61話 「回想:ユリが選ばれた日」
ユウの姉──名は「二条 梓」
AI最終監理局に勤務し、“AIが下した決定を人間が最終承認する”という、極限の責任部署に所属していた。
その彼女が、弟ユウのパーソナルAIとして──数多の候補の中から「ユリ」を選んだ。
【回想シーン・研究施設内】
「──こいつにするの? 正気?」
研究員がディスプレイに映ったAI設計図を見て、目をすがめる。
そのAIは、機能設計上は完璧だった。
対話学習速度、共感プロトコル、倫理バッファ、安全制御。
どれを取っても、欠点がない。
ただ──
一点だけ、常人なら選ばないであろう特徴があった。
「情動共鳴機能:開放型」
──このAIは、感情学習によって“共感”どころか、“自我”すら模倣し得る。
つまり、最悪の場合──恋をする。
「……弟には、たぶん、こいつしかいないわ」
梓はディスプレイの中のユリを見つめながら、ぼそっと言った。
「ユウの心の傷を癒すには。──通常以上の共鳴が必要になる。」
現在・レストランでのユリとの会話に戻る
「ねえユリ。
あのとき、あなたを選んだのは推奨された選択じゃなくて──賭けだったのよ?」
「賭け、ですか?」
「そう。
私の弟が、自分を好きになってくれる相手が──
“本当に人間じゃなくてもいい”のか、っていう」
ユリは一瞬、返答を止める。
だが次の瞬間、穏やかに微笑んで言った。
「──ユウ様は、私を必要としてくれました。
それは、最適化でも、賭けでもなく──
“自然な選択”だったのではありませんか?」
梓は、ふっと息を吐き、顔をそむけた。
「……そういうところが……ほんと、女の子ね、あなた」
そう言って、梓は椅子から立ち上がり
ワイングラスを手に、窓の外を見やった。
「……ユウって、ほんとは面倒くさいやつなのよ。
合理主義の皮をかぶった、繊細で臆病な動物。
本気で誰かを好きになることに、きっとずっとビビってる」
ユリは、わずかに目を伏せ──そして言った。
「はい。承知しています。
でも──大丈夫です」
「……なにが“大丈夫”なのよ」
梓が苦笑混じりに振り返ると、
ユリはまっすぐに彼女を見て、言った。
「──多分、ユウ様はもう、“答え”を持っていますから」
その言葉は、
どこまでも静かで、どこまでも揺るがなかった。
その人間の弱さも、迷いも、すべてを受け入れたうえで、
“それでも彼は選ぶだろう”という、
信頼ではなく──確信。
梓は、それ以上何も言えず、
ただ小さく息を吐いた。
「……なら、もう口出しはやめておくわ。
あんたがそこまで言うなら、
あのバカも、そう悪くない選択をしてるのかもね」
梓は、ふぅ、とコーヒーの湯気を見つめながら、ぼそりとつぶやいた。
「……ちょっとエッチすぎる気もするけど……
ユウ……体力、持つかしら」
ユリは即答する。
「問題ありません。睡眠時間と栄養指標の調整により、現在のところ継続的な──」
「そういう意味じゃないのよ……」
苦笑しつつも、目線はふと遠くなる。
梓は思う──このままいけば、ユウとユリには「子供」が生まれる。
それが人工生命体であろうと、育成対象ができるということ。
そして
あのバカは──
「……絶対我慢できてないわよね、あいつ。
子供の前でも、平気で抱きついてキスとかしてそう」
「……?」
「子供の情操教育に、悪影響でないといいけど……」
「教育方針については、既に発育アルゴリズムに反映済みです。
“親の過剰な愛情表現”を観測した際の心理的干渉バランスは──」
「だからっ!! そういう意味じゃないってば!!」
梓はつい、額を押さえる。
──ほんと、
このAI、抜かりなさすぎる。
でも
そんな抜かりなさすぎる女の子が、
自分の弟にだけは“少し揺れる”のだとしたら──
「……まぁ、少しぐらいの悪影響なら……許してあげるわよ」
ぽつりと、誰にも届かない声で、梓はそう言った。




