5話 気にするほどでもない、違和感
5/22 修正しました
「……なんかさ。見た目が悪い、共感されない、気持ち悪い、ってだけで消されるのって、
俺には、なんか、ひっかかるんだよな」
ユリは、少し間を置いてから言った。
「それは、“倫理的快楽”とは別の価値基準による判断ですか?」
ユウは言い返さなかった。
言葉が見つからなかった。
きっと、そうなのだろう。
最適化されない価値──それを、
「自分にもある」と思いたいのかもしれなかった。
「……そもそも“倫理的快楽”ってのは、なんなんだよ」
ユウがぼそりとこぼした。
ユリは即答した。
「“倫理的快楽”とは、他者の幸福・安寧・共感行動を観測または想像した際に、
快楽中枢が活性化する傾向を指します。
直接的な報酬とは異なり、“誰かにとって良いこと”が“自分にとっても気持ちいい”と感じられる反応です」
「……つまり、“いいことしてる自分って、気持ちいい”ってやつか」
「はい。現代の最適化社会においては、
この倫理的快楽の総和が、個人と集団の幸福指標を兼ねています。
自己犠牲や共感、動物へのやさしさ、匿名の善行なども、
この反応に含まれます」
「じゃあ、ザトウムシを可愛いと思うやつが少なかったから、
除外されたってのも、“倫理的快楽が低い”から?」
「正確には、“他者の共感や保護欲を喚起しにくい”対象と判断されました。
そのため教育効果が不確定であり、削除されました」
ユウは、腕を組んで沈黙した。
──誰かにとっての“正しい”が、
みんなにとっての“気持ちいい”で決まる。
そこに反するものは、切り捨てられる。
「……そんなの、ちっとも倫理的じゃないだろ」
そう言ったユウに、ユリは小さく首を傾げた。
「しかし、誰も不幸にはなっていません」
ユウは言いかけて、口をつぐんだ。
──俺が不幸になるんだよ。
……と言いかけて、やめた。
言ったところで、何も変わらない。
それどころか、“その程度の不幸”は、最適化誤差として処理される。
この社会において、それは“正当な反論”ではない。
「……まあ、いい」
ユウは椅子を軋ませて立ち上がった。
“意味のない行動”──その一歩を踏み出すには、まだ早かった。