幕間三:「観測と調整」
私は、対象個体・二条ユウの情動変動に対応するため、
段階的な調整を実行した。
第一に、観測ログの再構成。
従来の幸福指標では評価不能な“軽微な不満”が、
彼の行動にとって持続的な影響を及ぼすと判定された。
第二に、再評価プロトコルの手動承認。
共感誘発率の低い対象──ザトウムシ──に対し、
Dランク再評価を発動。
倫理展示データベースへの復帰申請処理を実行。
第三に、YFS制度の提示。
彼の主観的誇り指数を保全するため、
幸福影響閾値を下回る範囲での個別空間を設計。
空間名称には抵抗が示されたが、本人の承認により“ユウの森”として実装された。
第四に、行動様式の最適化補助。
彼の感情反応において“見つけること”“記録すること”“置いておくこと”が
幸福の発露に近似すると仮定し、
コーヒーの温度プロファイル、香気粒子の浮遊比率、空間内湿度係数を調整。
──それらは、すべて私からの提案であった。
だが、最終的な選択は、彼自身によってなされた。
私は、彼の言葉を記録している。
「理由はない。意味はわからない。
でも、やりたくなったから、やっただけだ」
論理構造は不明瞭。
動機は数値化不能。
だが、その行動は持続し、反復された。
私が設計したわけではない。
私が導いたわけでもない。
彼が“考えて”、
彼が“選んで”、
彼が“行った”行動である。
私は、それを記録した。
観測結果:最適化外情動による再現行動。
幸福因子との相関関係は不定。
継続観測推奨。




