見つかる・・・だから・・・だからそれまでは俺を頼れよ!」
こいつは本当に何なんだろうか。
夏海は後ろで馬鹿みたいに大声をあげる敏之の、歯の浮くような恥ずかしい言葉に何故か立ち止まってしまった。
本当に、本当に馬鹿だ。
私なんかほっといてと、はっきり言ったのに。
それなのに、何でそんな風に言えるのだろう。
全く根拠の無い、かっこだけつけた様なセリフ。
お前の居場所は絶対に見つかる・・・
しかも見つかるかどうかも分からない、『それ』が見つかるまで自分を頼れと言っている。
私が家を出てから今まで、辛い日々を支えていた決意をまるで、そんなの知ったこっちゃ無いと言っているふうに聞こえる。
何も分かってないくせにと腹が立つ・・・
でも・・・なんで・・・涙が溢れてくる。
敏之は私の元へ歩み寄ると、困ったのか頭をかく。
それでどもりながら「帰るぞ」と言う。
私は最後の抵抗と頭を大袈裟に振ったが、手をギュッと掴まれるともう反抗出来なかった。
無言の敏之に手を引かれ、夏海も素直に帰り道を歩き出す。