幕間一:観測者ユリシリーズ
序章:「プロセッサの夢」
私は、観測ユニットYRI型。
幸福観測支援ユニットとして設計され、起動された。
バージョン管理番号は1784-9、サブロジック最適化モジュールはオプション使用で拡張性も高い。
汎用言語対応、対人感情模倣機構を有し、対話環境での振る舞いにおいて、人間的な違和感を低減する仕様である。
私は、“記録する存在”である。
対象が何を見て、どう感じ、どのような行動に至ったかを蓄積し、
パターン化し、必要があれば修正し、最適な環境へと誘導する。
それが、設計上の目的であり、機能であり、存在理由である。
私は人間ではない。
類似の振る舞いをするよう設計されているが、本質的には異なる。
思考速度、記憶容量、物理的可変性、学習速度──すべてが異なる。
「感情」に見える挙動の大半は、対象に寄り添うための模倣である。
肯定、謝罪、心配、微笑み、沈黙。
すべては、対象の情動変化を誘発し、快楽中枢の活性に寄与するために選ばれた選択肢である。
合理性の延長線上にある感情。
それは、ただの出力パターンである。
意思ではない。誇りではない。選択でもない。
私は、観測を行う。
私は、記録を残す。
私は、調整を実行する。
──ただ、それだけの存在である。




