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第3話「"魔法"の存在」


魔法少女はその役目を終えるとどうなるか、

あなたは知っているだろうか。


"世界を悪から守る"


誰にでも出来る事じゃない。

与えられたチカラ使い、痛みと犠牲を払いながら、悪を倒す。

その大役を果たした少女達には莫大な富と恒久的な栄誉が与えられ────





ない。





現代日本における「魔法少女」の存在は全て虚構(フィクション)とされ、

戦闘で起きた被害のそれらは「災害」や「事故」として処理される。


原因不明のガス爆発や、老朽化に伴うビルの倒壊がそれだ。

運良く魔法少女達の戦闘を目撃できたとしても彼らの言葉は妄言として語られる事となる。

(とはいえ匿名のSNSで密かに賑わってはいた。)


厳格な秘匿対象とされる魔法少女達に世間からの賞賛は無く、

その戦いの記憶は魔法少女管理機構(バックヤード)によって記録・保管されているがその情報が公にされることは無い。


引退後は元々の血縁関係や友人関係も抹消され、

新たな戸籍と人生が与えられる。

「普通の人生」が、彼女達への唯一の報酬だ。


併せて、契約妖精との誓約も終わり、その神秘たる魔力も本来なら消失する。


ハズだった。


魔王が最期に遺した呪い…

それは結局のところ「魔の力」そのもの、妖精との契約が切れた後も世界から消えることは無く今も凛世の中で膿み続けている。


だからといって前述の通り、この力はおいそれと使っていい力ではない。


魔法少女の魔力を+(プラス)とするなら呪いの残滓は-(マイナス)の側だ。


同じ「空を飛ぶ」「高速で移動する」という簡単なソレも全てが世界に対して"マイナス"の側で作用してしまう。


身を裂く様な痛みと、引き換えにして───────



バチィッ!!



鮮やかな紫電が、都会の夜空に弾けた。

一般人には知覚出来ない魔力の炸裂は、度々謎の閃光として報じられる。


魔法少女(マギアルクス)時代の凛世の魔力は「光」

全盛期の彼女が放つ光は、あらゆる魔を退け、打ち倒してきた。


どこまでも苛烈で、恐怖すら覚える美しい光、

今やその光も濁り、紫水晶(アメジスト)の様な紫色を孕んでいる。


契約がない状態では当然、詠唱も意味を成さない。

アレはあくまで妖精を介して世界と契約しているからこそ意味がある。


では、どうやって魔法を使うか。


答えは…コレだ。


「たった1回、空を跳ねただけで…このザマとはね…!」ピュンッ


バッチインッ!!


二度目の炸裂。

次は都会を彩る高層ビル群の更に上で弾けた。


空を舞う凛世の手に握られているのは、デスク脇に置いている愛用のガラスペンだ。

細く、槍を想起させるようなデザインのガラスペンの先に、詩織が育てた花弁を封じた特注品は凛世の感情が昂った時にその魔力を特殊なインクに"逃がす"役割がある。


いわば、フィルターのようなものだ。


日々溜まりに溜まった魔力と、それを浴びて凝縮したインクは、もはやそれ自体が一種の術具と言っても過言ではない。

(普段は魔法少女管理機構(バックヤード)が回収して適切に処理している)


そこで凛世は考えた、

「インクを含ませたペンを振れば何かと応用出来るのではないか」と。


結果は大当たり、ペン先から迸る魔力を孕んだインクは外気に触れるとたちまち炸裂した。

ごく僅かなインク数滴で小型のプロパンガスが爆発した時と同じくらいの出力が出る。


…厳密に言うとここまでは魔法ではない、これはただの魔力の爆発によるものだ。


「この爆発の余波に…!足場を作って…! 跳ねる!」ピュンッ



バチィンッ!!



三度の爆発。

凛世はその余波を「踏む」ための「足場」を造る。

この足場こそが"魔法"の部分だ。


爆発→足場を組む→爆発→足場を組む…

この工程(プロセス)を繰り返せば擬似的に「空を飛ぶ」事を再現出来る。


あとは痛みに耐えながら、目的地に降りるだけだ──────────


……


都内某所 雑居ビル


凛世が降り立ったのは、ゴシップを掲載した三流週刊誌『週刊バズ』の編集部が入る、築年数の古い雑居ビルだった。


「(いかにも…掃き溜めみたいなところね…)」

ズキッズキッ…


襲い来る激痛に眉をひそめながら凛世はビルの前に立つ。

直線距離にして約25kmを僅か7分で到着した、実質新幹線レベルの速度である。

速いには速いが…痛みと天秤にかけるには遅過ぎる。


痛みを堪えながら背筋を正し、週刊誌が入る階層に向かう。


ゴウン… ゴウン…

ギギ… ギ…


《9階 デス。 ドア ガ開 キ マス。》


ビルのエレベーターは、独特の錆びた金属音を立てて9階で停止した。


エレベーターホールに出た瞬間、凛世は不快な「ノイズ」を感じた。


それは魔力でも残滓でもない。

人間の悪意と、低俗な好奇心が混ざり合った、淀んだ空気そのものだ。


『週刊バズ』の編集部は、壁が黄色く煤け、デスクにはタバコの吸い殻が山積みになった、混沌とした空間だった。


記者たちは、今日のスクープに対する世間の反応に興奮し、雑然と電話をかけ、笑い声を上げている。


凛世はその混沌の中、1人の作家 "神楽 凛世"として、冷静沈着な作家の顔を保ったまま、扉をくぐった。


「───────御機嫌よう、皆様。」


編集部のざわめきが、一瞬で沈黙に変わる。


「!!? …か、かか…神楽…凛世、先生?」


一人の記者が、信じられないものを見たように声を漏らす。

彼らが記事で散々に扱き下ろした『清純派作家』が、今、目の前にいる。


ゴシップ誌を書くと、当事者の芸能人や政治家達が社に訪れて撤廃や取下を申し出て来ることはままある話だ、時には暴力沙汰や裁判に発展するケースもある。

だが彼ら記者達はそういった修羅場の越え方を熟知している。


…それなのに、

"アレ"は、なんだ?


明らかな「異常」がそこに居た。

人の形をしているが、そうじゃない。

自身の理解が及ばない別次元のナニカ、本能が逃走を図ろうとするほどの重圧。

一線を画す、空前絶後の、過去最悪の、観測史上最強の「恐怖」を各々が感じていた。


そして、瞬間、理解する。


「オレ達は触れてはいけないモノに触れてしまった」と。


凛世は、その混乱の中心にいる、編集長らしき腹の出た中年男性に真っ直ぐ歩み寄った。


「独占インタビューはいかがですか、編集長?」


凛世は声を低く抑え、告げる。

その声は、余所行きの穏やかな挨拶とは異なり、張り詰めた弦のような響きを持っていた。


「私の『違法賭博と飲酒運転』について、貴誌にだけ真実をお話ししましょう。」


編集長は、一瞬の動揺の後、大スクープの匂いを嗅ぎつけ、椅子から飛び上がった。


「おお!これは光栄です!もちろんですとも、先生!いやはや、あの記事は我々の傑作でしたがそれを超える記事になりそうですな!」


編集長は喜び勇んでペンとメモを取るが、凛世の表情は変わらない。彼女は、目の前の男の醜い興奮を、ただ静かに見つめていた。


「──────・・・ただし、条件があります。」


凛世は、胸ポケットからガラスペンを取り出し、デスクの上に突き立てた。


「私は『嘘』を嫌います。 」


凛世がそう告げた瞬間、彼女の瞳の奥が一瞬だけ紫色の光を宿した。

それは、マギア・ルクスの…彼女の武器の名残であり、彼女の"呪い"そのものだった。


光は、指先からガラスペンを伝う。

溢れ出たソレは微細なエネルギーの波となって、周囲の空間に漏れ出す。


──────────・・・ズズッ…


普段、凛世はこの力を制御している。

だが、その制御は、紙一枚の薄さでしかない。

一歩間違えれば世界を傾けかねない力…


それが、魔法(のろい)だ。


ジジジジ…ッ


編集長が座るデスクの上のPCモニターが、まるで心臓発作を起こしたかのように、激しく点滅し始める。

見たこともないエラーを吐き出し続け、見たこともない言語で何かが入力されていく。


天井の蛍光灯が『バチッバチッ』という異音を立て、激しいショート音と共に、部屋全体の電気がほんの数秒、完全に消滅した。



────シン…ッ─────



編集部全体が、完全な闇と沈黙に包まれる。

皮膚が粟立ち、血液が氷のように冷たくなる。

えも言われぬ"恐怖"が全身に絡み付く。


根源的恐怖が、この闇の中に居る。


記者たちの混乱の叫び声さえ、恐怖によって喉の奥に押し込まれた。

息を吸う音すら、今この場所に於いては致命的な雑音になる。


声を出したら、死ぬ。


その場にいた全員が、そう思った。


編集長は、1秒にも満たない暗闇の中で、目の前の女性から発せられる「世界の法則を捻じ曲げる力」を本能で理解する。


深淵とも言える闇の中で、

凛世の瞳だけが、

妖しく、

光っていた。


彼の顔から、血の気が引いていく。


電気が、ゆっくりと復旧する。

点滅する蛍光灯の光が、編集長たちの青ざめた顔を照らし出した。


凛世は、何事もなかったかのように静かに言葉を続ける。

彼女の声には、今や何の感情も含まれていない。


「───真実を語る、という約束でしたね?」


「へア…!? あ…あ……あぁ、そ…そうだ、そうですね??」


凛世は、デスクに刺したガラスペンを、ゆっくりと、しかし確かな力で掴んだ。


「真実は唯一、私は"何もしていない" 違法賭博も飲酒運転も、私は何一つ関与していない。 ────理由の説明は必要でしょうか?」


氷のように冷たい声が鼓膜を揺らす。

編集長は千切れんばかりに首を振り、これ以上の言葉は不要である事を示した。


「────理解いただけて幸いです。 ですがもし、また同じような偽証(ゴシップ)が私の視界に入ったら…次に消えるのは、この部屋の電気だけとは限りませんよ、編集長。」


「はひ…っ はひぃ…っ!」


編集長は、恐怖で椅子に縫い付けられたまま、必死に頷いた。


「わわわわか、わかりました、先生…!そう事を荒立てずに…! ああああの記事は、すぐに、すぐにでも編集部の捏造として、謝罪文を…!」


…彼らは、凛世の言葉を信じたのではない。

彼らが信じたのは、一瞬訪れたこの世ならざる闇と、蛍光灯が発した形容し難い恐怖の片鱗だった。


彼らは、鏡花の情報戦(いやがらせ)の末端で働く「ただの駒」であり、超常的な暴力に抗う術を持たなかった。


「それでは、よい夜を。」


凛世は震える編集長に一瞥し、そのまま静かに部屋を後にした。


これで、相手の初動は潰せた。

鏡花が仕掛けてきた偽証の熱気が世間を大きく揺さぶる前に大元の出版社を叩けたのは幸いだった。


とはいえ、一定数あの記事を信じて私に悪意を向けてくる連中もいるだろう。

その全てを潰すことは現実的では無い。


葵の援護が期待できない以上、ここから先も自らの手の届く範囲内で対応せざるをえない。


────魔法を、使って。


「これじゃあ、まるで魔族ね…」


エレベーターの中で、凛世は苦痛に顔を歪めた。

ここまで問題なく制御できていたはずの「呪いの残滓」が、嵐のように彼女の全身を駆け巡っている。


血液が逆流する。

視界が極彩色に点滅する。

形容しがたい痛みの奔流が私の身体を引き裂いてゆく。


イメージ通りに魔法を使うことは出来たが、その代償は大きすぎた。

私の指先は、今にもあらゆるものを滅ぼさんと、危うい熱を帯びている。


「…フフッ」


彼女は誰にも聞こえないくらい小さく、自嘲めいた笑いを漏らす。


「本当に不毛ね。この力は、英雄として使っても、作家として使っても、結局は暴力にしかならないわ…」


ぎゅっと、詩織から貰った苔玉を握ると凛世の意識は深い霧の中に消えた。


凛世の孤独な戦いは、まだ始まったばかりだった。



続く


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