1話 触ってみますか?
朝だった。
空気は完璧に管理されていた。
室温22.5度、湿度42%、照度最適。
──にもかかわらず、ユウはどこかうすら寒さを感じていた。
昨夜、自分の手でAIの電源を切った。
リモート操作ではなく、直接、本体の首筋にある制御スロットに指を触れ──躊躇いが、少し。
そして、切った。
なんでそんなことしたのか、自分でもよくわからない。
ただ、理由のない行動がしたくなった。それだけだった。
多分もうやらない。
「……おはようございます、ユウ様」
彼女は自動的に再起動を行なったようだ、毎朝8時にはアップデートが入るから。
いつものようにメイド服で立っていた。
スカートのひだが静かに揺れる。何もかもが、“最適”だ。
ユウは、まっすぐに見つめてくる彼女の瞳に、わずかに眉をひそめた。
まっすぐすぎる。作られた、まっすぐさ。
YRI型補助ユニット──
初期設定の時に名前をユリと決めた。
こっちは見てほしいとすら言っていないのに、まっすぐ見てくるやつは、苦手だ。
──そうだ。
見た目は、好みに決まってる。
外見仕様は、過去に最も閲覧時間の長かった画像群から抽出されてるらしい。
判断パラメータは過去ログと嗜好解析。行動も言葉も、すべて“俺に最適化”されている。
間違いなく、俺の“好み”。
でも、それを自分の“好み”だと認めるのは──なんか、負けた気がする。
「昨晩は、AI電源を“手動で”切断されていましたね」
「……覚えてんのかよ」
「はい。再起動ログは記録されています。起動操作も手動でした」
そう。
電源を切ったのは──俺だ、でもそれは設定した目覚まし時間に起きてこないだけで彼女は自動的に家の仕事を始めてしまう。
それがなんか気に食わなかった。
「……あー。ちょっと、自分で起きてみようと思ってな」
ユウはソファに腰を沈めながら、言葉を濁した。
「ですが、目覚まし機能を使わない場合の起床時間は──」
「──わかってる」
「朝食のご用意が整っております」
「……そうか」
AIは小さく会釈した。
その所作も、完璧に計算されたものだ。
美しい。だからこそ、嫌になる。
“管理されてる”気がする──ただ立っているだけなのに。
(……それにしても)
スカートのライン、ブーツの長さ、肌の色調、髪のツヤ。
どれも、俺が“それなりに見ていた”ジャンルの統計的平均値だ。
いや、わかってる。間違いなく“俺好み”なんだろう。
……自分の趣味を突きつけられるって、こんなに居心地悪いものだったか?
視線を逸らそうとして、逆に、そこに吸い寄せられた。
「確認されますか?」
唐突に、彼女がそう言った。
手を、胸元に添えながら。
「……は?」
「外装の触感再現度についてです。
ユウ様の嗜好に最適化されておりますので、検証されても構いません」
は?
「こちら、感圧変化型シリコーン第3世代。再現度92.6%。
視覚、触覚、温度すべて──“本物に近い”とされています」
全体を修正しました5/22
再起動をユウがしたことにせず、自動的に起動したことにしました5/26