表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/70

34話「出発──車内にて」

大学の夏季休暇が始まった。

 

 最終講義の後、ユウはナオとナツミに誘われる形で、少しだけ遠出することになった。

 行き先は、海。

 夏らしいことを、何かひとつくらいやっておこうぜ──という、ナオの軽口に流される形で。

 

今、その車は、静かに都市圏を抜けつつあった。


「了解、ナオ。では出発いたします──レッツエンジョイ da ベイベー☆」

 陽気すぎる女性ボイスが車内に響いた。


「……なあナオ、お前、AIの音声いじった?」

「いじってねぇよ。デフォルトだって。オプション“遊び好きver.”にチェック入れただけ」

「それをいじったって言うんじゃねーの?」


 運転席でハンドルを握るナオは、ごく自然に前を向いている。もちろんこの車はAI制御。ナオが今握っているハンドルも、ただの飾りだ。


 彼の手のひらが意味もなく回されるたび、隣のナツミが呆れたようにため息をついた。


「ねえ、そろそろやめてもいい頃じゃない? その“運転してる気分”ごっこ」

「いやいやいや、これは儀式だろ。夏、海、ドライブ。ハンドルは握っておくもの。文化だよ、文化」

「文明の敗北って感じ」


 ナツミはそう言って、サンダルを脱ぎ、助手席で足をくるんと組み替える。マッシュボブの髪が首にかかり、サングラスが似合いすぎて眩しい。


ユリには昨日、海に行くか聞いてみたけど──「現行ボディは塩水対応ではないため不可」だそうで。


にもかかわらず「海難事故対策のため、現地にて合流予定です」って……どうやって来るつもりなんだ。

 

後部座席のユウは静かにあくびを噛み殺していた。


「寝てねー顔してんぞ、ユウ」

「ユリとゲームしてたらもう朝だったんだよ。」

「AIに勝てるわけねーだろ」

「うるへー」


 ナオのAIが反応する。


「クレームを承りました!“寝過ごし保証モード”をアクティブにいたしますか?」

「やめろ、寝坊確定じゃねえか」


 車内に笑いが広がる。エアコンは自動調整、座席のリクライニングも各人の体圧でフィットしてくれる。

 まるで人間の出番なんてないかのようなドライブだった。



「ミュージックチェンジ!」

「了解、ナオ。ヘイ、こちらのナンバーでいかがですか?」


 BGMが唐突に切り替わる。打ち込みの軽いエレクトロから、爽やかなギターリフへ。


 まるでDJのような口ぶりだが、しゃべっているのはナオのAIだ。ミラー端末越しに笑っている顔が表示されるが、表情はどう見てもデフォルトのままだ。


 それでも、ナオだけは笑顔でうなずく。


「こいつ、オレのこと一番わかってるんだよな〜」

「それ、恋人に言うセリフじゃない?」


 ナツミの冷ややかな声が刺さる。


「つーかあんた、海で調子に乗ってお酒とか飲まないでよね」

「え、禁止なの?」

「当たり前でしょ!溺れたらどーすんのよ!」


 車は海沿いの道を滑るように進む。

 ユウは、サイドミラー越しにちらりと空を見た。真夏の青が、いつになく遠く感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ