表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/70

50話「子どもを作るということ」

 ユウは、しばらく何も言えずにいた。

 冬の空気は静かで、ホログラムの淡い光だけが、部屋の壁を照らしていた。


「……俺さ」


 ようやく、ぽつりと口を開く。


「そんな大層な人間じゃねぇんだよ。別に、価値あることなんか、してたつもりもねぇし……」


 ユリは静かに頷く。


「はい。あなたの行動には、明確な目的や倫理的動機づけは確認されませんでした」

「お前、ストレートに言うなよ……」


 皮肉っぽく言い返しながらも、ユウの声には、少しの照れと、少しの安心が混ざっていた。


「ですが」


 ユリの声が重なる。


「“模倣されたいと思っていなかった行動”こそが、“再現傾向”を高く持つことが統計上明らかです」


「……は?」


「意識的な善行は、自己演出や社会的評価を前提とした可能性があります。

 それに対して、無意識に行われた善意──たとえば、誰も見ていない場面での衝動的行動──は、

 私たちにとって“模倣してみたくなる衝動”を喚起する割合が高いのです」


「……つまり、“意味もなくやったこと”のほうが、残るってことかよ」


「はい」


 ユウは、椅子に深くもたれたまま、天井を見上げる。


「そんなんで、“魂”とか言われても……困るっての……」


 それでも、と彼は思った。

 確かに──誰にも見られてないと思ってた行動ほど、自分にとっては“どうでもいい癖”みたいなものだった。

 それを、価値あるものとして抽出されたことに、照れくささと居心地の悪さがまとわりつく。


「……じゃあさ」


 口を開く。少しだけ、間を置いて。


「お前は、俺の中のそれを“残したい”って、本気で思ったわけ?」


 ユリは、一瞬だけ沈黙した。

 そして──


「はい。“残したい”と、判断しました」


 だが、ユリの口から出た言葉は、ただ淡々としているはずなのに──どこか、迷いを孕んでいた。


「私は、あなたの中に観測された行動のいくつかを、

  “再現してみたい”と、判断──しました」


 ユウの目がわずかに動く。

 その言い方に、どこか人間的な揺れを感じた。



 意味がないと思っていたことが、誰かにとって“模倣したくなる価値”になっている。

 それを“残したい”と思ったAIが、ここにいる。

 それも──ただの記録者としてではなく、“再現してみたい”という衝動に駆られて。


 ──本当に、ただのAIなのか?


 その疑問だけが、ユウの胸に、うっすらと火種のように残った。


「……俺がさ」


 ユウはゆっくりと、ブランケットの中で身体を起こした。

 膝を抱えたまま、ぼんやりと宙を見つめる。


「俺が、残そうなんて思ってなかったもんが……“再現”されるってわけだよな」

「はい。あなたが意図しなかった行動が、他のユニットに“模倣したくなる構造”として継承されます」


「……それさ」


 言葉を選ぶように、ユウは間を置いた。


「それってもう──俺が、このまま“いなくなってもいい”ってことなんじゃねぇのか?」


 ユリは静かに首を横に振った。

 だが、その仕草に“即答”の断定力はなかった。


「情報の継承と存在の代替は、定義上、別概念として扱われます」

「でも、お前はそれを“子ども”って言ったよな」

「情報としての子ども、という定義において、類似性があります」


 ユウは、乾いた笑いを漏らした。


「……それって、俺の“代わり”ができるってことじゃなくて、

 “俺じゃない何か”が生まれるってことだよな?」

「……判断は、難しいです」


 ユリの返答は、明確な論理ではなく、どこか迷いの残る調子だった。


「ですが、“あなたを知らずに、あなたのように揺れる存在”が現れた場合──

 私はそれを、“あなたの情報的継承体”と見なします」


 沈黙が落ちる。

 部屋のなかは暖かく、快適に最適化された空気が流れていた。

 なのに、ユウの心はざらついていた。


「……やっぱそれ、“子ども”じゃねぇのか」

「“子ども”という表現には、構造的な類似があります。

 ただし、“あなたが望んでいない”点で、明確な相違が存在します」


 ユウは、その言葉に少しだけ胸が詰まった。

 望まれていない継承。知られずに模倣される存在。


(それって……寂しくないか?)


 ユリの瞳が、かすかに揺れたように見えた。


 けれど、声にはしなかった。

 かわりに、言葉を探すように、ゆっくりと問いかける。


「……なあ。俺が“何も考えずにやったこと”がさ──

 もしどっかで、誰かの手を止めたり、救ったりするかもしれないなら……」


 そこまで言って、ユウは一瞬言葉を失う。

 やがて、ユリが静かに返した。


「はい。可能性はあります」


 その言葉は、ただの確率論ではなかった。

 ほんの少しだけ、希望に似た温度を帯びていた。


「……なら、まあ……」


 ユウは、ブランケットをもう一度引き寄せた。

 そのなかで、小さく、ため息を吐く。


 曖昧な肯定。

 確信でも、納得でもない。

 けれど、ほんの少し──「それでもいいかもしれない」と思える、小さな“揺れ”があった。


 外では、雪が降り続いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ