クリスマス・イブ
ーーそれはただの偶然から出会うのか。
それとも運命なんて言う、たいした力が結びつけるのか。
それは誰にも分からない。多分、誰もがそれを求めているのだろう。
でも、例えそれを手にしていてたとしても誰もがそれに気付けるわけでは無い。
それは困った事に目に見えない物だからーー
12月24日、クリスマスの夕方。
当たり前にこの日、街では笑顔で腕を組み合う恋人達と、眩いイルミネーションがあちらこちらで輝いている。
そんな幸せでキラキラした街の雰囲気の中、場違いに少し眉間にしわを寄せ早歩きで、ショッピングモールに入って行く青年がいた。
名前は宮瀬 敏之≪みやせ としゆき≫ 20歳。
173cm、60kgの極々一般人体型に、灰色のパーカーの上に紺のGジャン、カーキのチノパンという無難な格好。
ミディアムよりややショートの黒髪で顔立ちは中の上くらいのどこにでもいる感じの若者だ。
彼がわざわざ賑やかな店内を一人気まずく歩いているのには理由がある。
それは、この先で自分を心待ちにしている可愛い彼女がいるなんて言う素敵な理由では無く・・・
ただ単にショッピングモール内の通路が、バイトに遅刻しそうな時に便利な愛用の近道だからというだけの味気ないものだ。
店内に流れるお馴染みのクリスマスソングを聞くのが嫌で余計に早歩きに拍車がかかる。
そのせいか、普段ならこの長い通路の入り口から出口まで約5分だが、なんと3分台という新記録を叩き出した。
左手首に巻かれた、安物の時計を確認して出口のドアを開く。
と、同時に一気に冷たい外気が体に突き刺さった。
なんだか色々な寒さに腹を立て、若干ドアに八つ当たり気味に裏の路地に出ると、人通りが全く無い。
イルミネーションすら無くなり、さっきとは対象的な薄暗い街灯だけの景色に寂しさを感じたのか、思わず口からため息が漏れた。
「はぁ・・・結局寂しいのはいつも通りだな。」
この言葉から、これまでに彼はとても孤独な人生を歩んできた・・・
かというと、そうでも無い。片手の指の数くらいの恋愛経験はある。
それに落ち込んだ時に、けなしながらも励ましてくれる友達だっている。
しかし物心がついた頃からの記憶では、この13、4年間、クリスマスが楽しかった事は一つも無い。
まず、放任主義な上に共働きで出張ばかりの両親は家にいる事自体が少ない。
まして、クリスマスだからと忙しい年末に帰ってくる人達では無い。
まぁでも、13、14歳を迎えてからは親の事は別に問題ではなかった。
問題は、どれも中途半端な気持ちで付き合った覚えの無い恋人達がクリスマスの直前に必ず自分の前を一方的に去って行く事。
そして、頼みの綱の悪友はこの時期間違いなく彼女か、初対面の女の子かを関係無く家に連れ込んでいる事。
別にこんな事で自分が不幸どうこう言う気は無いが、なんだかんだで毎年必ず一人。
これまではまだ何かあるはず!と、期待して、24、25日と予定を開けていたが、この2日間に急に携帯が鳴る事は絶対に無いと学び、家で一人よりかはマシだなと、今年はバイトをフルでいれた。それでも、寂しさは相変わらず。
しばらく去年までの悲惨な記憶がフラッシュバックして感傷に浸っていたが、バイトに遅刻しそうなのを思い出し、もう一度深くため息をついてから再び路地を歩き始めた。
俯きながら肩を落として歩いていると、突然横から「ぐぅ〜」という奇怪な音が聞こえ驚いて立ち止まる。
ドキドキと音の方向に目を向けると、途端に今度は体がビクっと反応し、両手を胸の高さにあげ、上半身だけ後ろに反った状態のなんともマヌケなポーズで硬直した。
視線の先では、人が暗がりで体育座りしている。
顔は下を向いていて分からないが、服装や華奢な体格、髪の長さから多分女の人。
目に付きそうな薄いピンク色のコートを着ているが、暗い路地の物陰だ。おそらく変な音がしなければ気付かずに通り過ぎていたはず。
微動だにしないその人を数秒間観察した後、もしかしたら病気で動けないのではとの結論に達し、心配から声をかけてみる。
「あ、あの・・・大丈夫ですか?」
「・・・」
その言葉に返事も反応も無い。ま、まさか死んでるのか・・・。
聖夜前に死体発見という新聞記事が頭に浮かび、その場で行ったり来たりした後、覚悟を決めた様に深呼吸してから恐る恐る膝を落とし、相手の首元に手を伸ばす。良く映画で見る脈の確認の見様見真似だが、試す事にした。
「脈は・・・ある。」
指には人肌の温かさと確かな小さい鼓動がトクントクンと伝わる。
「・・・空いた」
「うわぁぁぁ!!?」
ホッとしたのも束の間だった。突然のかすれた声に反応して、後ろに素速く後ずさりする事、5m。
「お腹・・・空いた。」
お腹空いた?今度はハッキリと聞こえた幼い印象の声の意味をパニック状態ながら何とか理解する。
腹減ってんだ。あ、確かバックの中に・・・
思い出してバックの中から食べかけのポテトチップスを取り出し、顔の前に差し出す。
なんだか他に考える事がありそうだが、素直になにか食べさせて上げようと思った。
「食べ物。」
その子はそうボソっと呟くと、袋を力強く奪い取り一心不乱にパクパクとポテトを食べ始めた。
顔は相変わらず暗がりで良く確認出来ないけど、雰囲気から若い子だというのは分かる。
しばらく呆然と眺めていたが、1分もかからず食べ終えたのを確認して、その場を立ち去る事にした。
「そ、それじゃあ、俺急いでるから。」
立ち上がり、足を一歩踏み出す。それと同時にズボンの裾を掴まれて体勢を崩し激しく倒れこむ。
「イタたた・・・なにすんだよ?」
「他の食べ物。」
文句は完全に無視され、四つん這いに倒れたままの自分の腰に、何かが馬乗りになるのが分かった。
さっきとはまるで違い、えらく明るい声。
「いや、もう無いよ。てか、何してんだよ?・・」
返事は今回も無く、人のバックをゴソゴソと漁る音だけが聞こえる。
・・・こいつ、変人だ。
身の危険を感じて、立ち上がろうとするが上で暴れて上手く行かない。
「食べ物無い。」
なんだよ、なんなんだよ。
「無いって言ってんだろが!・・・おい、どけよ?」
「お腹空いてんの!」
駄目だ、話しがまるで通じない。上では更に暴れ方が激しさを増し、食べ物をねだる言葉が続いていた。
変に刺激してヤバイ奴を怒らせるよりかはと、情けないが財布を取りだす。
「わ、分かった。これでなんか食べろよ!?」
後ろに腕を上げ、五百円玉を差し出すが反応がない。だが、あれ程暴れまわっていたのにピタリと止まった。
「五百円じゃ、明日何も食べれない。」
・・・いい・・・加減にしろ!
「そんな事・・・そんな事俺に関係無い!だいたいさっさと降りろ、馬鹿か?いくつだお前?人生そんなに甘く無いんだよ!家出でもしたんだか知らないけど、大人しく帰って謝って寝ろ!!それにこんな日にな・・」
「絶対・・絶対に帰らない!!!!!!!」
その路地裏に響き渡った大きな一声で、勢いはいとも簡単に止められてしまった。
すっかり黙ってしまいポカンとする敏之と変わって上の子が話し始める。
「家には絶対帰りたく無い。でも仕事探しても見つからない、住む場所も無い。」
表情こそ分からないが、話し声は真に迫る感じで、冗談や嘘と思えなかった。なんだか少し震えてもいた。
もしかしたら本物の覚悟で一人家を出たが職が見つからず、こんな日に、こんな所で金も尽き、遂に行き倒れた可哀想な少女なのかもしれない。
そうだとしたら同情こそするが、だからって初対面の自分にどうしろと言うんだろうか。
「悪いけど、交番にでも行けよ?俺には・・・」
話している最中、重みが急に消え、後ろで何かが地面にぶつかる音がした。
突然自由を取り戻した体を起こし、なんだろうかと振り向くと、あれ程騒いでいたはずの少女が道に倒れこんでいる。
「お、おい?なにやってんだよ。」
今のうちに走って逃げてしまおうとも考えたが、少女がおかしい。
いや元々おかしいんだろうけど、そういった意味ではなく、倒れたまま苦しそうな吐息を漏らしている。
「おいって?だ、大丈夫かよ?」
普通じゃない様子に顔を覗き込み、頭に手を当てると余りの熱さにびっくりした。
「お前すごい熱じゃんか。今、救急車呼ぶからまってろよ!」
ポケットから携帯を雑に取り出し、番号を押そうとすると、手首を掴み、しきりに首を横に振る。
「だ・・め、大丈夫・・・ただの風邪だから。」
「そんな事言ったって、こんな状態でどうするつもりだ?」
少女は無視して、ゆっくりと立ち上がると、フラフラと歩き始める。
「病院行って、家に連絡されるわけにはいかないの・・・」
そう告げて再び倒れこんでしまう。
「おい!」
慌てて走り寄り抱きかかえると、意識はもう無かったが、寝息が聞こえホッと胸をなでおろす。
それにしてもどうしたら・・・相当な決意の家出らしいし・・・
縁もゆかりも無い変人だが、もし見捨ててしまったら朝には相当重篤な状態になっているだろう。
色々な事を考察するが、考えるにも余り時間をかけるわけにはいかない。
道端の他人にお菓子を渡すような、お人好しな性分だ。頭からはもう、救急車に任せて立ち去るという選択肢は無くなっていた。
「・・・し、仕方ない。」
おんぶで担ぎ上げ、いつか以上の早歩きで来た道を戻る。
バイト・・・どうすんだよ。
ポケットの中では、職場からの着信を知らせるメロディーがしきりに鳴っている。
駄文をわざわざ読んで頂き、ありがとうございました。
誤字、脱字等があった場合、ご指摘をお願いします。
後、厚かましいですが、スパルタな意見をガンガン書いて欲しいんで、面倒くさいと思いますが感想是非ともよろです!