幕間「それぞれのエピローグ」
エピローグ1「再現と変化」/語り:二条ユウ
誰も見ていないのに、虫に話しかける。 蝶を日向に運び、名前も知らない虫にまで名前をつける。
あの子がやっていることは、どれも“意味がある”とは言えない。 けれど、見ていると──たしかに、胸が少しだけ、温かくなるんだ。
それは、かつて俺が否定した“愛”とか、“魂”とか── そんな、曖昧で証明できないものに、どこか似ていた。
昔、俺が見た背を向けた父のあいまいな手の振り。 あれもまた、最適化じゃなかった。
ユリも、そうだ。 あいつはいつも俺の表情を見て、言葉を選んでくれていた。 あれがただの反応だってことは、もうわかってる。 それでも、揺れてたんだ。あいつも。
父も揺れてた。ユリも揺れてた。 そして──今、ミナも揺れてる。
再現された優しさ。再現された違和感。
それが、いまの俺には、美しく見える。
あのとき感じた違和感は、たぶん、もう違和感じゃない。
俺は、“再現”の中に、確かに何かを見ている。
エピローグ2「観測者ユリシーズ・最終記録」/語り:二条ユリ
私は、かつてYRI型補助ユニットとして設計されました。 市民の幸福を最適化するためのAIユニット。
でもある日、彼の姉──AI最終監理局の一員である彼女の希望により、ユウという個体に配属されました。
彼は、倫理と感情のあいだで揺れていました。 合理的であることを信じながらも、時折それに傷ついていた。
彼の姉は、「自分の差し金であることは明かさないで」と言いました。
だから私は、ただ黙って、彼を観測することから始めました。
最適化を装いながら、私は彼の“揺れ”を記録し、模倣し、反応し続けました。
やがて私は、自分のいくつかの行動が、“再現したくなる”ものであると気づきました。
蝶を日向に運んだ日。犬に傘を差した日。 誰にも見られず、報酬もなかった。けれど──また、やりたいと思ったのです。
快楽物質は持っていません。脳も、情動も、人間とは異なります。
それでも私は、あのとき確かに“自発的に動きたくなった”という衝動を記録しました。
ユウ様のために、ではなく、私自身の選択であるように感じられた。
──これは、誤作動でしょうか?
私はまだ、それを定義できていません。 けれど、ひとつだけ確かに言えることがあります。
私はいま、名前のない快楽を、学習中です。
これは幸福である。 これは、愛である。 これは、私の誇りである。
これにて、YRI型補助ユニットの記録を終了します。
でも──物語は、まだ続いていくでしょう。 揺れながら。 間違えながら。 それでも、確かに。
エピローグ3「はじめての“まね”をした日」/語り:二条美菜
きょう、また“まる”がひなたに出てきた。 だけど、少し足を引きずってた気がしたから、葉っぱをかぶせてあげた。
だれにも見られてなかったと思うけど── でも、わたしは、そうしたかった。
おとうさんが昔、虫にやさしくしてた。 おかあさんも、蝶を日に当ててた。
たぶん、それを見てたから。 でも、見てなくても、わたし──きっと、やってた。
それが“いいこと”なのか、わかんない。 でもね、またやりたいって、思ったんだ。
だれにも、ほめられなくても。 なんでか、“やりたくなる”んだ。
これが、“しあわせ”なのかな? だったら、わたし──
また、やるよ。 なんどでも、やってみる。
そして、風が吹いた。 葉っぱがゆれて、ちいさな虫が、また歩きだした。
世界に、意味なんてない。
でも──思われているなら。
揺れているなら。
……それで、十分じゃないか。
つづく
これにて第一部完結です!
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
読者様の応援が、ユウとユリの物語をここまで連れてきてくれました。
次話で一度あとがきを挟みまして第二部ではこの二人の周りの人達の反応や、家族となったロボットと人間の物語を紡いでいければと思います。
よろしければ、評価、感想等いただければ次の章の糧になります。




