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襲撃


エリーゼとミアは、エリーゼの故郷の村を訪ねていた。村では歓迎会が開かれ、勇者の姿を見ようと村中の人々が集まった。両親には国王にも話したように、事細かに伝えた。母は終始恐ろしそうに聞いていたが、父はその冒険譚を嬉々として聞いていた。こんな類の話を楽しめるのは、男の性なのだろうか。

ミアはその格好からか、村の子供たちからの質問攻めに遭っていた。あの冷静な彼女が、珍しくあたふたしていた。無愛想だった相貌は、困惑の表情に変わっていた。そんな光景に思わず笑みが溢れる。

今晩は私の実家で過ごすこととなった。天啓を得てから2年経っているが、部屋は丁寧に整理されていた。ただ幼少の頃に愛用していた大きなクマのぬいぐるみが、いまだに綺麗にとってあったことは、両親の愛を感じる一方で、恥ずかしさもあった。

穏やかに過ごせると思っていたが、忙殺された一日だった。

「流石にお疲れみたいですね」

「はぁ。もうちょっとのんびりできると思ったんだけどなぁ」

「仕方ないでしょう。あなたはこの村出身の勇者で英雄なのですから」 

ミアがやかんの水をコップに注ぎ、エリーゼの元に運ぶ。エリーゼがグイッと一気飲みする。魔王城でも同じようなことがあった。もはやミアの出す飲み物に不信感など何もない。そこには少し特殊だが、ある種の信頼関係ができていた。

すると、妖精からの知らせが届く。どうやら、斥候の馬車に仕掛けた魔法のことについてのようだ。

「エリーゼ、仕掛けた魔法が発動しました。斥候が撤退するらしいです」

まずは、司教たちの陰謀を止めることに成功し、ほっと一安心する。ただエリーゼは懸念を抱いていた。

「主戦派はエスカレートするでしょう。もっと直接的な行動に出るかと」

「私たちに喧嘩を売ってくるかしら」

「エリーゼにはまだ手を出さないでしょう。出すとしたら…私ですか」

「おそらく相手は軍隊を派遣できない。軍隊は王様が命令を出さない限り動かないからね。そんな中で派遣できる最大戦力となると…」

心当たりがあるのですか、とミアが尋ねる。うーん、と一息入れ、エリーゼが話はじめる。

「…まあ、あくまで噂でしかないけど、王子の直属の軍隊かな。ただ、噂って言ったように、本当に実在するかはわからないの。どうやら危ないこともなんでもするって話だけど」

「さしづめ、暗殺部隊といったところでしょうか」

「そんなところね。まあ、向こうからのアクションを待ちましょう」


フリースの陣営は、村から少し離れた丘に構えていた。村や森に斥候を放ち、エリーゼとミアの動向を探らせていた。村の警備と称して普通の兵士の格好をし村に潜入するものもいれば、商人のように街に溶け込んでいるものもいた。

情報は定期的に得ていた。だがここ一週間、2人に大きな動きはなかった。エリーゼは父親と畑仕事をしたり、一方でミアは給仕の格好に違わず、母親と一緒に家の掃除などの家事を手伝っていた。少し前まで勇者だったとは思えないほど、牧歌的な生活を謳歌していた。

「勇者とミアは農民になったようだな」

そんな話が部隊の間で回るほどだった。

フリースは焦れていた。2人はもっと攻勢に出てくると思ったからだ。それとは対照的な彼女らの生活に、陣営は拍子抜けしていた。

「王太子様」

「エルヴィンか、どうした」

「ミアとエリーゼに手紙を送ろうと思います。私が話をしたい、と。森の方に来て欲しいと言うので、そこで暗殺部隊が襲撃を」

「乗った。百戦錬磨の我が部隊だ、奇襲であれば倒せるだろう。」


「手紙?」

司教の使者から、手紙をもらった。丁寧に聖教の印が施された、れっきとした大司教からの手紙だった。使者が言うには、大司教がエリーゼとミアに話がしたいらしい。使者が家を去っていくと、ミアがちょうど部屋から出てきた。大司教が夜、私たちに会いたいって、と伝えると、ミアは微笑を浮かべた。

「エリーゼ、私1人で向かってもいいですか」

「どうして?」

「私の身に何かあった場合の、いわば保険です。あなたは死んではなりませんから」

「私のためなら、あなたは命を捧げられるというの?」

「それが、私の任務ですから」

相変わらずの機械的な反応に苛立つ。エリーゼは頭を掻きながら、ため息をつく。

「いい、ミア。相手の情報はと少ない。何をしてくるかわからないからね。それに……」

「エリーゼ」

珍しく、エリーゼが話を遮ってきた。

「何?」

「心配しすぎです」

これまでに見たことのない反応に驚く。もしや私は、いつの間にかおせっかいを焼いていたのか、とエリーゼは赤面する。さながら、我が子を心配する母親のようだったのだろう。

「それに、私は勇者の剣を二本指で止めた唯一の人間でしょう」

そう言って、いつもの給仕の格好で、エリーゼの家を出ていった。


夕方、斥候から情報がもたらされる。

「娘が1人、森の中に入ってきます。あの服装から従者のミアのようだ」

「給仕が来た。1人で森の中に入るなど、なめられたものだな」

薄暗い森を歩く。ミアは常に部隊の気配を感じていた。だがあえてそれを無視する。

あたりはすでに部隊に囲まれていた。それを悟ったミアは、ふと足を止める。

「そろそろ出てきたらどうです、兵隊の皆さん。それに、非武装の娘っ子相手に、何もできないのですか」

ミアが挑発すると、黒い頭巾と服を纏った男たちが現れる。

「あまり調子に乗るなよ、給仕風情が」

「黙らせたいなら、かかってきたらどうですか」

「貴様…!」

男が短刀を持ち襲いかかる。ミアはハアと息をつくと、男の短刀を左手の二本指で挟んで止める。

「なっ」

「女だからって油断しましたね。これでも、魔王を倒した勇者エリーゼの同伴者ですよ」

空いている右手に拳を作り、男の腹に一発、思いっきり撃ち込む。男は血を吐き、洗濯物のように萎れ、倒れかかる。その一部始終を見て戦慄するものもいた。

「おのれ…!総員かかれ!」


ー魔王様。

ーどうしました?

ー妖精からの報告によれば、主戦派の暗殺部隊とミアが接触したとのことです。

ーそうですか。久々に彼女の戦いぶりを見たかったなぁ。

ー確かに、彼女の『太刀』さばきには、死んだ海竜王も誉めておられました。


ミアの目の前に、紫色の鞘を拵えた太刀が現れる。

抜刀と同時に、回転する。先頭にいた4人の首を、周囲の木々もろとも斬る。あたり一面が血まみれになる。暗殺部隊のほとんどが驚愕した。

暗殺部隊の長は、焦っていた。ミアは悪い笑顔をたたえ、クイクイと手で挑発する。

「化け物め…」

「その言葉、私にとっては褒め言葉です。さあ、かかってきなさい」

暗殺部隊は集団で次々と襲いかかる。それをミアはまるで舞うように避け、太刀を振り回して倒していく。返り血を浴びても動揺せず、迫り来る敵をバッサバッサと斬り倒していく。集団で襲っているのに、ミアには傷ひとつつけられない。あまりの圧倒的な実力差に、次第に部隊は恐々としていった。

もはや、ミアを人間と考えるものはいなかった。怪物。化け物。本当に倒せるのか。そんな不安に駆られていた。

「に、逃げろ!撤退だ!」

「逃しません」

そう言うと、ミアは魔法を発動する。すると兵士の足元から剣が現れ、彼らを串刺しにしてしまった。

残ったのは部隊長と、この光景を見て腰砕けになった雑兵。

「そこの暗殺者さん、あなたの命は見逃してあげます。リーダーにこの状況を伝えてください」

雑兵は恐れをなしてその場を逃げ去っていった。あとは部隊長のみ。部隊長は己の死を悟っていた。

「ミアといったか。最後に質問していいか」

「いいでしょう」

「お前は、どこの生まれだ」

「本当のことを言えば、覚えていません。記憶喪失というやつですね。家族も友人も、私にはいません。ですが一つ言えるのは、私の育ての親は、魔王様です」


あたりが静寂に包まれる。響くのは赤銅色に染まった地面に落ちる一滴一滴の水の音だけだった。ミアは刀についた血を振り払い鞘に収める。ふう、と一息つくと、ミアは来た道を戻るために一歩踏み出す。

「血に飢えているか、狼よ」

薄暗い森の奥から、杖をつき白髪髭をたくわえた正装の老人が現れる。

「…またあなたですか」

一度納めた太刀を再び抜き、老人に突きつける。だが老人は狼狽えない。ミアはこの老人が現れたことにうんざりしていた。

「前の戦いの時も現れましたね…。そろそろ教えてくれても良いのではないですか」

「何をじゃ」

「どうして私に付きまとうのです? それに、私が戦う時に限って…」

フォッフォッフォ、と老人特有の笑いののち、こほんと咳をついて言う。

「お主の殻は人間だが、本質は違う。命をとることに何の抵抗もない、残虐な悪魔よ。その悪魔の覚醒を防ぐため、わしはお主について回るのじゃ」

「私は人間です。悪魔呼ばわりはやめてくれませんか」

「真の人間ならば、人間を殺すことを躊躇するはずじゃ。お主にはそれがない。まさしく悪魔じゃ」

「彼らは敵対勢力です。抵抗しなければ我々の命が奪われます。それとも、無抵抗で差し出せと?」

「…ふふっ、そうなればわしとしては僥倖じゃがの」

「私の死を願う人の忠告など、聞く価値もありません」

老人に背を向け、ミアは去っていく。

「…狼よ。お主は忠犬なのか、それとも猟犬なのか。見届けてやるとするかの」


暗殺部隊の1人が、フリースの陣営に戻ってきた。青ざめた顔の男は、フリースに作戦失敗を伝える。

フリースの暗殺部隊は、自分の権威の象徴だった。讒言をしたものはもちろん、諫言をしたものも片っ端から排除していった。フリースを脅威を思わせる最大の存在がこの暗殺部隊だった。それが、かくも簡単に壊滅してしまった。

フリースは怒っていた。くそっ、と叫び、怒りのあまり机を拳で叩き割る。相手は勇者エリーゼの従者である謎の女・ミア。実力は未知数だったが、魔王討伐に参加した一員だ。自分の部隊にある程度の損害が出ることはわかっていた。だがフリース自慢の暗殺部隊の壊滅は想定外だった。フリースは意気消沈してしまった。

一方、エルヴィンは考えていた。何より興味があったのはミアの存在だ。勇者エリーゼの従者にして、あの給仕のような格好。そして王子の部隊の壊滅。摩訶不思議なことが続いていた。エリーゼの実力は分かっていたが、今回の結果を受けて考えると、ミアはエリーゼより脅威かもしれない。

「やはり、あの2人は我々にとって最大の敵だ。排除せねばならない」

「しかし、王子直属の兵隊もやられた。どうするのだ。軍隊を派遣するの?」

レスターの言う通りだ。斥候にも失敗し、王太子直属の部隊も壊滅した。あの2人を脅威として討伐するには、聖王国の軍隊を出す他ない。軍の統帥権は王にある以上、王を動かす必要がある。しかし、王は勇者エリーゼとその従者ミアに心酔している。

「『魔女宣言』を出そう」

魔女宣言は、大司教のみが発せられる宣言だ。主に教義に反する行為を処罰するために使われる。特定の人物を魔女に認定し、捕まえたものには金が支給される。魔女認定されたものは磔にされ火炙りにされる。王も2人に心酔しているとはいえ、魔女宣言が発された場合、軍隊を討伐に向かわせなければならない。

「こうなれば、陛下の力を借りなければなるまい」

それに、もともと魔女宣言は出す予定でいた。だが、思っている以上にこちらが劣勢なのだ。少し早いが、ここで宣言を発さねば手遅れになる。エルヴィンたちは王太子と共に、都へと帰っていった。


夜も更けた頃、ミアは村にあるエリーゼの実家に戻っていた。ただいま、と普段通りの様子で帰ってきた。エリーゼは、おかえり、とミアを迎えにいく。

「無事だったみたいね」

「言ったとおりでしょう。心配しすぎですと」

エリーゼは内心驚いていた。相手は王太子直属の軍隊、つまりはこの聖王国の中から選び抜かれた精鋭部隊だ。それを、このミアはいとも簡単に倒してみせた。やはり、魔王城で自分の剣を指で止めたことは夢ではなかった。あのとき感じたことは勘違いではなかった。

「兵士たちはどうしたの?」

「私を襲ってきたので、全員始末しました」

「始末って…」

「わかりやすく言えば、皆殺しです」

なんでそんな惨たらしいことを、と言いかけたが、エリーゼはすんでのところで言い止まった。思い返せば、自分も魔物に同じことをしていたのだったと振り返る。エリーゼは人間界の人間だ。だから敵対勢力である魔界の魔物を倒すのに迷いはない。その逆が、ミアにも言えた。ミアにとって、エリーゼ以外の人間の命など、どうでもよかった。

エリーゼは葛藤の渦中にあった。確かに王太子の部隊は我々に敵意を向け、ミアを殺そうとした。だが『勇者』として、人間が殺戮されるのを見逃してよいものか。

それに、ここで主戦派に味方すれば、それは魔王に反旗を翻したも同然だ。それにエリーゼには魔王どころか、ミアに勝てる勝算もなかった。そう考えると、魔王による『停戦』の提言は、人間にとっては屈辱的だが、最も損害のない選択肢と言えた。

となると停戦に向けての最適解は何だ。魔界側はいつでも停戦の用意はできている。ならば人間側でやることは、「主戦派の一掃」以外になかった。

「エリーゼ」

「何?」

「引きました?」

「ちょっとね。人間と戦ったことはないから」エリーゼは正直に伝える。

「我々の目的は、一刻も早く停戦を取り付けることです。ならば、戦争を起こそうとしている人たちを一掃するのは、最短で解決できる手段では?」

奇しくも、ミアとエリーゼの考えは一致していた。そうだ、やはり主戦派の一掃しかない。エリーゼは、自分の心に残っていた最後のわだかまりをミアに吐露した。

「ミア、ひとつ聞いてもいい?」

「何でしょうか」

「私たちは停戦を取り付けるために行動しているわ。でも、停戦を取り付けるために武器を持って戦うって、矛盾していないかなと思うの。あなたはどう思う?」

「停戦は両者にとって最善の道です。確かに、主戦派の命を奪ってしまいますが、両者の全面衝突で失われる命を考えれば、安いものです」

相変わらずの機械的な反応だったが、今回はスムーズに答えたことが逆に安心感を与えていた。

そして初めて、意見が一致した瞬間でもあった。

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