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蠍座の少年と退魔の血族  作者: 蒼山奇々
第壱話 蠍座の少年
6/10

1-6 あぁ神よ……

 霊災対策機関四国支部。

 

 そこで男は支部長というポジションに付いていた。

 

 名前は九条悟。

 退魔士の起源たる御三家の一つに生まれた男である。


 歳は六十を超えているが、鍛え抜かれた肉体に衰えた様子はない。

 

 性格は人に厳しく、自分にも厳しい厳格な人間ではあるが、ある程度柔軟な考えの持ち主でもあり、部下達には慕われるくらいの人間ではあった。

 

 しかし、そんな人間であっても目の前にいる烏丸という男が持ち帰った情報、そして映像は信じがたいものだった。


「……これは本当か?」

 

「ええもちろんですとも。私、嘘は嫌いな主義でして」

 

「どの口がいう」

 

「はははっ」


 烏丸が従える鳥型の式神の目から投影される映像。

 

 燃え盛るマガツヒに神器を持った一般人の少年が立ち向かい、そして勝利する姿。


 これがもし英雄譚の始まりであれば、素晴らしいスタートを切れたのではないだろうか。


 しかし、退魔士のそれも四国支部を預かる身としては、厄介なことこの上なかった。

 

 本来退魔士以外が神器を扱うなどあり得ない事だからだ。

 

 神器は神の血が流れない人間を拒絶し、さらに少しでも触れてしまえばその身は解呪不可の死の呪いを受ける。


 それなのに映像の中の少年は僅かな手の火傷だけで済んでいるように見える。そして、今も無事に生きているというのだから、驚きしかない。

 

 まれに先祖返りとして、退魔士の血が混じった一般人が神器を扱える事はあるが、それも数十年に一度見つかるかどうか。


 それも運である。


 しかし、その可能性は目を合わせた烏丸が満面の笑みで否定した。


「いやあ、彼の血筋を遡ってみましたが、一滴も神の血が混ざった痕跡はありませんでした。はははっ」

 

「笑い事ではないわ」


 はあ……と悟は深いため息をついた。

 

 面倒な人間が現れてしまったものだ。たが、面倒なだけではないなと、悟は考える。


 これは神の思し召しではないか。

 

 少年が何故神器を扱えるのか、それを解き明かすことができれば、退魔士全体の利となるのではないかと。


「……支部長。貴方の考えている事は分かりますが、やめていた方がいいと思いますよ?」

 

「何故だ?」

 

「実はあの少年のお姉さんなんですが、怪事課の人間でして。支部長の考えている事を実行した場合、非常に面倒なことになるかと……」

 

「そうか、確かにそれは面倒だな」

 

 我らは国家機関ではない。


 ではないが、国家機関とは協力関係にある。その中でも怪事課は非常に密な関係を保っている間柄であった。

 

 怪事課の人間の親族に手を出したとあれば、あちらも黙ってはいないだろう。

 

 となると、今も危ない橋を渡っているわけか。

 

 悟はもっと深いため息をついた。


「はあ……、面倒すぎるな。だが――」

 

「支部長?」

 

「これはそれ以上に重要な案件だ。お前も知っていると思うが、ここ数年でマガツヒの出現頻度が高くなっている」


 さらにそれに伴い退魔士の殉職率も上がっていた。


「もしこの少年の謎を解き明かす事ができれば、能無しどもも使えるようになるのではないか?」


「支部長、それは差別用語ですよ」


「黙れ、事実を言って何が悪い。あの親父が何を考えているのか分からないが、現状あいつらはお荷物でしかないではないか」


 コンコンと指で机を叩く。


「烏丸……」


「僕は嫌ですよ」


「まだ何も言ってないぞ」


「言ったでしょう、貴方の考えてることは分かりますよと。ですが、あの子供は一般人です。私達が守るべき存在です。貴方はそこまで落ちるつもりですか」


「……もうよいわ。下がれ」


 なぜ理解できない。


 たった一人の子供を使うだけで、退魔士の未来が開けるかもしれないのだ。


 能無しどもを使えるようになれば、きっと今の状況が改善する。


 あの子供が退魔士全体の糧となるのだ。


 これほど素晴らしいことはない。


 喜ばしいことなのに、烏丸は呆れなような声でいう。


「……支部長、我々には超えてはならない一線というものがあるはずです」


「あるな。しかし、時には踏み越えねばならん。そうせねば未来を掴む事はできん」


「……貴方は変わってしまいました」


「それはお前もだ、烏丸よ」


 悟の言葉に烏丸は大きく目を見開いて。


 大きな足音立てながら出て行った。


 烏丸と悟は古くからの友人であり、戦友であった。

 

 行くたびの戦場を共にかけ、死線を潜り抜けた。


 死にかけた事も何度もある。それでも自分達は生き残り、悟は支部長という地位を烏丸は局長という地位を得た。


 …………。


「人は、前に進まねばならぬ……」

 

 悟は懐に閉まっていた携帯端末を取り出し、あるところに電話をかけた。


「あー、私だ。お前達に一つ頼みたい事があるんだがいいか?」


 電話先の人間は渋っていたが、自分の立場を使い少し脅しをかければ、最終的には頷いた。


 やはりこういう時に御三家である九条の名は便利だと思う。


 そして、支部長という立場も。


 悟は電話を切り、立ち上がると窓から外を見た。

 

 いつもと変わり映えのない風景がそこにはある。たが、これは我々退魔士達がその名の通り身を削って守ってきた平和だった。

 

 それを何としても守らなくてはいけない。

 

 そのために少年一人を生贄に捧げなければならないのなら、私は喜んでこの手を汚そう。


「……これは高貴なる使命の為なのです。我が大いなる神よ」


 どうかお許しください。

 

 悟は天を見上げ、願う。

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