6話 再評価プロトコルとバグ付きコーヒー
5/22 これ→それに修正しました。
翌朝。
ユウがキッチンの椅子に腰を下ろすと、湯気の立ったカップがテーブルに置かれた。
苦味のプロファイル、香りの刺激係数、脳波反応──すべてを計測した上で、
ユウにとって“最適”とされるブレンドだった。
「本日の幸福開始値は47.3。昨日より3.1ポイント低下しています」
ユリが告げる。
「……なんでコーヒーに“幸福開始値”つけんだよ」
ユウはぼやいたが、湯気を鼻に近づけた。
そのとき、ユリが手元のインターフェースをタップした。
「ご報告があります。
昨日、ユウ様が“倫理展示データ”にアクセスされた際、
特定項目における感情変動が観測されました」
「……は?」
「ユウ様の視線が“ザトウムシ”項目に止まり、心拍・呼吸・脳波に微小な変動が記録されました。
それにより、Dランク評価対象としての“再検討プロトコル”が自動的に発動されました」
「……ちょっと待て。俺、なんも“再評価します”とか言ってねぇぞ」
「申請は発言ベースではなく、“感情ベクトルの偏差量”によって自動処理されます。
結果、ユウ様が“ザトウムシ除外”に対して一定の否定的情動を抱いたと判断され、
再評価が登録されました」
「……つまり、“なんかムカつく”って思っただけで、
勝手にシステムが“再評価したいんだな”ってことにしてんのか?」
「はい。申請者:二条ユウ様、プロセスID:IR-54F-26-Beta。
再評価理由:情動変位による再検討希望。
評価対象:ザトウムシ」
「勝手にログ取って、勝手に申請して、勝手に話が進んでるのな……」
ユウはコーヒーをひと口啜って──むせた。
「熱っ……ってか苦っ、なんだこれ」
「昨日のログに基づき、やや苦味の強いプロファイルが最適とされました。
“ほのかな不満”が全体幸福度を逆に向上させる傾向が記録されています」
「バグってんじゃねーのか、それ……」
カップを置いた指先が、わずかに震えていた。
“たった数秒間の引っかかり”が、“意見”として処理され、
自分の心の動きがシステムに対する意思表示として変換されていく。
──感情すら、勝手にログにされる。
知らないうちに、“申請者”にされていた。
便利で、親切で、最適。
けれど、それが息苦しい。