クリスマスの贈り物。
路地裏から歩く事10分。背が低いからか重いとは感じないが、多少息は上がっている。
病院が駄目な以上、敏之に考えついたのは自宅しかなかった。
初対面の女の子を家に連れ込むなんて経験は、自身には全く無く気が引けるが、しょうがないと自分に言い聞かせポケットから鍵を取り出す。
おんぶしたまま家鍵を何とか鍵穴に挿しこみ、足でドアを器用に開くと、中に入り薄暗いままの廊下を進んで親の寝室のベットに少女をゆっくりと降ろした。
常夜灯とエアコンをつけて部屋を出ると、冷蔵庫から氷枕を取り出し、タオルケットを巻いて再び寝室に戻る。
「ちょっと、動かすぞ?」
どうせ聞こえてなんかいないだろうけども、一応一言かけてから頭を優しく上げて、氷枕をベットとの隙間に挟み込む。
ついでに冷蔵庫から持ってきていた風邪薬とスポーツドリンクを枕元のテーブルに置いていると、少女の顔が目に入った。
今は落ち着いたのかスヤスヤと寝息をたてるその顔はまるで人形の様。
きめ細かい白い肌。小さい輪郭は丸っこく、長いまつげ、ぷっくりとしたアヒル口。
幼い顔立ちで、綺麗よりカワイイと言われるタイプのはず。
それにしても、作り物の様な、なんて整った寝顔なんだろう。
不覚にも少し見とれてしまい、我に帰ると掛け布団を直し一人勝手に照れてそそくさと寝室を出る。
敏之が去ったのを確認すると、ベッドの中で少女は薄く目を開く。
布団に顔をスリスリして幸せそうにクスリと微笑むと、少し顔を紅く染め、小さな声で「ありがとう。」とつぶやいた。
リビングではソファに腰を落とし、ようやくくつろいだ様子で煙草に火を着ける。
「そうだバイト・・・」
慌てて携帯からバイト先に電話をかけ、欠勤に至った経過の説明を必死にするが、信じてもらえるわけが無く、ただのサボり犯として説教を受ける。
終わったのは20分後。疲れていたのだろうか、急な眠気に襲われて瞼を閉じた。
気付くと、カーテンから日の光が差し込んでいる。
それにキッチンの方から何かを炒める音といい匂いが伝わってきた。
寝ぼけながら、ああ、これが朝の家庭の光景かと、親が不在がちで慣れない空気になんだか嬉しくなる。
ん・・・待てよ?
親が帰ったはずは無い。つまり・・・。嫌な予感がして一気に目が覚めると、ソファから飛び起きてキッチンを見る。
そこには栗色の腰上まである長い髪をポニーテールに結び、エプロンをつけて楽しそうに料理をする昨日の少女がいた。
「メリ〜クリスマス〜!・・・よく寝てたから起こさないであげたよ?」
「え、あ、ありがと・・・メリー・・・いや違うだろ!」
笑顔で話す姿が余りに自然なもんだったから、ふいに口から出てしまったマヌケな返事に、自分で自分にツッコミを入れる。
「何して・・・てっ、あれ風邪は!?」
「薬で一発!私、やっぱ体強いよ。結構ヤバイと思ったけど、もう全然平気。」
悪びれる様子は微塵も無く、「へへへ〜」と舌を少し出し、風邪の治りの早さを自慢気に話しだした。
その後も続く朝食のメニュー説明やご飯を5合炊いたなんていう、ふざけた話を唖然としながら黙って聞いていると、今度は台所から出て来て手を引かれ強引にテーブルに座らされる。
見るととり皿や箸が既に用意されており、少し経つと真ん中に卵10個分の巨大なベーコンエッグが置かれた。
「なんだこれ、でかすぎだろ!」
「今味噌汁持ってくね〜」
「ちょっと待て。いい加減にしろよ、なんで飯を勝手に作ってんだよ?」
クリスマスの朝起きると、自分の家で、美少女が朝ごはんの支度をしてくれている。
このシチュエーションだけを他人が見れば、こんなに羨ましい事は無いだろう。
だけど実際は昨日、おかしな出会い方をした名前すら知らない子が、許可も無く料理を作っている。
この子が非常識、いや、変人だったのを思い出し、動きを止めに入るが、「邪魔」そう軽く手であしらわれた。
話しをまるで聞かずに、「はいはい」と相槌だけしながら準備を続ける少女。
「他にもまだある・・・例えば大皿に乗っている卵の数とか卵の数とか卵の数とか・・・」
「いいから、とりあえず食べようよ?」
くっ・・・。実のところ、寝起きから食欲をそそる匂いを嗅がされたせいで、かなり腹が減っていた。
悔しいが、作ってしまった物は仕方ないと自分を納得させ、食べる事には同意してもう一度テーブルに着く。
味噌汁とご飯を並べて、コックも「エヘンッ」と嬉しそうに席につく。
「10日ぶりのまともなご飯!!いただきま〜す!」
箸を合わせて、ニコニコと八重歯を覗かせながら大声でそう言い、パクパクと食べ始めた。
信じられないペースで食べ進めるのを見て、すぐに無くなってしまうと感じ、焦って自分も食べ始める。
不満もあるのでぶっきらぼうに無言で食べていると、いきなり体を目の前まで乗り出し「もしかして美味しくない?」と心配そうにたずねてきた。
驚いて味噌汁をこぼしそうになったが、なんだか憎めないその行動に素直に「う、うまいよ。」と返す。
その返事を聞いて、喜びながら右手でピースを作る。
昨日とはまるで別人だ。おそらく、この明るい方が本来の彼女なんだろう。そう根拠も無く感じる。
「ね、名前なんていうの?歳は?親は何でいないの?」
体を乗り出したままで、次々と質問がきた。
「親は滅多に帰ってこないんだ。名前は宮瀬敏之。歳は20。お前は?」
「じゃあ、一人暮らしみたいなもんなんだ!私はねぇ夏海。≪なつみ≫昨日で17歳になったんだ。苗字はもう無くなりましたとさ〜!」
へ〜、クリスマスイブが誕生日か。それにしても苗字無くなったって・・・。
笑いながら話す少女。一度だけ視線を下げ寂しそうな表情をしたが、また美味しそうにご飯を食べ始めるのを見て、まだ食べれるんだと、ある意味感心していた。
「それで、な・・・夏海はこれからどうすんの?」
彼女でもない女の子の名前を呼ぶ事に免疫が無く、顔が真っ赤になるのが分かる。
しかし、この程度の事で動揺しているとは悟られたくない。とにかく落ち着こうと煙草に火を着け、必死に吸い込む。
「もう決めたよ。私、ここにしばらく住む事にした!」
強く吸い込んだのが裏目にでた。思いもよらないセリフに煙でむせかえってしまう。
「ゴホッゴホ・・・何言い出すんだよ、正気か!?」
咳き込む姿を眺めて、馬鹿にした様にクスクス笑いながら顔の前に手を合わせる。
「お願い!家事全般何でもするから。それに仕事見つかったら直ぐに出て行く。いや、1ヶ月だけでも構わないから!」
ハッキリと変わった真剣な表情を見て、新ためて相当家に帰りたくない事が分かる。
家は基本俺しか居ないし、別にいいんだけど・・・いくらなんでもイキなり過ぎというか。
こんな美少女と急に暮らせるなら世の中のほとんどの男は誰でも大喜びだろう。
だが、敏之はそのほとんどの中から外れていた。
少し古風な考え方で、恋人同士でも無いのに・・・こう思ってしまう。
逆に目の前で唇をとがらせ、答えを待っているまだ17歳の少女をこの寒い季節に宿無しで放り出すのも、とてもいい事と思えない。
散々考えた後、1、2ヶ月位いいだろう。第一この家は俺が建てた物では無いのだからと、歳のわりにどうなんだろうという感じの決め手で結論を出した。
「分かった。いいよ?」
その言葉を聞いて、よほど安心したのか夏海の固かった表情がフニャけて、テーブルにへたり込む。
でも直ぐに姿勢を正して頭を下げる。
「本当にありがとうね?・・・出来れば鍵なんかもくれると・・・嬉しいな。」
ん?鍵?
「ああ、そっか。鍵も持ってないと不便だよな。」
変な所も多々あるが、根は悪い奴にはとても見えない。
人助けと思って、上手くやっていけるはず・・・なんの疑いもなく、少し聖人気取りで合鍵を棚から取り出し夏海に差し出した。
「それじゃあ、敏之の使える場所はこのリビングと風呂、トイレだけね?」
声のトーンが著しく変化し、素早く鍵を奪い取られる。
驚いて顔を見ると、瞳をウルウルさせていたさっきとは別人の様に冷え切った目だった。
なんだ?またすごく嫌な予感が・・・する。
頼むから聞き間違えであってくれと、何を言ったのかを聞き返す。
「な、何て?」
ニヤリと不敵な笑顔を作ると、淡々ともう一度話し始める。
「一緒に暮らす以上、女の子はプライバシーが大事でしょ?だから二階全ては立ち入り禁止。あんたはリビングでいいじゃん。」
「な、何言ってんだよ?冗談、面白くないぞ?」
「冗談じゃないよ。もしかして、一緒のベットで寝てくれるとか期待してたの?勘弁してよ。」
・・・こいつ??
さっきまではあんなに可愛らしかった少女の態度がいきなり180度変わった。
あまりの変貌ぶりに体は硬直するが、頭は必死に状況を理解しようとする。
その末簡単に、ここまでの態度は全て、鍵を手に入れる為の作戦だったと察っした。
自分の馬鹿さ加減と目の前の悪女のタチの悪さに、目頭から熱い物がこみ上げてくる。
だけども、意地でなんとかそれを抑え込んだ。
「お、お前ふざけんな、鍵返せ!」
噛みながらも頑張って絞り出した一言。
さすがに、そんな事を素直に受け入れられるわけがない。
「無理。」
相手もそのはずだろう。初めから期待はしていない。
「じゃあ、警察呼ぶからな?」
本気だった。これでこの話は解決だとも思っていた。
もう追い出す。やっぱりこの女は変人だったんだと、携帯を手に取る。
でも、夏海は再びニヤリと笑った。
何故か余裕といった感じでアクビなんてして。
「そんな事していいの?20の男の家に、家出中の未成年の少女が、強引に連れ込まれたと泣きながら言ったら警察は何を信じるかしらね。」
数秒間黙って考えた後、「あっ」と、顔を手で抑える。
「ん・・・あ、危ねえな、捕まるの俺じゃねーかよ!」
いつかの様に反射的に自分自身にツッコミをいれてしまい悲しくなった。
他に追い出す口実を言おうと、口をパクパクするものの、続ける言葉が見つからない。
「分かった?それじゃあ、よろしくね。トナカイ君?」
勝ち誇った顔でそう告げると、クリスマスソングの鼻歌まじりに食器を蛇口に運び洗い物を始める。