3話 バグってるのは、お前らのほうだろ・・・
5/22 修正しました
「……あれ、いなくね?」
昼過ぎ。大学のデータラウンジ。
ユウは、VR倫理教材の最新版をスクロールしながら、ふとつぶやいた。
動物の行動を通して共感性や倫理的感受性を育む──らしい。
画面の中では、レッサーパンダが竹を抱えて転がっていた。
「快楽指数:94.6」「共感誘発率:88.2」
──そんな数値が浮かぶ。
アルパカ、イルカ、ウサギ、カメレオン、アゲハチョウ。
一通り見ても、いない。
「ザトウムシ、いねえじゃん……」
かつて、短い映像付きで展示されていたはずだ。
再生数は少なく、コメント欄には「キモい」「いらない」と並んでいたが、
“倫理的マイノリティの象徴”として、確かにそこにいた。
ユウは指を止めた。
小さく表示された更新履歴を開くと、こう書かれていた。
「視覚的快楽指数の低い対象については、教育効果が不明瞭なため削除されました。」
不快、だから削除。
それだけのことだ。
誰も問題にしない。誰も困らない。
どの論理にも、反論の余地はない。
……けれど。
思ったよりも、堪えた。
ザトウムシが好きだったわけじゃない。
見た目は確かに微妙だし、うねうね動くのも、生理的に苦手な人がいるのはわかる。
でも、だからって──
「いらない」とされるのは、なんか違う。
“意味がないから消された”というその一行に、
まるで、自分自身をまるごと否定されたような感覚があった。
理由は、はっきりしない。
ただ、あれは、自分みたいだった。
──つまらなそう、
──表情が読めない、
──無愛想、
──空気が読めない、
──なんか気味が悪い、って言われたことがある。
そんなとき、言い返せなかった。
だって、本当にその通りだったから。
でも、それだけで、“いらない”と切り捨てられたら──
ユウは画面を閉じた。
光る表示がスッと消えて、ただのガラスの板になった。
喉が乾いていた。
けれど、口に運ぶ気になれなかった。
「……バグってるのは、お前らの方だろ」
誰に言うでもなく、そんな言葉が漏れた。