35話「浜辺の空気と遠隔ユニット」
浜風が、服の隙間から肌を撫でる。
海に着いたとき、太陽はすでに真上近くにあった。
照り返す白砂。潮の匂い。焼けたコンクリートの匂い。
夏らしいものが、容赦なく押し寄せてくる。
「──あっつ。ほんとに来ちまったな……」
ユウはTシャツの首元をつまんで汗をあおぎながら、海の家の前に立っていた。
着替えを終えたナオとナツミが合流するのを、日陰で待っている。
日差しは眩しいが、風はそれなりに気持ちいい。
「……それにしても、混んでんな」
視線の先には、浮き輪やパラソルが乱立する砂浜。
キャッキャと騒ぐ声。波の音。──そして、強烈な陽光。
そこに。
ふと、視界の端で誰かが動く気配がした。
振り向いた瞬間、目が釘付けになった。
──異様にスタイルのいい女性が、こちらに向かって歩いてくる。
金髪のポニーテール。スラリとした長身。引き締まった褐色の肌。
そして、黒の競泳水着。
露出は少ないはずなのに、なぜか“肌以上に肌を見せている”ような錯覚。
セミグロスの素材が光を弾き、水を吸ったように密着している。
ユウは、思わず目をそらした。
(──誰?)
ナンパされるのかと勘違いしかけたそのとき──
「おう、待たせたな!」
ナオの声が背後から飛んできた。
「いや、そんなに待ってねーけど……」
振り返ると、ピンクのビキニに茶色のパレオを巻いたナツミが手を振っていた。
マッシュボブにサングラス、どこか大人びた佇まい。
正直、ナオにはもったいないレベルの美人だ。
──だが、その隣に立った美女が、ぺこりと丁寧に頭を下げた。
「いつもユウ様がお世話になっております」
「…………は?」
声には聞き覚えがあった。
けれど、顔が違う。髪も、体格も、ぜんぶ違う。
「お、お前……ユリか?」
「はい。耐水用遠隔ユニットを使用しております。本体は自宅で待機中です」
「いやいやいやいや、どーいう……」
「すっげぇ!」
ナオがテンションを上げる。
「今どきのAIってそこまでできんの? てか──」
ナツミは目を丸くしたまま、小声で続ける。
「逆に……えっち……」
競泳水着の美女は──というかユリは──まったく動じない。
「確かに……腕とか、パーツにスリット入ってる……ロボットなのね、これ」
ナツミが、興味深そうにユリの腕に視線を移す。
よく見ると、滑らかな“肌”のあちこちに、装甲の合わせ目のようなスリットが走っていた。
人工の構造体。機械であることの証。
だが──
「逆に、それが……きわどいわね」
ユウは咳き込んだ。
そしてそのユリが、スッとユウに歩み寄る。
「本ユニットは、海難事故における補助・安全確認のため、特別許可を得て派遣されております。
“視認性”および“威圧回避”を考慮したうえで──こちら《海の家・浜風》に保管されていた機体の中から、最も適合率の高いものを使用しております」
真正面からそんなことを言われ、ユウは完全に目を泳がせる。
「ちょ、ちょっと距離近い近い! あと、視認性っていうか……目のやり場が!」
「問題ありません。視認されたことが重要です」
「それが問題なんだよ!」
とにかく、何をどう説明されても、そこに立っているのはどう見ても“ユリじゃない”。
でも──中身は、確かにユリだ。
それが、余計に厄介だった。
「ま、まあ……」
ナオが両手をあげて、砂浜を見渡す。
「やっぱ海に来て正解だったぜー!」




