1-8 なんでだよ……
一日早いですが投稿を。
僕は目の前で大切な人を失った。
メガネをかけた笑顔が似合う素敵な女性だった。僕より少し年上で、頭が良くて、ちょっと抜けてる所があったけれど、そこが可愛らしい人。
きっと僕はこの人の隣をずっと歩いていく、そう思っていた。
「飛鳥、さん……?」
けれど、そうはならなかった。
幸せだった日々に訪れた悲劇。突如として現れた化け物。その化け物が飛鳥さんの胸から心臓を抉り取る光景。
あぁ……、覚えている。
空中に広がった血液の匂いも、僕の顔についた血液の温かさも。そして、化け物の姿も。
「おや、他にも人間がいたとはね。こんなに芳醇な匂いをさせる供物がいたものだから、気付かなかったよ」
化け物は人に似ていた。けれど、何かが違った。
こいつは違う、そう本能が訴えていた。
そもそも人間から生きたまま心臓を抉り出すなんて、正気の沙汰じゃない。それに心臓を大口を開けて、美味しそうに飲み込むなんて、化け物にしかできやしない。
「やはり美味だ……。父君は余計なものを作り出したと思ったけれど、これだけのものが実るなら悪くない」
そうやって笑う、スーツ姿の若い男、の形をしている化け物。
それを見ていることしかできない僕。
本当なら今すぐにでも飛び掛かって殺してやりたかった。けれど、目の前の化け物が放つ圧倒的な力の前に僕の身体はぴくりとも動かなかった。
そんな僕を見て、化け物は、ははははっと嘲笑う。
「哀れだね、人間は。この供物はお前の大切な人間だったんだろう? それなのに何もできないなんて」
笑い声が僕の頭の中で永遠に木霊し続ける。
あぁ……、殺してやる。
今の僕じゃすぐに殺されてしまうけれど。
きっといつか、惨たらしくお前が命乞いをするほどに、残虐に殺してやる。
僕は忘れない。
この記憶を忘れない。
忘れてなんてやるもんか。
僕は絶対に……、『人間らしく』お前を殺してやる。
――――
「どうした?」
「いえ、なんでもありません。それよりもどこに向かってるんですか?」
僕の中のドロドロとしたものが日野さんの声で霧散する。そして、横で走る日野さんに質問した。
今、僕たちは監禁部屋を抜け出し、森の中をずっと走り続けていた。それも整備された道ではなく、獣道というべき草木が生い茂る道をひたすらにだ。
当てがない、はずはないとは思うが聞かなければ精神的に持ちそうになかった。
そんな僕の質問に日野さんは答えてくれた。
「君のお姉さんとの待ち合わせ場所だ」
「え、姉さんも来てるんですか?」
「そうだ。ちなみにこの脱出作戦を考えたのも、君のお姉さんだ」
「そうだったんですね……」
「それにしても驚いた。君のお姉さんが怪事課の人間だったとはな。君も知っていたのか?」
「ええ、まぁ」
超常現象解決課ーーあらゆる超常的な出来事を解決する国家機関。通称怪事課という所で僕の姉さんは働いている。過去にはそれで色々とあったのたが、最近では意識することさえなくなっていた。
しかし何故日野さんの口からその言葉が出てきたのか、それは本人が理由を説明してくれた。
怪事課と退魔士は協力関係であると。
いくら強力な力を持つ退魔士といえど数には限りがあり、ランダムに出現する異界にすぐに対応するのは難しい。その為、国家機関である怪事課に協力してもらい退魔士が到着するまでの間、住民の避難やマガツヒの足止め、さらには情報統制までお願いしているという。
国としてもマガツヒが異界で倒されず現世に顕現すれば、相応の被害がある事がわかっているので、協力してくれているようだ。
だから、退魔士にとって怪事課は切り離すことのできない、出来れば友好的な関係を続けて行きたい相手だという。でも……と日野さんは言葉を続けた。
「退魔士の中には怪事課をよく思っていない連中もいる。少年を監禁した四国支部の支部長もその連中の中の一人だ」
「なぜよく思ってない人がいるんですか?」
「マガツヒを倒す。それが私たちの役目であり、神から与えられた使命あり、誇りだからだ。だから協力関係にあるといえど、ただの人間にいいように使われるのは嫌なんだろう。あいつらは選民意識が高いからな」
それに実際、神の血が流れているからなと苦笑いを浮かべる日野さん。そんな日野さんに僕は疑問をぶつけた。
退魔士に本当に神の血が流れているのかと。
日野さんはそうだと頷いた。
「太古の昔、我々の祖先はスサノオノミコトから血を分け与えられた。そして、マガツヒを倒すという使命を拝命した。それが今日まで続いている」
「凄いですね……」
「たしかにな。しかし、だからそこ一般人である君を巻き込むなど、許されない。我々は力を持たない者たちを守る立場なのだから」
日野さんは大きくため息を吐いた。
スサノオノミコトといえば、僕でもしってる凄い神様だ。ヤマタノオロチを退治した話が有名で、絵本で昔見た事があった。
僕は少しだけ興味が湧いた。
スサノオノミコトが本当にいるのなら、会ってみたいなと。けれど、それと同時に胸の奥にちくりと針に刺されたような痛みが走った。理由はわからない。でも、この話題について考えるのはやめよう、そう思った。
再び沈黙が続く。そして、少し気の利く話題でも話そうかと思った時だった。
目の前を走っていた日野さんが急に止まった。
「日野さん?」
「こくとくん、私の後ろに」
「は、はい」
日野さんの硬い声に、僕は素直に従う。
視界に広がるには変わらない森の光景だ。道なき道に、支え合うように生える草木、時折聞こえる鳥の鳴き声。
さっきと何も変わらない。
けれど、ピリピリとした雰囲気を纏う日野さんの身体は震えていた。
「へえ……。マガツヒにやられたって聞いてたが、腕は鈍ってねえようだな、紅音」
時間にして数分。もしかしたらもっと早かったかもしれない。
日野さんの視線の先、木々の間から黒い軍服を着た男が現れた。にやにや笑うその表情、そして八の字に曲がった眉は人を苛つかせるものを持っている。しかし、油断ならない雰囲気もった男だった。
「九条源次郎殿……貴方が来るとは」
「思いませんでしたってか? 俺だって来たくて来たわけじゃねえ。本家の人間に命令されちゃあ、分家の人間は従うしかありめえよ」
九条源次郎と呼ばれた男は、心底嫌そうにそう答えた。
たが、無理矢理というにはその口元は楽しそうに笑みを浮かべている。そして、日野さんの様子も変わらずピリついた雰囲気のままだ。
「……こくとくん。これを」
日野さんが懐から取り出したは、翡翠色に輝く短剣だった。それを僕に握らせる。
「これを持って逃げるんだ」
「日野さんは……?」
「私はいけない。すまないな」
「おいおい、そんな事させるわけねえだろう?」
「くっ!」
こちらに向かって切り掛かって来た男の剣を、日野さんも剣を抜き防いだ。重なり合う刀身から、赤色の火花が散る。
唖然としている僕に日野さんは声をあげる。
「さあ、行け!この先を真っ直ぐ行けば、君は元の日常に戻れる!!」
「でも……」
「早く!」
「――くそッ」
僕は走り出した。日野さんに渡された短剣を抱えて真っ直ぐに。不思議と身体が軽い。恐らくこの短剣も神器の一種なのだろう。
「なんでだよ……」
背後で鳴り続ける音に後ろ髪をひかれ、僕は道なき道を駆け抜ける。振り返ることはしなかった。
3月16日 19時 次話投稿予定




