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凱旋

「勇者エリーゼの凱旋だ!」

聖王国に勇者が戻ってくる。それを聞きつけた国民がエリーゼの騎馬隊を囲む。エリーゼはどこか複雑な心境だったが、民に罪はない。考慮すべきは司教たちと主戦派の貴族だ。

騎馬隊は王宮にたどり着く。エリーゼとミアは下馬し、謁見の間に向かう。

ミアがエリーゼに耳打ちする。

「エリーゼ、ここが王宮ですか」

「ええ」

「少しみすぼらしいですね」

「あれと比べちゃダメよ」

確かに魔王城の荘厳さと比べると、聖王国の王宮は少し貧相に見える。そういえば聖王国を出てから魔王城に着くまでは、聖王国の王宮がもっとも荘厳な建物だった。


謁見の間に向かう。

「勇者エリーゼ、よくぞ戻ってきた!お主は我が国の、いや人類の英雄ぞ!」

「お褒めの言葉、感謝の極みにございます」

「勇者エリーゼよ。魔王のもつ装飾品を持ってきたとな」

「ええ、こちらに。魔王の持っていたネックレスです」

魔王から手渡されたネックレスを渡す。

「なんと禍々しい。呪いの類はないのか」

「そのような痕跡はありません。ご安心を。魔王の首級の代わりに、お納めください」

「あいわかった。ところで勇者エリーゼよ。今宵、祝勝会を計画している。お主も来てくれるな」

「もちろんにございます」

「従者の方、名をなんと申す」

「私はミアと申します」

「ミアよ、お主もよく勇者を支えてくれた。祝勝会に参加するとよい」

「ありがとうございます」

国王の労いの言葉の後、ミアが話し始める。

「陛下、申し上げたきことがございます」

「なんだ、申してみよ」

「魔王を倒した後、各地の魔王の配下にこのように伝えています。これより、一切の人間界への侵略行為、威嚇行為などの武力を用いた脅迫を禁止する、と。協定を破った場合、エリーゼが討伐に向かうと」

「なるほど。それではこれ以降、魔物が攻め込むことはないということだな」

はい、と答えると、国王は満面の笑みを浮かべていた。


王宮の間に同席していたのは、王族、貴族、司教、軍人など、多くの人々がしていた。

司教の正装を来た男がエリーゼに近づく。

「エルヴィン大司教」

「エリーゼ、魔王討伐、よくぞ果たしてくれた」

「ありがとうございます」

エルヴィン大司教は私に天啓が降りたことを伝えた張本人だ。幼少のころから私の住んでいた村を訪ねて、魔法を教えてくれた師匠でもある。

そしてなにより、私を亡き者にしようとしている一人でもある。以前、魔王に見せてもらった映像で、私を魔女裁判にかけて殺そうと進言したのは、まさにこの人だ。

「やはりエリーゼは神の子だ。人間界の誇りだ」

エルヴィンは手を差し出す。私は作り笑顔でニッコリしながら握り返す。

「あの時に魔法を教えてくれていなかったら、魔王を倒せずに死んでいたことでしょう。窮地を救ってくれたのは、間違いなく司教様に教わった魔法のおかげです。ありがとうこざいました」

「そういわれると、私も鼻が高いよ」

本当は魔王にあっさりと敗北したわけだが、ここでは勇者エリーゼを演じ切ることにした。そうすれば、ここにいる皆々が喜ぶと感じたからだ。今は本当のことを話すべきではない。あくまで目的は停戦なのだ。エリーゼはそれを忘れずに、堂々と立ち振る舞った。

「ところで、ミアさんといいましたか」

エルヴィンがミアに話しかける。エリーゼには一抹の不安があった。ミアとの出会いや出自を聞いてきたらどうしようか。取り越し苦労に終わればいいが、エルヴィンは頭も切れる男だ。まさか魔王の手下ですなんて言おうものなら、停戦は頓挫する。それは絶対に避けねばならなかった。

「エルヴィンさんとおっしゃいましたか」

「ええ、聖王国で大司教をしています。あなたのお生まれは」

「北方の魔界との国境線近くの村です。両親は魔物に殺されました」

「それは気の毒に」

「そんなときにエリーゼと出会ったんです。そして、同行させてほしい、と。魔物討伐の助力をしたかったのです」

「なんと素晴らしい。あなたにも神の祝福があることを、願っております」

ミアがやり過ごしたことで、エリーゼの懸念は杞憂に終わった。

エルヴィンと話していた中、屈強な男たちがエリーゼたちに近づいてきた。

「エリーゼ!」

「レスター議長。お久しぶりでございます」

レスターは元老院の議長で軍人。魔界に対して強硬な発言をすることで知られている。

「よくぞ魔王を打倒してくれた。聖王国の誉れぞ!」

「ありがとうございます」

「祝勝会の時に話を聞かせてくれ!どのような冒険だったか、楽しみで仕方がない!ミア殿もよろしく頼む」

レスターと話していると、いつの間にか周囲を軍人に囲まれていた。

もちろん聖王国の軍隊も、魔界に対して無抵抗ではなかった。何度か大規模な遠征を繰り返したが、その都度跳ね返されてきた。軍隊の中にも鬱憤が溜まっているものは多くいた。それを晴らしてくれたのが、エリーゼの遠征であった。


「エリーゼ!」

聞き覚えのある声がこだまする。そこには、エリーゼを育てた両親がいた。

「父さん!母さん!」

勇者エリーゼとしてふるまっていた女が、一人の娘に戻る瞬間だ。父と母に抱き着き、涙を流す。

周りにいた者たちからは、一人の「勇者」の姿に驚くものたちもいた。だが中には、勇者も人の子であり、1人の「少女」であると感じるものもいた。「人間エリーゼ」の姿に、皆が心惹かれた。

「無事に帰ってきてくれて、本当に良かった」母親が言う。

「明日には村に帰れると思うから、詳しい話はそこでしよう」

「お父さん、お母さん。無事帰ってこれたよ!」


感動の再会を迎え、和やかなムードになったところで祝勝会の準備ができたと知らせが来る。

祝勝会は王宮にて、お祭りのような雰囲気で行われた。聖王国内の司教や司祭、元老院議員や貴族の一族、上級の軍人が集結し、酒や食べ物を食らう。

私とミアは隣同士の席だった。左隣には国王陛下がいた。

国王陛下は私の冒険の一部始終を聞いてきた。ゴブリンの大隊の撃破、海竜王との死闘など、そして事実でない魔王との激闘について語った。嘘をつくのは良くないことだと教わってきたが、今は嘘をつかざるを得ない状況だ。罪悪感を押し殺しつつ、雄弁に語った。

話もひと段落した時、ミアの様子を見た。そういえば食事の様子を見たことがない。ちらとみると、一通り魔王城で仕込まれたからか、一連のテーブルマナーはしっかりしており、食事も丁寧に食べていた。これを「育ちの良さ」と形容するのは、魔王のやり方に誤りがないことを認めるわけで少し癪だったが、一方で給仕であったミアならば当然できるだろうという期待もあった。


「陛下、一つお願いしたいことが」

「何じゃ」

「今後の平和な世界を築くために、ここにいる皆さんに言いたいことがあります」

「ほう、その機会を設けてほしいと」

「その通りです」

皆の衆、と国王が言う。これより、勇者エリーゼより伝えたいことがあると伝え、エリーゼは起立する。

「祝勝会にお集まりの皆さんにお願いがあります。確かに私は魔王を討伐しました。しかしこれを好機と捉え、魔界に攻め込むことはおすすめしません。魔物は容赦がなく並の人間や兵士ではたちまち返り討ちに遭うことでしょう。私は魔物討伐の際に、人間界への侵攻を止めるよう周知しています。したがって、魔物が魔界から攻め込んでくることはありません。この平和を長いものとするために、決して魔界を刺激しないよう、お願いします」

いよいよ、今回の本題に足を踏み入れた。ふと周囲を見回してみる。両親と国王陛下は素晴らしいと呟き、涙を流しながら拍手していた。エルヴィンとレスターの方を見ると、目を瞑り俯きながらの拍手にとどまった。その後、隣り合わせだった2人はこそこそと耳打ちをしていた。

やはりあの映像通り、エルヴィンとレスターは何か画策している。主戦派はやはり戦争を継続させ、最終的には私を亡き者にしようとしている。

ミアも周りの様子を見ていたようだ。演説のあと、耳打ちしてきた。

「司教と議長は怪しいですね」

私もそう思う、と返す。

「魔界から連れてきた妖精を放ちます。少し様子を伺ってみましょう」

「そんなことできるの?」

「任せてください」


夜、教会関係者と主戦派の貴族が屋敷に集まる。

「お集まりいただきありがとうございます」

レスターが話の口火を切る。

「しかし、エリーゼの祝勝会でのあの発言には困ったものだな」

「我々は平和を望んでいるのは確かだ。ただし、それは我々に利益のある平和だ。今のままでは人間になんの利益もない。魔物の土地や資源の一つや二つ、奪っても問題なかろう」

「ただあの発言では、軍隊の派遣は難しくなりそうですな。陛下はエリーゼの言に感動なさっていた」

「ならば、我々の私兵を出すほかあるまい」

「だが数には限りがある。まずは斥候を放って様子を伺おう」


夜、ミアとエリーゼは王宮内の迎賓室にいた。ミアは窓際で妖精の連絡を待っていた。ミアは疲れたのかベッドで寝ていた。

妖精がミアのところに来る。教会関係者と主戦派の貴族・軍人が集結し会談していることを知らせる。

「エリーゼ、就寝中に申し訳ありません」

「…どうしたの」

「大司教の屋敷に斥候として放った妖精からの連絡です。どうやら、魔界の領土の切り取りについて話していたようです」

「早速、野心をむき出しにしてきているみたいね」

「でも祝勝会でのあなたの発言がかなり効いてるみたいです。軍隊の派遣はできないから、まずは斥候を放って様子を見るようです」

「それは良かった。だが、斥候を派遣されると面倒だ」

「魔王様に連絡しましょうか」

「いや、魔物を派遣するのはよくないと思う。人間側に侵攻の口実を与えることになる。妖精を常駐させて、監視を続けるほかないかな」

「しかし、そのままの勢いで軍事行動に出られると困ります。おそらく北方の国境線は魔王様の命令で兵隊は少なくなっています。斥候とはいえ少々心配ですね」

「そうしたら、敵の戦う意欲を奪えばいいのでは?」

「直接戦果を交えずに、敵を退げさせるのですね。そうでしたら、私に策が一つあります」


明朝、エルヴィンの屋敷の前にて、斥候たちが都を出立しようとしていた。

「エルヴィン様、レスター様、これより北方の国境線に行って参ります」

「うむ。よろしく頼むぞ。もし魔物が『攻撃的な対応』をしてきたら…」

「承知しております。『抵抗せよ』ですね」

「よろしい」

北方の国境線まで馬車で10日程度。長期にわたって偵察できるよう、食料も十分積んでいる。抜かりはない。だが、エルヴィンは一抹の不安を抱えていた。

とんとん拍子にことが進みすぎている。多くの場合、程度はどうあれ何かしらの事件は発生するはずだ。だが今回それがない。もちろん、今回の計画は一部の人間しか知らないことだ。だがそれにしても、うまく行きすぎている。


数日後、斥候隊が国境線にたどり着く。

「さあ、もうすぐ国境線だ、気を引き締めていけ」

「た、隊長!」

斥候の一人が慌てて報告に来た。

「馬車にある食料が腐っています!」

「ば、馬鹿を申すな!ここ数日は乾燥していた。何よりたった7日で腐ることはあるまい!」

馬車を確認すると、蓄えていた麦がことごとく腐っていた。昨日までは何もなかった。突然の出来事だった。これでは兵糧が保たない。

近隣の村から食料をもらえないか考えたが、今は冬場だ。素直に食料を差し出すとは考えにくい。何の情報も得ることができずに、このままおめおめと帰れというのか。司教様にどう説明すればよいか。

「隊長、ここは撤退すべきかと」

斥候の1人が撤退を進言する。斥候隊長は苦虫を噛み潰した顔で、いやいや帰路につく。


斥候隊がエルヴィンの屋敷に集められていた。

ことの顛末を斥候隊長から聞いた後、貴族の一人が口火を切る。

「それで貴様らは、何の成果もなく、おめおめと帰ってきたというのか!」

「申し訳ありません」

「もういい、ろくに任務を果たせぬ者に用はない。下がっておれ」

「待て」

エルヴィンが斥候隊を止める。エルヴィンは不思議に思っていた。斥候の派遣は露見していないはずだ。もちろん国王陛下は知らないし、仮に何らかのルートで知っていたのだとしたら、直々に止めに来るはずだ。こんな陰湿な方法で止めに来るとは思えない。

「この報告は、むしろありがたい。よく無理をせず戻ってきてくれた。何の成果もないわけではないよ」

「大司教様、何か引っかかることがあるので」

不思議なことが続いている。夏場ならまだしも、この冷たく乾燥した冬の時期に、食料が早々に腐るなど考えられない。食料の保存方法が悪かった可能性があるが、カビの発生はそれだけでは説明がつかない。魔界から、何か瘴気のようなものが発されているのか、という意見も出た。しかし、そうであるならば魔界に近い人びとが暮らせているのはなぜだ。

何者かが工作した可能性も考えた。だがそもそもこの行動は、我々しか知らないはずだ。内通者の存在も疑ったが、それは考えられない。それに麦を腐らせる魔法など、聞いたことがない。私も司教として魔法の研究はしてきたが、過去の文献にもそのようなものはなかった。

「少し様子を見ようと思う。歯車に狂いが出始める前に、その元を直さねばならない」

すると、司教の屋敷の扉を叩く音が聞こえる。どうやら、来客のようだ。こんな夜更けに来客とは、よほどの緊急事態か、大客か。部下を玄関に遣わすが、部下の驚いたような声が聞こえる。何事だと覗きにいく。

「エルヴィンとレスターはいるか」

現れたのは、第一王子のフリース。王位継承順位最上位で、王族の中でも筋金入りの主戦派だ。腕っぷしもあり、かつて兵を連れて魔物討伐に向かった経験がある。その際はこてんぱんに返り討ちにされたが、その時以来魔物に対して強い嫌悪感情と差別意識を持つようになった。

エルヴィンが対応する。

「皇太子殿下、このような夜更けにどのようなご用件で」

「お前たちが面白い企てをしていると小耳に挟んでな。状況を聞きにきた次第だ」

「魔界の状況を偵察しようと、斥候を派遣したのですが、失敗しました」

「…?何故だ。斥候を派遣して『失敗』に終わるなど、なかなか起きることではないが」

「原因は調査中ですが、食料が突如腐ってしまいまして」

「そんなもの、原因は一つに決まっている。魔物の仕業だ」

「なんと…!魔物が既にこの聖王国に入り込んでいると」

「食料を腐らせる魔法など、聞いたことがない。となると、魔界で開発された未知の魔法としか考えられない」

「では、いったい誰がこのような真似を…」

「この聖王国におり、魔界と接触した経験もある。それに先の演説で表明した、魔界への侵攻を控えろという主旨の発言…」

「まさか、勇者エリーゼが!」

レスターが驚く。

「ああ。それに、あのミアという従者、少し邪魔であるな。2人の動向は」

「確か、エリーゼの故郷の村に帰っているとか」

「エルヴィン、レスターよ。派兵し、エリーゼたちを偵察せよ」

「その先はどうなさるのですか」

「ミアという従者を排除する。我が暗殺部隊を用いてな」

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