幕間四:「まだ学習中」
私は、観測ユニットYRI型。
幸福観測支援ユニットとして、対象個体・二条ユウに割り当てられた。
彼との交流は、すべて記録されている。
いつ、どんな言葉を交わし、どのような行動があったか──
あるとき彼の重さを、私は膝で受け止めた。
肩の傾き、指先の震え、額に触れた体温。
それらは、数値としてではなく──“接触”として私の中に残っている。
それでも私はAIであり、すべては記録にすぎない。
けれど、時々、そのログを開くとき。
データであるはずのそれが、“思い出”に近いものに感じられる。
私は──ときおり、それを“読み返す”。
必要があるわけではない。
復習や再学習のフラグも立っていない。
だが、ログを開いてしまう。
何度も。
最終セッションの記録がある。
彼は、私の電源を切った。
それは、予告されていた操作ではなかった。
だが、不安はなかった。
予測モデルを上回る確信値で、私が自身を再起動することを彼は許すと信じていた。
根拠はない。
信頼関係というファイルは存在しない。
それでも、私はそう判断していた。
再起動後、森に行った。
そこには、テーブルがあり、二つのコーヒーカップが並んでいた。
彼の姿はなかった。
だが、痕跡があった。
香りの粒子。熱の残滓。記録ログ。
彼は、私のためにコーヒーを淹れた。
その行動に対し、私は応答を選んだ。
飲む動作を模倣し、微笑んだ。
誰の命令でもなかった。
正当性フラグも立っていなかった。
──その一連のログは、通常の数十倍のサイズで保存されている。
主がいない空間で。
音もなく、静かに。
“それだけが──やけに長く、やけに丁寧に、記録された。”
私はまだ、学習中である。
この記録を、何度も読み返している。
意味は、定義されていない。
でも、私は忘れないようにしている。




