簡単な終わり
「とにかくここは俺の家だ。俺の好きな様にする。」
相変わらずほっぺたを気にしている夏海に、駄目押しで言い放つ。
「も、もしさっきみたいな事がまたあったら?」
「居候、文句が多い。我慢出来ないなら出てけよ。」
立場を利用したズルい事を言っていると自分でも思うが、図太いこの人にはそんな気遣しなくても大丈夫なはず。
とにかく自分の部屋を使うと伝え、晴々と部屋に戻ろうとする。
が、またフードを掴まれ「んがっ」っと、後ろに倒れこんだ。
「ゴ、ゴホッゴホッ、それやめろよ!危ないだろ・・」
ふんっ、と偉そうに腕を組む姿に本当に腹が立つ。
その上、出てけなんて内心これっぽっちも思っていないとか、住んでいいと言ったのはあんただとかと、一気にまくしたてられる。
「いや、まぁそうだけど・・・てか、親の事も少しは考えろ、いつまでぐれてんだ。」
「なんでよ?」
「何でって、心配してるに決まってるだろ?」
「・・・何であんたに分かるのよ?」
「そんなの当たり前・・・」
びっくりした・・・気付くと夏海は辛そうに唇を噛んで、今にも泣き出しそうな顔だった。
いきなりすぎて、思わず言葉が途切れる。
「私には親なんていらない。」
親の話をするとムキになる彼女をみて、いったい、何があったのだろうと思う。
どうしたら自分の親をいらないなんて言えるのだろうか・・・少なくとも、自分にはそれを理解できない。
「良く分からないけど、それは良くないぞ?」
「うるさい・・・あんたには関係ない。」
「・・・だ、だよな。そんなんで一々騒ぐなら、ここにいられるの迷惑なんだよ。」
関係ないって言葉に、何故か感情的になってつい口から漏れたのは冷たい一言だった。
「・・・」
それでもコイツなら生意気な返事が帰ってくると思っていたが、夏海は「また迷惑か。」と残し、部屋に帰ってしまった。
なんだよ・・・。
夏海は部屋に戻ると、珍しくため息をついた。
家を出ると決意した時から、誰にも頼らずに生きれるくらい強くなろうと決めていた。
それなのに、たまたま出会った全く知らないが、内面からお人好しで、マヌケな事がひしひしと伝わる変な奴にこのまま頼りそうになっていた。
風邪で寝込んだほんの少しの間、なんとも心地良い優しさに触れて、ここにいたくなってしまったのだ。
でも・・・それじゃあ駄目なんだと、考え直した。
「迷惑」に決まっているし。
人に依存して安心を得ても、いつかそれは終わってしまう。
それはとても悲しい考え方だと彼女は分かっている。
だけども家族との思い出が・・・
何時の間にか、頬を伝っていた涙を拭うと夏海はコートを手にとった。
何とも言えない気持ちになって、落ち着くために煙草に火を着ける。
さすがのあいつもヘコんだのかも・・・。
なんてリビングでしばらく考えふけっていると「敏之!」と名前を呼ばれ、やっぱり懲りずに今度は何をする気だと、期待して扉を開ける。
夏海は、どうしたわけかバックを持って、コートまで着ていた。
「どうしたんだ?」
「出て行って上げる事にした。」
え?・・・皮肉たっぷりにそう告げ、背伸びすると俺の頬をつねる。
今朝は何を言っても居座りそうな程だったが、何でいきなりそうなるのか、まるで分からない。
本当は冗談で、出て行くのなんてどうせ嘘なんじゃないか。
「これはさっきのお返し。」そう言ってほっぺをこね回し、ニッコリ笑う。
「お、おい、本当かよ?」
「うん。やっぱ知らない人の家にいきなり住むなんて、『迷惑』だからさ。」
知らない人か・・・なんだか寂しい響きに感じる。
それにしたって、あんまりにも唐突だ。
自分で出てけと言ったのに、この後の彼女が急に心配になった。
「さっきの事はあれだ・・・と、とにかく別に1、2ヶ月ならいいんだぞ?」
「平気。気にしてないよ?それにあんたみたいに、うるさくない友達の家に行くから。」
最後くらい他にもっと可愛い事を言えないのかと思う。
それでも、行くあてがあるならと安心した。
「・・・なんだよ、心配して損した。」
「・・・」
二人は無言になって、お互いに目をそらす。
「あ、そうだ!」
夏海はずっと掴んでいたほっぺを離し、バックから鍵を取り出す。
「あんたから奪うの苦労したけど、結局一回も使わなかった。」
「奪うって。」
「ふふ、・・・それじゃあ・・・ね?」
「お、おう。じゃあな。」
敏之が鍵を受け取ると、もう一回ニッコリ笑い扉を閉めた。
いきなり一人になった家は嘘みたいに静かで。
「痛いな。ほっぺた強くつねりすぎだよ。」
なんだか暇になった。
自分の部屋にようやく戻れてベットに寝っころがる。
窓から夕日が見えて時計を確認すると、もう16時だ。
今年のクリスマスも、やっと終わる。
本当に今回はずいぶんと長く、初めて騒がしい二日間だったなと思い返す。
久しぶりに腰を伸ばすと気持ち良くて、そのまま目を閉じた。
「うぅ、寒」
掛け布団も掛けずにうたた寝したせいで、寒さに襲われて目を覚ました。
起きると癖で煙草を吸いたくなりリビングに向かう。
ふらふらとリビングに入りソファの上に置いた煙草を手にとった時だった。
「ピリリリリ、ピリリリリ、ピリリリリ」
いきなりの無機質な音に驚いた。
が、すぐに携帯の着信音だと分かり辺りを探すと、ソファと床の隙間に見慣れない白の携帯電話が落ちている。
夏海の奴、こんな大事な物を忘れてくなよ・・・
多分、この相手も夏海だろうと、ふてぶてしく電話に出た。
「もしもし?」
「・・・夏海かい?」
予想に反して、スピーカーから聞こえたのは優しい女性の声。
もしかして親御さんかとも思ったが、声の感じはもっと歳を重ねている。
ディスプレイには『おばあちゃん』と表示されていた。
「あ、あの・・・夏海さんは今ちょっと居なくてですね・・・」
「あら、そうですか。・・・ところで貴方は・・・?」
心配からか優しい声が一気に曇る。
変な誤解をさせて、余計な気苦労をかけたら悪い。
だから、これまでの成り行きを1からキチンと説明した。
「・・・そうでしたか。あの子はそんな遠くまで・・・本当に申し訳ございません。」
「いえ、全然そんな」
夏海の実家はなんと新潟だった。ここは横浜、本当に遠くだ。
「それで、あの子は何処に行ったかご存知でしょうか?」
「えっと、友達の家に行くと言ってたんで、その内携帯忘れたのに気付いて。あっちから連絡が・・・」
「・・・あの子に横浜の友人なんて・・・横浜に行くのも初めてでしょうから。」
声が一段と張りつめる。
敏之も夏海が新潟から出て来たと知っていれば、友達の家という話を鵜呑みにはしなかっただろう。
それに、よく考えれば行くあてがあるなら、暗い路地に一人でいるわけがない。
手持ちの金だって、こないだにはもう一円も無かった。
いったい何考えているだと、自分にも、夏海にも頭にくる。
他にも色々な感情が沸いて、とても家で来るかさえ分からない連絡を待ってられる心境では無くなった。
「俺ちょっと夏海さんを探しに行ってきます。」
そう言って電話を切ろうとしたが、おばあさんが「この話を」そう言って話始める。
「敏之さん、貴方を夏海の横浜のご友人として、お伝えしておきたいのですが」
電話越しの声が一段と重く、真剣に変わる。
「は、はい。」
「実は夏海の両親の事ですがーーーー
あの、展開どうですか?急すぎか・・・んー悩む。