1-2 異界へ
教室に放課後を知らせるチャイムが鳴った。
クラスメイトたちは、そのチャイムを合図に和気あいあいとしながら、教室からひとりまたひとりと去っていく。
僕はそれを目で見送りながら、自分の席でじっと約束の人物が来るのを今か今かと待っていた。
「おーい! 黒山くん!」
「おお! 新城くん! 待ってたよ」
「いやあホームルームが長引いちゃってね、すまぬ」
「いやいや、それならしょうがないよ。さあ、行こうか僕たちの聖地へ」
「ですな!」
僕の待ち人、新城剛くんはそう言って嬉しそうに笑ってくれた。剛くんは僕の友人であり、同志だ。
ありとあらゆるサブカルチャーに精通している人物で、僕をその沼に引き摺り込んでくれた元凶でもある。
もちろんそのことに関して、恨んではいない。
むしろ僕には夢中になれるものがなかったので感謝しているし、友人ができたので、むしろプラスでしかなった。
そんな剛くんと向かうのはゲームショップ。
今日は僕たちが好きなゲームの新作が出る日。
予約はしっかりとしてあるので、焦る必要はないのだが、僕は朝からワクワクが止まらなかった。
剛くんも同じ気持ちみたいで、歩くスピードがいつもよりもかなり早かった。
「今作はどんな新要素が追加されているのでしょうなあ」
「今回は公式サイトは覗いてないの?」
「いやあ、実は今回は出来るだけ真っ白な状態で挑みたいと思いましてな! たまにはいいでありましょう?」
「たしかに」
剛くんの言葉に頷いた。そういったのもたまには悪くないのではと。
僕の場合は新情報があれば見に行ってしまうし、攻略サイトもゲームで詰まってしまったらすぐに覗いてしまうので、剛くんのような楽しみ方はしてこなった。
けれど、今回はそういった遊び方もいいかなと、選択肢のひとつに入れることにした。
新情報はあらかた見てしまっているので、攻略サイト縛りになってしまうが、それもいいだろう。
そんな事を話しながら、コンクリートで塗り固められた道を歩いていると、この町で数少ない商店街に着いた。
僕らのような学生服を来た中学生、そして高校生たちが多くいる。その大半がハンバーガー屋やファミレス、ゲームセンターなどに群がる中、僕たちはただまっすぐに今回の目的地へと足を運んだ。
「相変わらず寂れてますなあ」
「だね。でも、それがいい」
「同感です」
僕たちはそう言って笑い合う。
人混みを抜け、たどり着いたのは商店街にひっそりと佇む寂れたゲームショップ。ここが僕たちの目的地だった。
「それでは、いざ行かん!」
ゆっくりと開く自動ドアを潜れば、そこにはずらりとゲームソフトが陳列されていた。
その種類はレトロゲームから最新ゲームまで様々。
膨大な数があるそれは、綺麗に陳列されて、一種の芸術品のような美しさがあった。
お客様もちらほらといるが、僕らのような学生の姿はない。
奥のカウンターには気怠そうにスマホをいじる店主の姿がある。気怠そうにこちらを見ると、目を見開いて、嬉しそうに手を振ってくる。
僕たちもそんな店主に笑顔で手を振りかえして、カウンターへと足を進めた。
「おやおや仲良し二人組じゃないか! もしかしなくても、予約したアレを受け取りに来たのかい?」
「もちろんですとも! 店主殿も元気そうでなにより」
「まあ暇だからねえ。っと、そうだった! ちょっと待ってて。すぐにソフトとってくるからさ」
「かたじけない」
「ありがとうございます」
「いいってことよ!」
店主はそう言って、カウンターの奥へと引っ込んだ。
このお店に通うようになったのは、これまた剛くんの影響だったけれど、やっぱりいい店だと思う。
特に店主が最高だった。最初は気怠そうでやる気のない人なのかと思ったがそんな事はなく、気さくで優しい人で、特にゲームにも詳しく攻略サイトにも載っていない事を教えてくれたりするのだ。
剛くんの影響でゲームを始めた僕に、色々と教えてくれたのもここの店主だった。
ある意味では、僕のゲームの師匠と呼んでもいいのかもしれない。
しばらくして、店主が丁寧に梱包された二つのゲームソフトを持って現れ、僕たちに手渡してくれた。
「どうぞ! 待たせてしまったかな?」
「いやいや、全然待っていませんぞ。むしろ早くてびっくりしたくらいで」
剛くんの言葉に僕も頷けば、店主は照れくさそうに顔をかいた。
「いやあ、君たちはお得意様だからね。下校時刻に合うように、取り出しておいたんだよ」
「それはそれは……」
「ありがとうございます、店主さん」
「このくらい当然さ! さあ、早く帰って楽しんむんだよ!」
そうやって、僕たちよりワクワクしている店主に僕たちも笑いながら料金を払う。
さあ、ゲームの世界へレッツゴーとした所で……、世界が揺れた。
視界にあるものが全て揺れて、まともに立っていられずにカウンターに手をついて揺れが収まるのを待つ。
体感としては数分、しかし実際にはもっと短かっただろう揺れは、しばらくして収まった。
「ゲームソフトは! はあ……良かった」
「……黒山くん、ゲームより自分の命ですぞ」
「いや、ついね。はははっ」
「今のは新城の反応が正しい」
「店主さんまで……」
店主まで僕の言葉に呆れていた。
たしかに二人が正しいとは分かっているけど、このゲームは本当に楽しみにしていたんだ。最初に心配しても仕方ないじゃないかと思う。
けれど……。
「ありゃりゃ。こりゃあ悲惨だねえ」
店主の言葉通り、さっきの地震によって店の中はめちゃくちゃになっていた。
あれほど綺麗に陳列されていたゲームソフトが床に散らばっているのだから、あの揺れが相当大きなものだったのが分かる。
「店主殿、手伝いましょうか?」
「うん、僕も――」
「あー、いやいや。ありがたいけど、君たちは早く帰った方がいい。親御さんが心配しているはずだよ?」
はっとなってスマホを見れば姉さんからおびただしい数の着信とメールが入っていた。
剛くんも同じみたいでびっくりしていた。
「余震があるかもしれない。だから君たちは気を付けて帰るんだよ」
「わかり、ました……」
「うむ、よろしい! では、さらば! 明日にでもゲームの感想を聞かせてくれたまえよ?」
「はい!」
「了解でありますぞ!」
僕たちの返事に満足げに頷いてくれる店主。
そんな店主に頭を下げて、僕たちは店の外へと足を踏み出した。
けれど、そこは僕たち……いや僕の知る街ではなかった。
もうもうと燃え盛る炎と黒煙。
建物だったものは、無惨にも崩壊し、至る所に瓦礫が積み上がっている。
瓦礫の隙間からは鉄骨と、恐らく人間だったものであろう部位が飛び出していた。
それはぴくりとも動く事はなく、見開かれた目には以前灯ってたであろう光はない。
「なにこれ」
僕が声を出せたのは奇跡だろう。
瞬間、粉塵と生ものが焼ける匂いで咽せてしまった。
となりにいる剛くんは大丈夫だろうかと声をかけようとすれば、そこに彼の姿はなく。
どうしてと後ろを振り向けば、そこにさっきまであったゲームショップの姿はなかった。
いやいや、よく見ればここはどこだ。
僕は商店街にいたはずで、しかし崩壊している建物には見覚えはない。
……ありえない。
ありえないけれど、僕の持ちうる知識で言うなれば、どこか知らない場所へ転移した。としか考えられなかった。




