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蠍座の少年と退魔の血族  作者: 蒼山奇々
第壱話 蠍座の少年
7/10

1-7 エッセンス

 目が覚めると知らない天井だった。というお決まりのセリフを吐いたのは、どれくらい前のことだったか。

 最初は柔らかいベッドの上に寝かされていたので、病室か何かなのかと思ったが、起き上がって周りを見ると壁の一部が鉄格子になった牢獄と言っていい場所だった。


 訳がわからなかった。

 僕はいつから囚人になったのか。犯罪など犯していないのに。混乱した僕だったが、よくよく部屋を見渡せば牢獄という割にはテレビもあり壁で仕切られたトイレ、そして更にはお風呂もあった。

 牢獄というよりも監禁部屋に近い。

 それから僕は混乱する頭をどうにか落ち着かせて、今日まで大人しく過ごしてきた。そもそも、焦った所でこの現状を打破する方法など、僕には思い付かなかったからだ。

 たが、そんな日々を暮らしていてどうしても我慢できないものがあった。


「……ゲームがしたい」


 この部屋には娯楽と呼べるものがなかった。

 僕にとって娯楽、いやゲームとは心の隙間を埋める大切なエッセンスだ。

 そのゲームがこの部屋には存在しない。


 これは危機だと思った。僕にとって人類滅亡に等しい危機だった。

 だから、僕は行動を起こすことにした。

 実はこの監禁部屋には監視者がいる。鉄格子の向こう側でパイプ椅子に座り、大体朝から夕方まで僕を監視する中年くらいの男がいるのだ。

 監視者となると厳格そうなイメージを思い浮かべるだろうが、その男はいつもヨレヨレのTシャツを着て不真面目でいつもやる気のなさそうに僕を監視し続けていた。

 だから僕はその男に要望を出すことにした。


「ゲームがしたいです」

「……お前、立場わかって言ってんのか?」

「分かりません。でもゲームがしたいんです」

「…………」


 無視された。たが、僕は諦めなかった。

 ゲームへの渇望が僕を奮い立たせる。ここで諦めてはならないと。諦めなければ必ず夢は叶うのだと。

 それから僕は監視者が現れる度に、男に向けてゲームをやらせろと言った。

 もちろん、無視された。


 ならばと作戦を変えた。

 僕は鉄格子に朝から夕方の監視者がいる時間ずっと張り付き、ゲームというワードを連呼し続けた。これならば監視者の脳には嫌でもゲームという言葉が刻まれるからだ。

 だが、それでも監視者は無視をした。


「こうなったら……」

 

 次の作戦は少々過激なものにした。

 指の皮膚を歯で噛みちぎり、そこから出た血液で部屋中に「ゲームを寄越せ」と書き殴ったのだ。

 流石に痛いし苦しいのでこれがダメだったら諦めようと思っていたのだが、やってきた監視者は部屋を埋め尽くす血文字を見た瞬間、表情変えて部屋から慌てて出ていってしまった。


 やはりやり過ぎだったかと反省していると、昼頃に監視者が帰ってきた。よく見れば、その手には一昔前のゲームソフトと、これまた一昔前の携帯型ゲーム機が握られていた。

 監視者は鉄格子越しに、僕にそれを渡してくる。


「これは俺が子供の頃遊んでたゲームだ。今じゃもう触る事もなかったが、暇つぶしぐらいにはなるだろう」

「……どういう風の吹き回しで?」

「本当ならお前の要望など聞く必要はなかったが、あんな事をされたらな……」


 監視者の目線の先には、部屋にびっしりと刻まれた血文字があった。

 それを見て監視者はため息を吐いた。


「退魔士の人らにとって、血とは先祖代々受け継いできた大切なものだ。だから、二度とこんな事をするなよ。見られたら俺が怒られちまう。それと、ほれ」


 監視者が後ろから出したのは、バケツと雑巾だった。

 なるほど、要望を叶えてやるから自分に不都合なものを消せと……。

 僕が頷くとため息を吐いて監視者は椅子へと座り、いつものようにだらけ始めた。

 もう彼の頭の中に僕は存在しないようだ。


「よーし」


 僕は久しぶりのゲームを思う存分楽しむために、雑巾を絞って壁に書き殴った血文字を拭き取った。自分でしたことながら、消すのにはかなり苦労した。

 綺麗に拭き取れたのは、夕方になる頃だった。


「ふぅ……、これでやっとゲームができるな」


 そして、するべき事をやり終えた後はお楽しみのゲームの時間。

 監視者からもらったソフトとゲーム機は確かに古いものだったが、保存状態はよくソフトを読み込ませば、しっかりと起動してくれた。

 ソフトはもちろん最新のものではないが、今もシリーズが続いているもあり、期待ができそうだった。いや、事実すごく楽しめたので期待通りではあった。


 昔のものなので、今のゲームより不親切さが目立つものの、物語やゲーム性が素晴らしくどっぷりとハマる事ができた。食事や睡眠さえ面倒になるほどに。


 それからどれくらいの時間が流れたのか。あれだけ僕の存在を無視していた監視者が、お前に死なれては困ると言い出した。僕は若いし、人間は食事や睡眠を取らなくてもしばらく生きる事ができると反論したのだが、真っ当な生活を送らなければゲームを没収すると言われ、渋々元の生活リズムに戻すことになった。

 そして、元のリズムに戻った翌日の夜こと。

 監禁部屋にいつもとは違う来訪者が現れた。


「もしやと思っていたが、これほどとはな……」


 フードを深く被った来訪者はそういうと、懐から鍵を取り出し、それで鉄格子の扉を開いた。

 来訪者は僕の待遇に不満があるようで、ぐちぐちと小言を言いながら、監禁部屋の室内へと入ってくる。

 そして、僕に向かってまっすぐ手を伸ばした。


「さあ、助けにきた」

「えっと……」

「ああ、すまない。これでは誰かわからないな」


 混乱する僕に、来訪者はフードを取った。

 監禁部屋唯一の窓から差し込む光が、来訪者の顔を照らす。そうして映し出されたのは、僕と共に死地を駆け抜けた日野さんだった。


 日野さんがここに来たことにはもちろん驚いたが、それよりも僕が驚いたのは目の前に立っている日野さんの性別だった。


「女性、だったんですね……」

「そうだが……。もしかして男と思っていたのか?」

「すみません……」

「いやいや、謝らないでくれ。よく間違えられるし、こんな言葉遣いだからな」


 はははっと笑う彼女は、吊り目がちの目鼻立ちの整った綺麗な女性だった。

 年齢的には僕の二つほど上くらいだろうか。

 少しだけ癖のある長い髪を後ろで一つに纏めていた。

 本当になんでこんな綺麗な人を男と間違えてしまったのか。僕は自分が不思議で堪らなかった。

 そんな感じで意気消沈してる僕に、日野さんは急かすように言った。


「そんな事はどうでもいいんだ。さあ、ここから出よう。このままでは君が危ない」

「危ない?」

「そうだ。このままだと君は全身解剖され、ホルマリン漬けにされてしまう」

「は?」


 呆気に取られる僕に、詳しい事は出ながら話そうと日野さんは僕の手を取って走り出した。

 解剖……、ホルマリン漬けとは……、僕は一体何をしてしまったのだろうか。そんな思考を回しながら、手を引く日野さんに置いて行かれないように必死について行った。

ストック切れのため、次の投稿は3月16日予定

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