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敗北

人間が勝つか。魔物が勝つか。

 歴史を遡れば、両者による衝突は幾度となく繰り返され、押しては返しの応酬が続いていた。

 しかし、人間側に希望の光が現れる。天啓を受けた農民の娘・エリーゼが勇者に選ばれ、快進撃を続け、魔物たちを次々と撃破し、ついに魔王城まで辿り着いたのだ。

 ついに雌雄を決するときが来た。意気軒昂に城内へ入ると、そこには魔王らしき人物が玉座に座っていた。

「魔王よ。私は勇者エリーゼ。お前を倒しに来た。この聖なる剣をもって、貴様を打ち倒す!」

 すると、魔王は意外な口調で応じる。

「ようこそいらっしゃいました。私は魔物界を統べる魔王・リグヴェダと申します。遠路遥々、お疲れでしょう。コーヒーはお好きですか?」

 エリーゼは紳士的な口調に拍子抜けする。

「そのようなものを飲む暇などない。一刻も早く貴様を倒し、人間界に平和をもたらさねばならんのだ」

「平和…ですか…」

「覚悟せよ!」

エリーゼが突進していく。しかしリグヴェダに近づくと、透明な壁に跳ね返され、エリーゼは後方に吹っ飛ばされた。

「くっ、障壁か…ならば魔法で!」

劫火の無数の球が、リグヴェダ目掛けて一直線に飛ぶ。しかしそれも壁に防がれる。対策を思案しながら戦闘をするが、全て跳ね返される。

膠着したとき、リグヴェダが話し始める。

「エリーゼさん、とおっしゃいましたか。一つ、質問に答えてくれませんか?」

リグヴェダから質問を受ける。

「あなたは人間界の平和のために、我々魔物を討伐しに来たわけですよね。我々魔物が人間界の安全を脅かしていると」

「そうだ」

「ではこうも考えられませんか。人間が魔界の安全を脅かしている、と」

「何をいう。我々人間は、魔物の乱暴狼藉によって被害を受けた。それに対して懲罰を与えるのは当たり前であろう」

「では、その懲罰の執行は誰に任じられたのでしょう」

「国王陛下や教会の神父様だ。さらに言えば、我々人間をお守りくださる神様だ」

「…なるほど。では、これが最後の問いです。これに答えられたら、私の首を差し上げます」

えっ、と、エリーゼは突拍子もない問いに驚嘆を禁じ得なかった。

「あなたや国王様、神父様の信じる神は、なぜあなたにしか力を与えなかったのでしょう」

エリーゼは即時返答しようとするが、言葉に詰まってしまった。確かに、全員に神様の天啓があれば、魔物を殲滅することなど容易いことだ。だが神様はエリーゼにしかそれを与えなかった。

リグヴェダがさらに質問を続ける。

「また、神を信じる人は救われるそうですが、なぜ神は最初から救おうとしないのですか。人間界には我々の『被害』を受けた人以外にも、飢えや病気などに苦しむ人がいると聞きます。なぜ神は、彼らの悩みを解決しないのですか」

エリーゼはさらに言い淀む。神の天啓を与えられたにもかかわらず、リグヴェダの言う「神の不平等さ」に対して、明確な回答を出せずにいた。

回答できれば労せずに首級を取れたが、それは難しくなった。

吹っ切れたように、再び剣を取る。

「ええい、それを貴様に答える必要はない!この剣の刃、その身に刻め!」

 剣をとって突進する。リグヴェダはため息をつき、衝撃波を放つ。その強さにエリーゼは怯み、聖剣を持つ手が緩んだ。リグヴェダはそれを見逃さず、腕を手刀で叩いて剣を落とさせ、後方に蹴り飛ばした。

「なっ…!」

エリーゼは魔法で対抗しようとしたその刹那、リグヴェダの右拳がエリーゼの鳩尾あたりに直撃する。鎧を纏っていたが、それすらも貫く力であった。エリーゼは気絶し、枯れた稲のようにリグヴェダに倒れかかった。

 魔界征伐は、魔王の拳一発で水泡に帰した。


 エリーゼは目を覚ましたのは、ふかふかの寝台の上であった。魔王との戦いは覚えていた。童話にあるような図体の大きさ、凶悪さとは異なり、華奢で丁寧な口調であり、拍子抜けしたこと。妙な問答を受けたこと。突撃したが剣は叩き飛ばされたこと。魔法で攻撃しようとしたが、その隙もなく胸に一撃をくらったこと。死んだと確信していた。

 体の様子を見るに、強烈な一撃を受けた胸部に損傷はない。それどころか、粉々になったはずの鎧は修復され、傍に丁寧に置かれていた。剣もまた同様であった。

 当初、魔王城の雰囲気は陰鬱で、面妖な紫色の雲が空を覆っていた。しかし今外を見ると、雲一つない晴天であった。つまり、ここは魔王城ではないどこか。その辻褄を考えると、ここはいわゆる天国ではないか、と考えた。

「そうか、私は死んだのだな」

 ドアをノックする音がする。どうぞ、と声をかける。給仕の姿をした若い女性が現れる。

「お目覚めになられましたか」

抑揚のない声だ。表情からも感情を見て取れない。

「ええ。ところで、ここはどこだろうか」

「ここは魔王城にございます」

そう聞いてより驚く。ということは目の前のこの給仕は魔王の手先ではないか。そう合点してエリーゼは剣を手に取る。

「暴れないでください。魔王様は戦いがお嫌いな方。そのため、城内での戦闘は固く禁じられています。私とて、魔王様を怒らせたくありません。どうかご協力を」

「魔王を討伐するために来た私が、そのようなルールを守ると思うのか」

「それはまた、困りましたね…」

「魔王の手先よ、覚悟!」

 エリーゼの渾身の一振り。

「仕方ありません…」

給仕は振り下ろされる剣に目もくれず、左手の人差し指と中指で剣を挟んで止めた。

「なっ…」

 今までエリーゼの剣を生身で止めたのは、軍事調練の時の教官だけだったが、あれでも両手でタイミングよく挟んで止めた。指2本で止められたのは初めてだった。

 剣を抜こうとするが、給仕の指の力が強くて抜けない。給仕は剣ごと彼女の体を持ち上げ、寝台の方へ投げ飛ばした。

「魔王様から、あなたへの給仕を頼まれております。あなたに暴れられては、魔王様からの信頼が揺らぎかねません。ご協力を」

悔しいが、剣を指で止められてしまっては何もできない。エリーゼはおとなしくした上で、隙をつこうと考えた。

「エリーゼ様、僭越ながら自己紹介をさせていただきたく思います。私はミアと申します。この魔王城の給仕をしております。何かご要望がございましたら、遠慮なくお申し付けください」

丁寧すぎる挨拶に気持ち悪さを覚える。

「これから朝食をお持ちします。何かお召し上がりたい料理はございますか」

「いらぬ。敵の作る料理など食えるものか」

「しかしながら、それは王宮の給仕としての沽券に関わります。食べていただかなければ」

「お前は、敵国の飯を食えるのか」

「我が国の規律として、捕虜は衣食住など不自由ないようにするよう規定されています。拷問も固く禁じられています。ですので食事を拒まれると、困ってしまいます」

 そんな言われ方をされると、断れなくなってしまう。だが、不倶戴天の敵の居城の飯など、例え旨くても吐いてしまうだろう。

「今は飯が喉を通りそうにない。白湯で構わぬ」

 かしこまりました、と一礼し、ミアが部屋を出る。


 情報を整理しよう。先の魔王との決戦で私は敗北した。信じたくはないが、確信を持って言える。だが魔王側のルールに則り、私は助けられ、ミアという給仕のもてなしを受けている。私が人間の希望として魔物に立ち向かったのなら、この厚遇はかえって人間の敗北を印象付ける「仕打ち」であった。勇者として初めて泣きじゃくった。シーツが濡れるほど泣いたのは、学校の宿題をサボって父親に怒られたころ以来だ。


 厨房にて湯をやかんで沸かし、取っ手を冷水で濡れた布で巻きつける。お椀を持ち、ミアはエリーゼの部屋へ向かう。ところが、部屋から咽び泣く声が聞こえる。もちろん部屋にはエリーゼしかいない。先に見た凛々しい勇者の声はそこにはなく、年相応の少女の悲哀溢れる涙であった。ミアは入るのを躊躇い、ドア越しに耳をそば立て、エリーゼが落ち着くのを待った。

 正直、勇者に興味はない。だが彼女は、魔界が誇る精鋭部隊や将軍を打ち破り、魔王城までたどり着いた。その苦労は想像に難くない。ところが、魔王様の前にあっさり敗れた。これまでの努力が水泡に帰したのだ。絶望するのも無理はない。

 嗚咽は長きに渡ったが、ミアは律儀にドアの前に立ち続けた。他の給仕ともすれ違うが、室内から漏れ聞こえる嗚咽を察して、ミアに一瞥して去っていった。

 嗚咽が泣き止んだ。ミアは部屋に入ろうとしたが、やかんが冷え切っていたので、ドアに一礼し厨房に戻った。


 白湯を持ち、ミアはエリーゼの部屋に向かう。

「失礼いたします」

エリーゼは布団に包まっている。ミアは、白湯をお持ちしましたと告げる。反応がないので、声をかけようとしたが、先の嗚咽を聞いた手前、声をかけるのを少し躊躇う。

「置いておきますので、落ち着きましたらお飲みください」そう告げ、部屋を出る。彼女なりの配慮であった。

「待って」

 ところが、エリーゼから声がかかる。白湯をとりに行った前よりは、年相応らしい可愛さの混じった声だった。声をかけられるとは思わず、つい驚きを隠しきれなかった。

「あなたは、どうしてここまで優しくしてくれるの?」

「優しくしたつもりはありません。というより、客人をもてなすのが私の仕事ですから」

いつものように機械的な返答をする。

「私はあなた方の敵よ。これまでいろんな魔物を倒してきた。2個師団はあるゴブリンの大隊を撃破した。トライデント使いの海竜王も倒した。私は多くの魔物を死に追いやった、いわば殺人鬼よ。私が魔物を憎むように、あなた方も我々を憎んで当然でしょう。なのに、こんな扱いを受けてる。なにがどうなってるのか、よくわからなくなってきてるの」

 エリーゼは悩みを告白した。ミアは話すのを一瞬躊躇った。だが、ミアは彼女なりの返答を持ち合わせていた。

「白湯を、お飲みください」ミアはまたしても機械的に返す。

納得のいかない表情のエリーゼだが、言われるがままにやかんに手を伸ばす。給仕ならばお椀を渡しに行くが、ミアにその挙動はない。ベッド脇に置かれたお椀をとり、やかんからお湯を注ぐ。白湯は適温になっており、お椀から軽く熱が伝わるちょうど良い状態であった。

 一口、一口、最初はちびちびと飲む。安心と見ると、一気に飲み干す。久々の水分に身体は鋭敏に反応し、五臓六腑に染み渡るのを感じた。

 飲み干す様子を見て、ミアが言う。

「この白湯が、あなたに対する魔王軍としての見解です」

「どういうこと?」

「もし我々が、あなたを敵だと思うのなら、魔王様は即座にあなたを殺しています。仮に私があなたへの復讐心を強く持っていて、規律に背く強い意志があるのなら、白湯に猛毒を混ぜて殺しています。ですが、あなたはその白湯を飲み干してなお健在でいらっしゃいます。つまり、我々は本来、あなたに対して敵対心を持ちあわせていません。あなたに対抗したのは、単なる不法入国で、さらに抵抗したから。それだけです」

「つまり、私を殺すつもりはない、と」

「ええ。それが、魔王様の命令であり、我々魔王軍の総意です」

「では、なぜ魔物は我々人間の領土を脅かすんだ」

「その件なのですが、私も調べてみました。北の境界付近での領土紛争ですが、人間側は魔物が街道と周辺の田畑に火をつけたとおっしゃったそうですね。一方魔物側は、当時は魔界内での収穫祭があり、魔物は境界から遠く離れた集会所にて宴会をしていたと。この食い違いはなんなのでしょうか。また、人間側は魔物による略奪を受けたそうですが、その年に国王に対して食糧支援の要請などはあったのでしょうか。もし魔物が掠奪したのなら、それがあったでしょうに」

ちょっとした尋問に、エリーゼは言い返せないでいた。

すると、ドアのノック音が聞こえた。声はリグヴェダだ。

リグヴェダが入ると、流石のエリーゼも目つきが鋭くなった。

「お元気なようですね。それはよかった」

「皮肉か」

「いえいえ、本心です。我々は捕虜を拷問にかけるなど、惨たらしい真似はしませんので」

「何が目的だ」

「厚遇するのは定められてますので、ルールに従ったまでです。強いて言うなら、あなたが私に倒される前の状態に戻ってほしい、ですかね」

「見え透いた嘘をつくな。何かに利用するのだろう」

「利用とまでは行きませんが、協力してほしいことがあります」

「やはり、あるではないか」

「そうではありません。実はあなたに、一度ご覧いただきたいものがありまして」

「何だ」

「これはあなたに対する国内評です。こちらは魔王軍が開発した偵察器具による、ある日の聖王国会議の様子です」

「これは、実際の会議か」

「少し前のことになります。音も乗せましょうか」


ー 勇者エリーゼが魔王城に到着したそうだ。

ー 執着至極、といったところか。

ー ここで一度、魔王討伐以後の話を進めたく思います。

ー 魔王領をどのようにするか、ですかな。

ー 土地の話もそうだが、より大事なのは勇者エリーゼについてだ。

ー 英雄としては十分な活躍をしてくれました。これで我が宗派に靡くものも増えてくることでしょう。

ー 神の権威が増すことは、我々の懐も増すことになります。世界に覇を唱えることも可能になるかと。そこでエリーゼをどうするかです。

ー 我々に匹敵する権威を持たれては困りますぞ。しかし民衆人気は絶大でしょうな。

ー 私の計画はこうです。まずは聖王国に帰還。そして国王陛下からの恩賜を受けられ、民衆の団結を促す。その後、民衆はエリーゼによる洗脳魔法を受けたと工作し、エリーゼを魔女裁判にかけ、これを殺します。さすれば、我々の権威はより高まることでしょう。

ー あの娘は腕っ節は良いが、頭があまり良くなく、バカ真面目だ。混乱してどうすればいいかわからなくなるだろう。


 見え透いた偽装工作だ、と思った。だが、見慣れたものたちが、自分を亡き者にしたがっている。裏切られた感覚になった。会議を見せた後、リグヴェダが言う。

「当初私は、あなたを殺すつもりでした。ですが、偵察からこのような情報がもたらされたことをうけ、殺害から捕縛に切り替えるよう伝えました。ある種の憐れみです」

また、涙が出そうだった。応援してくれていた人々が逆に敵に回るだなんて、思ってもなかったからだ。

「さて、これからどうされますか。あなたがそのまま聖王国に戻っても、同族によっていずれは殺されるかもしれません。そこで、わたしからご提案があります」

「……何だ」

「我が国は、人間界との戦争を望んでいません。ですので、現状の境界線を維持する形で、停戦したいのです。それにご協力いただけませんか」

「…つまりは、橋渡しになれと」

「その通りです。従者として、ミアをつけましょう。同族なので、通じ合うものがあると思いますよ」

「なっ、人間なのか!」

「はい。生まれながらにして人間で、王宮唯一の人間です」 

ミアは人間であった。衝撃の一言にエリーゼは驚嘆を禁じ得なかった。魔界に人間がいるなど考えられない。普通の人間は魔界の空気に冒され、病気になってしまうと聞いていた。なぜ彼女は無事でいられるのか。それに、自分の剣を指2本で止められる人間であり、二重に驚嘆していた。

「王宮に給仕は多くいますが、優秀な者の一人ですよ。何より、腕っ節もある。これから混迷が予想される人間界では、重宝されると思います。いかがでしょうか」

 いざ人間と魔界が全面戦争となったらどうなる。人間界にも優秀な将兵はおり、拮抗ないしは優勢となるだろう。だが、この魔王、いやこのミアという給仕が出陣しただけでも、戦況は間違いなくひっくり返る。

 つまり、総力戦になったら、我々人間界は勝てない。

 そう考えると、魔王の提案はこちらにも良い条件である。タカ派からの「売国奴」という罵りがあるかもしれないが、実際の魔王軍と戦ってきた自分なら、わかる。停戦を取り付けなければ、人間界は魔界に征服される。

「…わたしは何をすればいい」

「まずは先の会議で言われたように、私を倒したことを人間界に伝えてください。倒した証として、このペンダントを差し出すといいでしょう。ああ、安心してください。何の変哲もない、ただの装飾品ですよ」

「まずは英雄として祭り上げられろ、ということか」

「ええ。付け加えて、魔王を倒したあとに、魔物に対して、報復を含め、一切の人間界侵入を許さないことを命令させた、とも伝えてください。現に、私も同じ命令を下しています。しかしながら、人間界の強硬派はいちゃもんをつけ、大義名分を得て攻撃してくるでしょう。あなたはそれについても牽制していただきたいのです。」

「英雄という地位から停戦を取り付け、民衆を団結させる。その上で主戦派を押さえつけ、両勢力の深刻な対立を避ける、ということか」

「ご理解が早くて助かります。先の会議の司教は、あなたを見くびっておられるようですね」

「…言うな。ところで彼らの計画では、わたしは殺されるようだが、どう対処する」

「魔女裁判にかけるとおっしゃっていたので、なんらかの言いがかりをつけてあなたを逮捕、あるいは暗殺するでしょう。その時のためのミアです。そんじょそこらの人間に、彼女を倒す力量はありませんから」

「…魔王の手先に、なってしまったのだな」

「しかしあなたも、停戦が望ましいと考えているご様子。手先ではありません。『利害の一致』ですよ」

「いつ出立すればいい」

「お好きな時に。ただし、先の会議が行われたのは2日前。1日で決着がついたと考えれば、不自然でない帰還時期は明後日。つまりは明朝にここを出るのが良いかと」

「わかった。給仕と話がしたい。外してくれないか」

「わかりました。ではこれにて」

魔王は一礼し、部屋を去る。


部屋には私とミアだけだった。

「はぁ…」

ため息をつく。これが人格を変えるスイッチになっていた。

「あなたは、この仕事を望んでいるの?」

「私は魔王様にお救いいただいた身です。魔王さまの命令とあらば、死ぬこともやぶさかではありません」

「魔王に救われた?どこで」

「それは、あなたに話す必要はありません。どちらにせよ、わたしはあなたに同行し、護衛の任務にあたらせていただきます」

機械的な反応に苛立つが、同行する相手と軋轢があっては支障が出る。ここはそう言う感情を押さえつけた。

「あなたのことは、何と呼べばいい?」

「ミアとお呼びいただければ。私はエリーゼ様とお呼びいたします」

「様はやめて。一応、仲間としてやるわけだから。エリーゼって、呼び捨てにして。あと、仲間なのに堅苦しい口調は不自然。軽い口調で話すこと」

「軽い口調とは…」

「友達に話すような感じよ」

「申し訳ありません。私には友人がいませんので」

はぁ…とため息をつく。ここまでくると、面倒臭さまで感じてくる。

「じゃあ私が友達1号ね。よろしく」ミアに手を差し出す。

「これは、握手すればよろしいのですか」

「そう。友達になるための儀式。跪くのも禁止。立って、対等な立場ってのを示すの」

「対等…ですか」

「あなたとわたしはこれから、一緒に笑って、一緒に泣くの。それを楽しめる関係になる。それが友達ってものよ」

つい変なことを言ってしまった。友達の定義など千差万別であろう。しかし、この定義がミアの感情を引き出す。

「ふふっ、友達。面白いですね」

エリーゼは、ミアの微笑みを見逃さなかった。まだ丁寧な口調は治っていないが、調子は軽くなったようだ。


「魔王様、これより人間界に向かいます」

「ミア、頼みましたよ。エリーゼさん、よろしくお願いします」

「…わかった」

「あ、そうだ。別になにをするわけではありませんが、これを身につけてください」

エリーゼは、何の変哲もない金属製の指輪を受け取る。エリーゼは思わず赤面する。

「なっ…指輪だと!?どういうマネだ!」

「何をそんなに驚かれているので?」

「驚くのが普通だ!異性が指輪を差し出すなど、まるで求婚ではないか!」

「なるほど、人間界ではそのような感覚なのですね。ご安心を。そんな意図はありません」

「では、なぜ」

「あなたの生存確認のための装置です。反応が消失したとき、あなたの身になにかあったと認識し、魔王城に転移する仕様になっています。せっかくの停戦交渉に向けた動きを、邪魔されては困りますからね」

「保険をかけるわけだな。わかった」

「飲み込みが早くて助かります」

エリーゼは装備を整え、魔王城の城門に向かう。

「ミア、これからよろしく頼むわ」

「おまかせください、エリーゼ」


魔王城を背に、2人が出立する。リグヴェダは城のバルコニーからその様子を眺めている。

側近の一人が、リグヴェダに声をかける。

「本当によろしいので」

「この無益な対立…、人間界との戦争を止めたいのは魔界全体で一致していることです。そんな中で、勇者がその橋渡し役になってくれる。停戦というパズルの完成のために、これ以上のピースはないでしょう」

「しかし、人間界での謀殺の危険性がありますが…」

「そのためにミアがついているのでしょう。魔界で私の次に強い者ですよ。こう言ってはなんですが、人間風情がかなう相手ではないでしょう」


ここから、魔王に敗北を喫した勇者が、人間界と魔界の『停戦』のために奔走する物語が始まる。


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