37話「埋もれたAI」
砂浜の照り返しが、肌をじりじりと焼いていた。
遊び疲れたのか、ナオはパラソルの下で仰向けに寝転び、口を開けて微動だにしない。
ナツミはビーチチェアに寝転び、恍惚の表情を浮かべている。
ユリは今度はナツミの太ももに移り、無言のまま、丁寧な手つきでマッサージを続けていた。
ユウは、少しだけ離れた砂浜を歩いていた。
裸足で歩く足裏に、熱くなった砂がまとわりつく。
なんとなく視線を落とすと、砂の中に、黒い円形の何かが、わずかに覗いていた。
「……ん?」
しゃがみ込む。
表面には、薄く塩の結晶。人工皮膜とおぼしき質感。
そっと砂を払うと、円盤状のボディが露出する。
それは、巡回用の介助AIユニットだった。
車いす補助や砂浜の見回りを行う公共仕様の大型モデル。
表面にはAI登録番号があるが、電源ランプは赤。
音もなく、じっと横たわっている。
「埋まってたのか……おい、動けるか?」
もちろん返答はない。
手をかけて引き上げようとするが、砂に噛まれていてびくともしない。
「おっも……一人じゃ絶対無理だな、こりゃ」
戻ろうとしたそのとき、遠くから走ってくる足音。
「ユウー! 何やってんだ!」
ナオが駆けてくる。
後ろには、ぬっと立つ黒い影──ユリだ。
その隣を歩くナツミが、額の汗を拭きながら言う。
「昼、どうするか聞こうと思ったのに……なにこれ?」
ユウは埋もれた円盤を指さした。
「巡回AI。たぶん事故で埋まったまま、動けなくなってる」
「よっしゃ、救助作戦だな!」
ナオが気合を入れる。
ユリは、すでにAIネットワークから型番を照合したようだった。
「機体認証完了。LMC-502。市販品ではなく公共用貸与モデルです。現時点で反応微弱。早急な回収が望まれます」
「引き抜きます。ナオ様、右後方の下部を、三十度の角度で持ち上げてください」
「了解っす、先生!」
そこへ、ナオのミラー端末から別の声が響く。
「ナオ、反対だよ。そっち重心ズレる。支えるならフレームの方」
「なんだお前ら、張り合うな!」
思わずユウが叫ぶ。
四人で力を合わせて引き上げようとするが──
「ダメだー、びくともしない!」
ナツミが息を吐く。
「本機体ではパワーが足りません。加えて、電力も減少傾向にあります」
「ロボットでも動かせないって、どんだけ埋まってんだよ」
その時、近くで日焼けしていたブーメランパンツの中年男性が声をかけてきた。
「おっ、なんだ? 手伝うか?」
見るからに元ライフセーバーっぽい引き締まった身体、ラッシュガードにサングラス。
「おーい、おまえらも手伝えー!」
声をかけられたサーファー風の若者たちが、ぞろぞろと集まってくる。
「これ重くね?」
「やべ、こっち持って!」
「よっしゃー、いくぞー!」
「せーのっ!」
人間、AI、そして偶然通りかかった陽キャの手が重なり──
埋もれていた巡回ユニットが、ようやく砂の中から引き上げられた。
ボディには砂と潮の跡。
ユリがAI接続を確認し、最寄りの海の家に連絡する。
応答を受けた係員が、タオルと補助カートを持って駆けつけてきた。
「助かりました、ありがとうございます!」
係員に頭を下げられ、ユウは「いえ……」と少しだけ照れたように答えた。
戻る途中、ナオが隣でぼそっと言う。
「意味、あんのかな。あいつ、もう壊れてるかもしれないし」
「さあな。でも──」
ユウは砂浜に目を落とし、手についた塩を払いながら、ふっと笑った。
「……別に意味はないけどな。放っとけなかっただけだよ」




