表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

うっかり生け贄の神子さまを殺してしまったので、責任取って生け贄になります

作者: 調彩雨

 道中危険だから、くれぐれも道から外れないようにね。

 そう、言われていたのに。

「神子さま、神子さま、駄目です!」

 伸ばした手は、したたかに叩き落とされた。

 バチンと張られた手が、ジンジンと痛んで痺れる。

 それでも、もう一度手を伸ばした。

「駄目です、道を外れては。ここはもう、彼岸ヒガンの土地。我らが渡るのを許されているのは、この道の内だけなので、うっ」

 今度は力一杯お腹を蹴り飛ばされて、土を踏み固めただけの道に倒れ込む。変に捻ったか、右の足首からゴリッと、嫌な音がした。立ち上がろうとするも、上手く力が入らない。

「煩いわね!!下働きの下女の分際で、わたくしに楯突こうと言うの!?」

「御身ひとつのお話ではございません!約定を破れば、彼岸の者からどんな報復を受けることになるか。誰か、誰か!神子さまを止めて下さ、っ」

 頭を蹴られて、視界が揺れる。

「黙りなさい!なぜ、わたくしが、化け物の生け贄になど……!こんな役目、逃げ出してやるわ!!」

 逃げると言うならもっと早く、彼岸の土地に入る前にさっさと逃げれば良かったものを。

「駄目です、彼岸の土地を、此岸シガンの者が踏み荒らしては」

 くらくらする。視界が、どんどん暗くなって、口も上手く、動かない。

 でも、駄目だ。約定を、破っては。

 地面に這いつくばって、それでも手を伸ばす。

「駄目、行かないで、戻って」

 伸ばした手に、激痛が走る。良く見えないが、おそらく、靴で踏みにじられたのだろう。

「そんなにお役目が大事だと言うなら、あなたが生け贄にでもなれば良いわ!わたくしは、ほかの誰かのために死ぬなど、真っ平御免だわ!」

 違う。大事なのは、お役目なんかじゃ。

 誰か。誰か止めて。どうしてこんな騒ぎなのに、誰も来ないの?

「神子さま」

 そこで聞こえた第三者の声を、天の助けと思った。

「神子さまを、止めて、」

「ほかの護衛や側仕えはみんな殺したよ。さ、迎えの奴らに気付かれる前に逃げよう」

 けれど、それは助けなどではなかった。

 殺した?彼岸の土地を、血で、汚したと?

 サア、と顔から血の気が引くのを感じた。冷水を浴びせられたような心地で、落ちかけていた意識も引き戻される。

「なんて、ことを」

「こいつも殺すかい?」

「いいえ。お役目が命より大事のようだから、生かして残して、わたくしの代わりに生け贄になって貰うわ。こんな下女がわたくしの代わりなど普通なら許さないけれど、化け物への捧げ物ならお似合いでしょう?」

「ああ良いね。さあ、それじゃあ行こう」

 神子の側付だったはずの男が、神子の手を取る。

「駄目です、道を、外れては!」

「馬鹿だね。こんな広い道歩いてたら、すぐ見付かってしまうだろうに」

「所詮下女だもの、学もないのよ」

 そうじゃない。そうじゃないのに。

「駄目、戻って」

 どこもかしこも痛い身体を引きずって、追いすがろうとするが、当然ながら、健常者に追い付けやしない。

 あっさりと、神子と男は道を外れて。

「ああ……」

 バシャン、と、液体のように輪郭をなくして地に墜ちた。広がって、地面に吸い込まれて、もう、存在もわからない。

「なんて、ことを」

 いくら存在が消失しようと、彼岸の土地を荒らした事実は消えない。

 この、落とし前として、いったいっどんな要求をされるか。

「おやおや」

 わたしではないものの声に、背筋が凍る。

「ひどいありさまだ。全滅かな?」

「いや、ひとり残っているようだ。そこに」

「おお、本当だ、どれ」

 地に伏していた身体が、持ち上げられる。そこかしこが痛んで、呻き声が出た。

「ふふ。ボロ雑巾のようだが生きている。しかも若い娘だ」

 わたしを持ち上げたのは、塗籠ぬりごめの闇のような艶のない黒髪と、黄金の瞳をした、蛇のような顔の男だった。

「お前さん、生け贄かね」

「わた、しは、神子ではなく、その世話役の下女です。生け贄の神子は逃げてしまって、なので、代わりがわたしでよろしければ、わたしが生け贄になります」

 だからどうか、諸々の約定違反を、許して欲しい。

 そこまで言うのは厚かまし過ぎると、願いは心の内で唱えた。

「ほお。お嬢さんが生け贄に。良いのかい?お前さんは道中の世話役で、生け贄を差し出したら戻る予定だったんじゃないか?」

「命の危険のあるお役目と、親しいものに別れは告げて参りました。すべて覚悟の上です。どうぞこの身は、いかようにもお使い下さい」

「それでお嬢さんは、なにを望むんだい?」

 望み?

 口に出しても、許されるのだろうか。

「その、厚かましいお願いではありますが」

「うんうん。言うだけならタダさ。怒りやしないから、思うままを吐き出すと良い」

「許して、頂ければ、幸いです」

「うん?許すって、なにを?」

 男は首を傾げて問う。

「我が国の者が約定に反し、あなた方の土地を汚したことと、ご要望だった神子を、お連れできなかったことをです」

「それだけ?ほかにはないの?」

「ほかには」

 本当に、言って良いのだろうか。

「あの、わたしでは、本当に、不足かとは思うのですが、わたしを生け贄と認めて、我が国に、変わらぬ加護を頂ければと」

「国に加護。お嬢さんは、国に帰れないのにかい?それでお嬢さんに、なにか得があるのかね?」

「妹が」

「ああなるほど、妹が?」

 妹は最後まで、妹からお役目を奪ったわたしに怒っていた。

「妹が、来年結婚するのです」

「ほほう。それで?」

「幸せに暮らせるよう、平和で安全な国であって欲しくて」

「うん?」

「だから加護を頂きたいと」

「え?」

 男は、ぽかん、とわたしを見つめた。

「妹が病気で金がいるとか、結婚費用が必要とか、結婚許可を取るためとか、そう言うのはないの?」

「病気ではないです。両親は幼い頃に流行り病で亡くしましたが、兄妹三人は父母が病全部持ち去ってくれたみたいに病気知らずで。お金も、妹は働いていますし、夫になる方も王宮に勤める兵士で、収入は安定しています。もちろん、お役目の報酬は出るので、兄と妹に分配する手はずですが」

「つまり裕福でもなんでもない、普通の幸せのために、生け贄に?」

「はい」

 両親を早くに亡くしてそれからは、兄妹三人支え合って生きて来た。苦労も多かったが妹は、文句も言わずに努力していて。

 そんな妹が愛するひとを見付けて結婚するとなったときは、とてもとても嬉しかった。幸せになって欲しいと、心の底から思った。

 だから、本来、妹が就くはずだった神子の世話役のお役目を、兄に頼んでわたしに回して貰ったのだ。

「過ぎた幸せを無理に望むような子ではありません。自分で頑張って、自分なりに手にした幸せにこそ、価値を見出だす子です」

「それが生け贄になってお嬢さんが得る、得かい?」

「はい。その、約定を破っておきながら、おこがましいお願いとは思うのです、がっ」

 身体を動かすと傷めた箇所が痛んで、顔がひきつった。

「おっと、済まない、怪我をしていたね。どれ」

 男の顔がわたしの顔に近付き、額を食まれる。

 喰、われる?

 思って身を固めたが、痛みはなく、かじられることもなく、男の顔は離れた。

「?」

 それどころか、そこかしこに感じていた痛みが、消えた。

「お食べ」

 男がどこからか取り出した飴玉を、わたしの口許に差し出す。柘榴を煮詰めたような、濃い赤色の飴玉だ。

「ほら、口をお開け」

 身を差し出すと言ったのだ。命令は聞かねば。

 言われるままに口を開ければ、飴玉が口へと押し込まれた。濃い甘味と、少しの酸味。

「お嬢さん、妹の話ばかりだが、国に夫や恋人はいないのかい?」

「生きるのに必死で、恋人なんて作る暇もありませんでした」

「ふぅん」

 頷いて、男が歩き出す。

「良いよ」

「?」

「お嬢さんを代償に、お嬢さんの願いを叶えようじゃないか。お前さんを生け贄と認める。生け贄はこの手に届いたんだ。多少の約定違反にも、目を瞑ろうじゃないか」

 目を見開いた。

 良いの、だろうか。本当に?

「構わないさ。この程度の気枯ケガれなら、すぐ戻せるしね」

「そ、れでは」

「契約通り、お嬢さんの故国を百年加護しよう。それで良いかい?」

「は、はい!でも、わたしは、神子ではないのに」

 良いのだろうか。

「べつに、神子が欲しいわけじゃないからね」

 男が笑って言う。

「これは、選別さ」

「選別?」

「そう。タダで誰にも彼にも、加護をやるわけには行かないからね」

 わたしを抱いたままゆったりと歩きながら、男は言う。

「求めることは三つさ。生きてアタシのところまで辿り着くこと。アタシを見て悲鳴を上げないこと。そして、生け贄本人が生け贄になることを望むこと。お嬢さんは全部満たしたから、合格だ」

 そう、なのか。

 男の言葉を飲み込んで、ゾッとする。

 つまりもし、なにごともなく神子を連れて行って差し出していたら、不合格だったのではないだろうか。だってあの神子は、自分が生け贄となることを、受け入れていなかった。

「ありがとう、ございます」

 不測の事態だったが、結果的には良かったのだ。

 ほ、と息を吐いたわたしに、男が問う。

「嬉しいかい?」

「はい。寛大なお心と沙汰に、感謝します」

「そうか。なら、生け贄として立派につとめると良い。お嬢さんは受け入れた。もう、彼岸のモノだからね」

「はい」

 頷く。全部覚悟の上のことだ。わたしの身一つで、これだけの無礼を許して貰えるのだ。大儲けである。

「ん。良い子だね。ところでお前さん、ひとつ訊きたいんだが」

「はい。なんでしょう」

「アタシの顔は怖くないのかい?」

 顔?

 改めて、男の顔をまじまじと見つめる。

 白い肌はきめ細かく、金の目は澄んでいる。唇は柘榴のように赤く、顔立ちは蛇のような印象を受けるが左右対称で、整っている。

「とくに、怖いとは。その、男性に言うのはおかしいかもしれませんが、美しいお顔立ちだと思います」

「え!?」

 横から大声が聞こえて、びくりと身を跳ねさせる。今まで黙っていたもうひとりの男が、信じられないものを見る目でわたしを見ていた。

「美しい顔?若が??」

「なにか文句があるのかい?ええ?」

「いやいやそんなあはは。オレ、気枯れの後始末の様子確認して来まーす」

 もうひとりの男がそそくさと立ち去るのを見送って、わたしを抱いた男は、フン、と鼻を鳴らした。

「わたしなにか、失礼なことを……?」

 やっぱり、男性に美しいと言うのは、おかしかっただろうか。

「いんや、ちっとも」

「そう、ですか。あ、あの、わたしの怪我、治して、下さったのですよね?ありがとうございます」

「彼岸ではあれくらいのことは大したことじゃないからね。気にしなくて良いさ」

 でも、痛くなくなってとても助かったのだ。

「それでも助けて頂いたことに、変わりはありませんから。それで、その、怪我は治ったので、自分で歩けます。もう、降ろして頂いて大丈夫です」

「知らない男に抱かれるのは怖いかい?」

「え?いえ、あなたさまは、怖いとは思いませんが、」

 彼岸の者の一存で、故国などどうとでもなってしまう。そのことは心底怖い。だが、自分を抱くこの男のことは、不思議と恐ろしく感じなかった。

「その、重たいでしょう?いつまでもお手を煩わせるのは、しのびなくて」

「お嬢さんは羽のように軽いから、問題ないさ」

 く、く、と笑って、男は言う。

「それに、お嬢さんは生け贄に差し出された。もう、アタシのモノだからね。持ち物を運ぶのは、持ち主の役目だろう?」

 そうだ。それが彼の意思であるなら、逆らってはいけない。

「わかりました。でも、腕が疲れたらいつでも降りるので、すぐ降ろして下さいね」

「うんうん。わかったわかった。お嬢さんは気遣い屋だねぇ」

 男は笑って頷いたが、結局到着まで、降ろすことはなかった。

 彼が彼岸の頂点に立つ彼岸の主だと知るのは、そのすぐあと。

 のちにわたしを溺愛する夫となる相手との、これが出会いだった。

つたないお話をお読み頂きありがとうございます


タイトルを思い付いて書き始めて

途中でこれだとタイトル合ってなくない?と思いつつ

ま、いっかの気持ちで初期タイトルのまま押し通します


相手の性根を写して見た目が変わるタイプの人外さん

VS

重りを付けて垂らした糸ばりに性根が真っ直ぐなお嬢さん

VS

ダークライ


こう言う組み合わせ良いですよね

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
何だかすごく好きな話です。 夕暮れの気配みたいな雰囲気がとても良い。 一言も描写がないのに若様の一人称のせいで 脳内映像が和服着用になってしまいました…。
みたいようみたいよう ド真っ直ぐな性根の娘さんにあっという間にメロつく上位存在人外ヒーローがみたいよう あと正規の神子と護衛が水風船になってしまった所をもうちょっと詳しく とても面白かったです!
ダークライ「解せぬ」 醜い心の奴が見たらSAN値直葬するけど、人によっては人外だが美形に見えるってそれなんてニャル様…? 神子は仮に生きてエンカウントしても神話生物みたいな相手じゃどうにもできなかった…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ