残った者と遺った物
ある図書館の入口には巨大な石碑が立てられている。
そこにはこの図書館に寄付金や寄贈品を贈った金持ちの名が一人残らず書かれていた。
「これはまさにwin-winの関係です」
図書館の館長は取材に来たインタビュアーにそう語る。
「何せ、ここは長い歴史のある図書館です。それこそ史書にさえ度々登場する。そして、これからも人類の歴史と共にこの図書館は存在し続けるでしょう。そんな図書館を支えてくれた方々の名はこうして一人残らずしっかりと記録していくのです」
ゴホンと一度咳ばらいをして館長は言った。
「言わば、図書館を支えた者達は図書館の一部となり永遠に歴史の中に名を遺すのです」
その言葉と共に館長は石碑に彫られた自分の名を指差した。
「私もまた、この図書館と共に歴史の中に遺り続けるでしょう」
インタビュアーは作り笑いをしながら相槌を打ち、カメラは石碑に彫られた名前をズームする。
使い道のないほどに金が余った者が知識の世界に寄付をし、それを受けた図書館は礼として彼らの名を記す。
確かに館長の言う通りwin-winの関係だろう。
大多数の人々は何らかの形で歴史に名を遺すことを名誉と思っているのは間違いないのだから。
とはいえ、数え切れないほど書かれた名前にどれほどの価値があるのか分かったものではないが……。
それから数百年が経った頃、突如として神話の世界が舞い戻ったのかのような大洪水が起こった。
水が引く頃には数え切れないほどの人間が死に至り、文明もほとんどリセットされたような状態になったが、それでもなお人類は滅んではいなかった。
言わば、生き残りとなった者達の子孫はかつての知識を求めて様々な場所を転々と移動する中、ある日あの図書館の残骸を発見した。
「だめだ。建物の中の書物はとてもじゃねえが読めやしねえ」
「そらそうだ。この建物だって何百年前の物だか……」
そんな会話をしながら歩いていた人間の内の一人があの石碑を見つけて叫ぶ。
「おい! 見てみろ! この石には文字が彫られてるぞ!」
その言葉を受けて皆が石碑の前に集まり、我先にと文字を読もうとする。
「古代語だ。読めやしねえ」
「いや、まて。幾つかの形は何となしに分かるぞ」
指で文字をなぞりながら彼らは必死に解読を続けた。
何せ、紙ではなく石に書かれた文字だ。
きっと、重大なことが書かれているに違いない。
彼らはそう信じて疑わなかった。
「ここまで来たかいがあったな!」
そんな歓喜の声が知識といえるものが一つもなくなった図書館の中に響き渡った。
彼らが文字の内容を悟った時、この石碑は腹いせに砕かれるのだが、それはまた別の話。