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40話「帰省の知らせ」

大学の最終講義から数週間。

夏季休暇も折り返しを過ぎ、街には「お盆」の雰囲気が漂い始めていた。


ミラー端末に映った天気予報には、再び“熱波注意”の文字。

都市圏の体感温度は、38度を超えるという。


けれど、屋内にいればそれを感じることはない。

服も空調も、歩行ルートすらAIが最適化している。

──そのはずなのに、汗がじっとりと背中に張りついていた。


「──帰るか、どうか」

誰に聞かせるでもなく、呟く。

実家からの通知がひとつだけ届いていた。


     『祖母の十三回忌を、簡素に行います』


文面には感情がなかった。あるいは、それは父の“優しさ”なのかもしれなかった。


     『帰省しますか?』

      パーソナルAI・ユリより提案:

     「家族との再会は幸福因子の増幅に寄与します」


「……うるせぇな」

ディスプレイには音声認識オフのマーク。誰にも聞かれていない──聞かれていても、きっと同じだ。

結局、次の瞬間にはこう続けていた。

「でも、まあ……行くよ」


──────


数日後。

無人特急が終点の海沿いの町に到着すると、熱気とセミの声が身体にまとわりついてくる。

潮風と混じって、どこか鉄のにおいがした。

駅前ロータリーは無人タクシーの配車ステーションになっており、車体番号が投影されると、車両のドアが静かに開いた。


無人タクシーに乗り込むと、ユウは後部座席の窓側に体を沈めた。

その隣に、ユリが静かに腰を下ろす。


「乗車を確認しました。──ユウ様、目的地は“登録済み実家”でよろしいですか?」

「いいよ」


ユリの服装は普段のメイド服ではなく、白地に淡い花柄のワンピース──フレンチガーリーと言うらしい。

軽やかな素材が、シートに座ったときふわりと揺れた。


「……その格好、誰に合わせた?」

「本日のお出かけ先とご家族の好感度データを参照して選択しました。

 “好印象だけど、あまり主張しない服装”として算出されたスタイルです」


「……お前なあ」

「不快でしたか?」


「……いや。似合ってる、とは思うけど」


「ありがとうございます。

 ──ユウ様が“肯定的な言葉”を先に口にされたのは、今月で二度目です」

「記録するな」


冷静につっこむ、こいつとの会話にもいい加減慣れてきた。




窓に流れるのは昔から変わらない景色、少しずつ俺の家に近づいていくのがわかった。

──ユリが唐突に口を開いた。


「──緊張しておられますか?」

「は? してねぇよ。どこをどう見てそう判断した」


「呼吸深度と心拍変動、あとは──瞬きの間隔です。夏季休暇中の平均値に対して+7.2%の揺れが観測されました」


「……お前、そういうの毎回言う必要あるか?」

「申し訳ありません。──でも、事実ですから」


ユウはため息をついた。車内は涼しかった。快適だった。

それなのに、どこか息苦しい。


「なあ。……お前、俺の実家見たことある?」

「航空写真および建築データは取得済みです。

──庭付き、木造平屋──形式としては“武家屋敷調リノベーション型”に分類されます」


「武家屋敷な。あれ父さんの趣味。意味わかんねぇだろ。

 中は全部センサーとパネルで、“見た目だけ”古い」

「ご家族なりの調整の形と判断します。──温故知新、あるいは“権威的伝統性による安心効果”かもしれません」


「……またそれっぽいこと言いやがって」


タクシーが緩やかに坂を登り始めた。山の中腹にある実家まで、あと少しだ。

遠くにちらりと海が見える。波の音は聞こえないが、セミの鳴き声が急に大きくなった気がした。


「──なあユリ、お前は帰省とか、したいと思うのか?」

「私に帰省という概念はありません、いつでも上位AIやその他の端末とネットワーク接続されていますので。」

「……そっか、そうだよな」


暑さのせいだろうか、妙なことを聞いてしまったと思う

タクシーが停車する。



目の前に、重そうな木戸と白壁、並んだ瓦。

でも、その内側は父が設計した“最適化住宅”だ──古風なだけで、ぬくもりは思い出せなかった。


「……帰ってきた、か」


蝉の声が、記憶よりもずっと騒がしく感じられた。

ユウは車を降り、しばらくその場に立ち尽くしていた。

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