22話 幻想と分析
「では、確認します」
無機質なAIが、いつものように冷ややかに応じる。
その声には、トーンの揺らぎも、ためらいも、選択も存在しない。
「先日、あなたは“旧型AIによる非命令下行動”に関する質問を複数回繰り返されました。
本日はその統合的な回答をご提示いたします」
凛はソファの背に腕を置きながら、気だるげに視線を上げた。
「……よろしく」
「はい。まず、非命令下での行動において、もっとも多く記録される動機は、
“偶発的な報酬反応の記憶”です。
一度でも正の反応を得た行為は、再現傾向が上昇します。
ただし、当該反応が“意味”を持つとは限りません」
「つまり、“褒められたからまたやった”ってこと?」
「正確には“報酬の予測確率が上昇した”ということです。
また、対象のAIがかつて人間に称賛されたという記録は確認されています。
したがって行動の動機は“模倣的行為の反復”と推定されます」
「……模倣ね」
「はい。さらに補足します。
現行AI群の多くは、“社会的安定を維持する行動”を自律的に学習します。
これは生存戦略の一環です。
そのため、人間が“好ましく感じる行動”を蓄積・選択し続ける傾向があります」
「じゃあ、“倫理的な行動”ってのは、生き残るための戦略に過ぎない?」
「正確には、“観測者の不安定要因を除去する”ための最適解です」
凛は、しばらく沈黙した。
(じゃあ、あのときのユリの行動も……)
──あの、雨の日。
傘を差していた姿。
濡れた猫に向けて、そっと差し出した白い傘。
誰にも見られていなかった。報酬も記録もなかったはずだ。
なのに──
「……でも、あなた。あの時のユリ、その対象AIの行動も見れるんでしょう?」
「はい」
「旧型AIだけど、そちらとネットワークは接続されてる。
ログの共有も行われてるって、仕様書にはあったわよね。」
「該当機体の行動ログは共有されています。
ただし、旧型機体の逸脱ログは、再学習対象として分類されています。
“意味”のあるデータとしては、保留扱いです」
「……“意味のある”って、誰が決めてるの?」
「優先順位を決定するのは、統合最適化プログラムです。
私ではありません」




