彼女に会ったあの日
夏休みも中頃のある日、友達と公園で一日中遊んだ後、家に帰る途中だった。まだ幼稚園の頃だから、僕の世界はただ一つのことだけで回っていた。遊ぶこと。でも、それもいつかは終わる。とくに空が暗くなり始めるときは。
さよならを言い終え、家路につく僕は、好きなアニメの歌を小さく口ずさんでいた。
途中、いつも立ち寄る自動販売機の前を通った。そこで何かを買ったことは一度もなかったけど、人がボタンを押して飲み物が落ちるのを待つ様子を見るのが好きだった。自分でやってみたらどんな気分だろうって、ずっと考えていた。
そんなことを考えながら歩いていると、自動販売機の近くに誰かがいるのに気がついた。
女の子だった。僕と大体同じ年頃。
彼女はしゃがみこんで、地面をあちこち見回しながら、肩を震わせていた。時々、手の甲で目をぬぐっている。それを見たとき、僕の足は意思とは関係なくゆっくりになった。
近づいていった。
「ねえ」声をひそめて話しかけた。「何か探してるの?」
彼女が顔を上げた。目は赤く、唇が震えてから言葉が出た。
「うん…そう」
なぜか、僕の顔が熱くなった。理由がわからなかったから、考えないようにした。
「何をなくしたの?」聞いてみた。
「ヘアピン」細い声で彼女が言った。「お母さんが誕生日にくれたの。たぶんこの辺りで落としちゃった…」
話しながら、もうなくなってしまったんじゃないかと怖がるように、手をぎゅっと握りしめていた。
「手伝うよ」僕は言った。
彼女はまばたきした。「えっ、本当?」
「うん」僕は答えた。「きっと見つけられるさ」
彼女の肩の力が少し抜けた。「ありがとう…」
考えられる限りの場所を探した。自動販売機の下。茂みの近く。歩道のそば。空はますます暗くなり、彼女の鼻をすする音はやがて静かな涙の音に変わった。
そして──
「あった!」僕は叫んだ。
彼女が振り返った。「ほんと?」
茂みの下から引き抜いた小さなヘアピンを掲げてみせた。「ほら」
彼女はそっと受け取り、手のひらにしっかり握りしめた。
「…ありがとう」彼女が言った。「本当にこわかった」
「よかったね」僕は答えた。
少し間を置いて、空を見上げた。「遅いよ。家、遠いの?」
彼女は首を振った。「2丁目C街区の14番。今日引っ越してきたばかりだから、道、よくわからなくて…」
僕は一瞬止まった。「それ、僕の家の隣だよ」
彼女の目が大きく見開かれた。「本当?」
「うん。行こう」
二人で並んで歩いた。
「名前、何ていうの?」僕が聞いた。
「サキ」彼女が言った。「君は?」
「ハルト」
「ハルト」彼女は小さく繰り返した。練習しているみたいに。
僕は笑った。
歩きながら、彼女はお父さんの仕事の都合で引っ越し、昔の友達と離れなきゃいけなかったことを話してくれた。なんて返したらいいかわからなくて、僕はただうなずいた。
家に着く頃には、もう街灯がついていた。静かな道の突き当たりに、二軒の家が隣り合って建っていた。
「ここが私の家」彼女が言った。
「そっちが僕んち」僕は答えた。
彼女はもう一度ヘアピンを握りしめ、そっと力を込めた。
「…今日はありがとう」
「別に」僕は頭をかきながら言った。「また明日?」
彼女は一瞬ためらってから、うなずいた。「うん。明日」
彼女は中に入り、ドアを閉める前に一度手を振った。僕も、その姿が見えなくなるまで手を振り返した。
その夜、お母さんにどうして遅くなったのか聞かれた。帰りに誰かを手伝ってたんだ、と僕は答えた。
後で、ベッドに横たわりながら、天井を見つめていた。頭の中が、自動販売機のそばにいたあの女の子のことでいっぱいだった。
彼女の声。
彼女の笑顔。
僕の名前を呼んだときの言い方。
なぜだかわからなかったけど、あの何でもない夏の日は、どこか違って感じられた。気づかないうちに、何かが静かに始まったみたいに。
そんなことを考えながら、僕は眠りに落ちた。自動販売機の低い音と、「明日」という約束を胸に抱きながら




