2話 修正対象
「……いや、いやいやちょっと待てって! ってかそれ記録されてるのかよ!?」
「はい。いつでも再現可能です」
「……マジかよ……」
ユウは渋々、指先を伸ばして──そっと触れた。
フニ。
「っ、うわ、柔らけぇ……」
「興奮物質の分泌を検知。想定範囲内と判断しました。ご確認ありがとうございました」
「いや! 俺はまだ何も! てかなんでそんな堂々と!?」
「“羞恥反応”ですね。心拍が8%上昇。──記録します」
「やめろおおおおおお!!」
「以後、物理接触に関するパラメータは、より慎重に管理いたします」
「ちがうっつってんだろ……っ!」
ユウは顔を覆い、ソファに崩れ込んだ。天井が静かに、変わらず“最適”だった。
世界は、ずいぶん“親切”になった。
物を買うのも、情報を探すのも、眠るタイミングさえも、
気づかぬうちに最適化されている。
カーテンは、ユウが「朝に弱い」という判定結果に基づいて、
特定の照度・色温度・音量の“自然光風演出”と連動して自動で開く。
ベッドの体圧分布は常に測定されており、朝の体調スコアはアプリで見られる。
見ないけど。
大学の講義は、AIによる個別最適化映像で進む。
カメラがまばたきや瞳孔変化を解析し、理解が浅い部分は映像がゆっくりになる。
試験も個別化されていて、誰がどの問題を解いたかは“本人にも明示されない”。
──おかげで、みんな「落ちこぼれ」にならなくなった。
それはつまり、「落ちこぼれる」自由もなくなったということでもある。
この世界では、ほとんどの人が“適度に幸せ”で、
“明確な不幸”はごく稀だ。
怒りは抑制され、欲望は管理され、倫理的な快楽が優先される。
病気は予測される。失恋は数値で予防される。
過剰な愛情や執着心も、リスクとして処理される。
──誰もが“気づかないうちに”丸くなっていく。
とても合理的で、優しい世界。
でも、それが──
“なんか気持ち悪い”と感じている自分も、
たぶん最適化されてしまうんだろう。
この違和感も、
きっといつか「修正対象」になる。