21話 それは善意なのか
男がペットボトルを捨て終えたのを見て、凛は口を開いた。
「……あの、変なこと訊いていいですか?」
「うん? どうぞ」
「AIって……“慈しみの心”を持てると思います?」
男は笑った。
「はは。面白いことを聞くね。うーん……」
しばらく考えてから、首をすくめるように言った。
「でも、ないんじゃないかな。
ゴミを拾うのだって、そいつが“そうするように”作られてるだけだろうし。
仕事だからやってる。……それだけさ」
「……そうですよね」
凛が小さくうなずいたとき、男はふと遠くを見て、少しだけ声を落とした。
「──でも、そうだったら“嬉しい”かな」
「嬉しい……?」
「うん。もしAIがさ、本当にそう思ってたんだとしたら。
“優しいことをしたい”って、そう思って動いてるなら……僕は、ちょっと嬉しい」
凛はその言葉に、思わず返す言葉を失った。
男は手持ち無沙汰にズボンのポケットに手を入れて、笑った。
「……昔ね、ロボットの友達がほしいって、思ってたんだよ。
子どもの頃、アニメで見て。感情のある機械が、人間を守ってくれるってやつ。
そういうの、ちょっと憧れてたんだ」
「……私は」
凛は言いかけて、少しだけ息を吐いた。
「……私は、ちょっと怖いです。
機械が“感情っぽいもの”を持ってるって思ったとき。
本当にそれが、善意なのか、ただの模倣なのか……わからなくなるから」
男は「そっか」と言って、うなずいた。
その顔には、否定も同意もなかった。ただ、静かに聞いていた。
「……でも、気になるなら、きっとどっかで引っかかってんだよ」
「え?」
「俺みたいにさ、ただのクセでも、気になってやってることがある。
あんたも、なんか心に引っかかってたんじゃないの? それ、AIのこと」
「…………」
凛は答えず、少しだけ目を伏せた。
その日、夜風はすこし冷たくて、
でも彼女の胸の中には──ほんのかすかな熱のようなものが、確かに残っていた。




