あなたは誰だ
微ホラーです。
本格ホラー好きな方はどんな印象を持つか分かりませんがずっと前に思いついていたのに噂が絡んでいたんで書いてみました。
そしてあき伽耶さん、タイトルバナーをありがとうございました<(_ _)>
私は狙われている。
おそらく私のファンから。
私はここ数年漫画家をしている。
ついでにいえばアニメ化した作品もある漫画家だ。
なので職業柄、狙われるのもある意味では当然かもしれない。
成功した私への嫉妬とか私の作品が相手のかいていた物語に似ているが故の言いがかりなどなど……たとえ私の身に覚えがなくても、相手が私を狙いうる動機などいくらでも考えられる。
有名税?
なにそれ食べれるの?
ただ単に仕事をしているだけだというのに、なんでファンやパパラッチの餌食にならなくちゃいけない?
…………なんて、思わなくもないが。
今はそんな事を考えている余裕はない。
現在私は出版社からの帰路にある。
季節は冬で時間は夕刻。もうほとんど暗い。
先ほどまで出版社で漫画家達の集まりがあったのだ。
そしてそんな私の四十メートルほど後ろ………………そこに誰かがいる。
いや、さっきも伝えたが、おそらくファンだと思うが。
もしかすると動画チャンネルの管理者の可能性もあるかもしれない。
有名人の特定班とかそういう存在だ。
私はそういうのをやってないし見てないのでよく知らないけど。
そういうキャラが出てくる漫画を資料として読んだ事があるからそういう存在がいる事は知っている。
はっきり言って肖像権侵害だ。
あとでそれらしい動画を見つけたら、削除依頼を動画サイトに出した上で相手を肖像権侵害で訴えてやろうと思うと同時に…………一応、警戒もする。
なぜなら相手が単純なストーカーであるケースもあるからだ。
そしてストーカーならば……もしかするとここ最近……私をずっと狙っていて、そして今日、もしくは近々アクションを起こすかもしれない。
なので私はとりあえず出版社の担当編集者に連絡を入れ。
ついでとばかりに他の仕事仲間にも連絡を入れておいた。
何かあっては遅いからね。
※
タクシーをいくつか乗り継ぎ、自宅マンションの近くに辿り着く。
仕事仲間に教えてもらった、ストーカーなどをまくための方法だ。
今までもこれで、何度も追っ手をまいてきた。
おかげさまで、現在の住所はどのファンにも知られていない……と思いたい。
メディアや漫画の表紙の裏に顔を出していないし。
ついでにいえば情報サービス的なモノを使っていないからだ。
居場所を特定されるような情報は一切発信していない。
私への質問の答えだって私が描いた漫画の空白ページで……私の個人情報がバレない程度に明かしてる。
だから私の致命的な個人情報を誰かに知られるワケがない。
それこそ出版社を出入りする人を一人ひとり見極め一人ずつ追跡しない限りは。
そして今回の追っ手は、まさにそんな相手だろう。
いったいどんな目的で私を追うのかは分からないけど。
この方法であれば私を追跡する事は誰にだって不可n……………………背後に、気配があった。
先ほどから感じていたのと同じ。
なめ回すような、気持ちの悪い視線も感じる。
まさか、あそこまでしたのに追ってきたのか。
それとも、人海戦術によって私の現住所の近くに、すでに別の人を配備していたのか……なんとも気持ち悪い相手だろうか。
ここまで徹底して、私の何かを知りたいのか。
それとも私の何かが気に入らなくて、それで襲おうというのか。
考えただけで、気持ちが悪い。
今までも似たような経験こそしてきたけど。
さすがにここまで気持ち悪い事柄は経験した事がなかった。
ザリ
しかし、動揺している暇はなかった。
私がタクシーを降りて、歩き出してから五秒くらい経って……相手が動き出す音がした。
私に何かをするため。
もしくは私の現住所を知るためか。
とにかく相手がそのために動く。
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
私の歩調に合わせて、相手が歩を進める。
試しにペースを上げてみると、相手もそのペースに合わせる。
相手は私の住所を知りたいのかも知れない。
もしくは……相手は妖怪なのではないだろうか。
相手に合わせて進む妖怪が何種類かいるらしいし。
試しに止まって「先へおこし」とでも言おうか。
だがもしも粘着系ストーカーなファンだったらまずい。
止まった瞬間、もしくは走った瞬間に全力で襲ってくるかもしれない。
仕事仲間にメールをしておいたから助けに来てくれると思うけど。
それまでに私は……武器も何も持っていない今の状態で相手をどうにかできるのだろうか。
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
進むにつれて、汗が吹き出てくる。
寒い時期なのに……相手が次にどんな行動をするのか分からなくて……その緊張のあまり。
ちなみに、さすがに自宅には向かっていない。
そこから離れた場所――遠回りに出版社へとただひたすらに進む。
ついでに、私の仲間に自分の居場所を知らせるマイフォンのアプリを起動し。
次に写真撮影機能を、相手には分からないよう、画面を私の体で隠しながら起動し、そして背後を映す。
――“何か”がいた。
ヒトではある。
特徴のない顔のヒトだ。
妖怪の類じゃない。
ファン、もしくは動画チャンネルの管理者か、パパラッチか……いや、カメラを持っていないから動画チャンネルの管理者やパパラッチじゃない。
だったらストーカーなファンか。
いや、なんにせよ。
私の私生活を私の許可なく暴こうとするそんな相手は気持ち悪い。
たとえ私が描いている漫画を楽しんでいるファンだとしても。
「ッ!」
すると、その時だった。
突如、そんな相手の歩調が変わった。
その顔は、歪んでいる。
まさか、私が自宅に向かっていない事に気づいたのか。
そしてこのままじゃ警察にでも連絡されるんじゃないかと焦っているのか。
とにかく、ストーカーは速足で向かってきて。
たとえ相手が私以外の目的のために走っているとしても……とにかく、私の背筋を怖気が襲ったため、反射的に私は走った。
だけど、私はその直後に後悔した。
今日は漫画家達の集まりに出たのだ。
そしてそのために今日はハイヒールをはいている。
なので思った以上に速度を出せない。
私はすぐにハイヒールを脱ぎ捨てた。
高かったけど命にはかえられないから躊躇はなかった。
ストッキングが伝線する。
地面の小石などが足の裏に食い込む。
痛い。
痛い。
痛すぎる。
だけど、それでも私は走った。
自分の命にはかえられないから。
だけど、それでも相手の方が速い。
このままじゃ追いつかれる…………そう思った時。
私は、今が暗い時間帯だという事をすっかり忘れていた。
ビルとビルの間から。
突然二本の手が伸びてきた。
ちょうど私が、その間の前を通った瞬間に。
迂闊だった。
暗いが故に……そこに誰かがいるのに気づかなかった。
そして私は。
その手によって捕らえられ――。
「アンタが尾神瑛子先生か」
ワタシは問うた。
ボイスチェンジャーで変えた声で。
知り合いの協力を得て捕まえ縛り上げた相手に。
頭に袋を被せこちらの顔を分からなくさせた相手に。
そして――ワタシの推しを躊躇なく殺した相手へと。
「あなた、漫画家の先生以前に人にこういう事していいと思っているの?」
「質問をしているのはこっちだ!!」
生意気にも、相手は質問に質問を返した。
自分がいったいどういう状況なのか分かっていないのか。
そう思うだけで、イライラが募る。
そしてそのイライラに任せて近くにあったドラム缶を蹴る。
ガァンッと甲高い音がした。
蹴った箇所が少しだけへこむ。
足が痛いけどあまり気にならない。
ワタシの推しが味わった苦しみに比べれば!!
「もう一度訊くぞ……アンタは、あの、尾神瑛子先生なのか?」
少し前の事だ。
ネットで、変な噂の存在を知ったのは。
――ワタシが大好きな漫画『インセクティア戦記』の作者が、途中から尾神瑛子先生から、同じような絵のタッチの別人に変わっている。
そんな変な噂だ。
ワタシも最初はアホらしいと思った。
某国の大統領の影武者説の都市伝説と同じくらいアホらしいと思った。
漫画家も人なんだから時間を経れば絵のタッチは変わるし。
さらには、その日その日の体調や感情によって展開を変えてしまう事だってありえると思う。
だけどその後、検証イラストがネット上の掲示板にいくつも貼られて。
そして微妙にだけど、作中のキャラクターのキャラがブレたように思えて。
さらには『人蟲大戦篇』などというワケが分からない展開がいきなり始まって、そして…………唐突に、何の前触れもなく、ワタシの推しキャラである、主人公の相棒のテオル様がワケが分からないままに殺されてッ!!!!
もはや、作者が狂ったようにしか。
もしくは…………作者が急に変わったようにしか思えなかった。
どっちかは分からない。
だけど、どっちだろうとワタシは……尾神瑛子という一人の漫画家を読者の一人として許せなかった。
もはやカミソリの刃を送りつける程度じゃ気が済まなかった。
ワタシは打って出る事にした。
仮にそのせいでワタシが捕まったとしてもどうでもいい。
ワタシが起こした事件をキッカケにして読者による全ての漫画の見直しが始まり漫画家や出版社への目を厳しくし全ての読者により全ての漫画がみんなが納得する話の流れになって最終的に綺麗に着地したエンディングを迎えるのなら……たとえ何十年もシャバに出られなくなっても構いやしない。
それ以前に誰かがやらなきゃいけないんだ。
そしてその一人目が全然現れないならワタシがその一人目にならなくちゃ世の中は永遠に変わらない。
だからこそ、ワタシは再び問う。
「アンタは、あの尾神瑛子先生なのか?」
「…………あぁもう、これで十四人目だわ面倒臭い」
だけど、相手はワタシの質問に答えなかった。
それどころか、いまだに余裕ありげな態度で座って……いやちょっと待て。今、なんて言った?
というか、なんでこの状況で落ち着いていられるんだ。
周りを見えないようにして、相手から何をされるのか一切分からない状況にしたんだぞ。こんな状況じゃ普通少なくとも緊張のあまり体を震わせたりするハズなのになんで相手は一切震えていない!!?
「なんでこうも次々と湧いてくるんだか。漫画『インセクティア戦記』の連載開始前から私は尾神瑛子だっていうのに絵柄やキャラがブレたとイチャモンつけてくる連中がさぁ。ていうか『人蟲大戦篇』だって、ちゃんといろいろ伏線を敷いて描いてるってのになんで気づかないかなぁ?」
さらには……まるで、人が変わったかのように。
相手は、ワタシにはワケが分からない事を言ってきて……伏線……? 連載開始前から……え? え?? え????
「まさかさぁ、作中世界全体のストーリーの方に目を向けないでキャラ同士の絡みとかバトルの方しか見てないの……って、これも何回目の質問かな。もう面倒臭いなぁ。私だって仕方なく漫画を描いているんだからそりゃ見落としとかもあるよ。というかそれさえものみ込んでこそ読者ってモンじゃないのかなというか全体的な伏線に気づかないクセにそういう事をいちいち好き勝手に言ってんじゃねぇ!!」
だんだんと、相手の態度どころか声までもでかくなって…………ワタシは、その勢いにのまれ始めていた。相手の言っている事を全然理解できないせいもあるけど……いったい、相手は…………相手の言った事によれば、尾神瑛子先生じゃないという誰かはいったい何を…………?
ザリ
すると、その時だった。
ワタシの背後から足音がした。
尾神瑛子先生の名を騙る何者かをここまで連れてきた後は……家に帰らせたハズのワタシの知り合いか。
ふとそう思った。
だけど、音や歩調が…………違った。
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
ザリ
いったい、誰なのか。
なぜこの場所にピンポイントで……その誰かが現れたのか……ワタシは、ワケが分からなくて、緊張のあまり、ワタシの呼吸と、心臓の鼓動の回数が増え始めた。
冷や汗が、じんわりと吹き出てくる。
寒いのに、いや寒いからこその冷や汗が……止まらない。
いったい背後に誰がいるのか。
とても、気になり……そしてその背後から、今まで感じた事がないプレッシャーを感じた。まるで、絶対の強者が背後にいるかのような、そんなプレッシャーだ。絶対……振り向いたら、その分だけ何かが起こってしまうまでの時間が短くなる。
だけど、どっちみちワタシは……無事では済まないだろう。
ワタシが、追い詰めていたハズなのに。
ワタシにはワケが分からない事が、連続して起こって……いつの間にやら、立場が逆転していたのだから。
「まぁどっちにしろ……お前はこれから邪魔だな」
そして、ワタシがどう行動すればいいのか……悩み始めた時だった。
ワタシが被せた袋のせいでワタシには顔が分からない、尾神瑛子だと名乗る誰かが…………感情的だった先ほどとは一転して、とても冷たい声でそう言った。
「ようやく私の仕事仲間も来たし…………いろいろ吐いて死ね」
そして、次の瞬間。
ワタシの視界が突如暗くなって――。
「まったくもう先生。だから作品作りは慎重にって言ったじゃないですか」
私の仕事仲間にして、現在は担当編集者となっている狐目の男ことアサギが、私のストーカーだと思われる女を脇で抱えつつ、私を縛っている縄を自分の得物ことトレンチナイフで切りながら言ってきた。
「そのカタギ以外のカタギがいない場で先生って呼ぶな。お前が言うと胡散臭い」
「ひどいなぁ。というかプライベートでも先生って呼ばないと、表社会で間違えて本名で呼んでしまうかもだから先生って呼んでるのに」
「それでもヤメロ」
私達は、カタギじゃない。
いや正確には……私が所属している出版社の社員のほとんどと、出版社と契約を結んでいる漫画家のほとんどがカタギじゃない。
元々私達は名前のないとある殺人請負会社の社員だった。
けれど同僚の一人が、私が所属している出版社の編集長の一人を依頼により殺す直前に……もしもその編集長が死んだと報道されれば社会的な影響が計り知れないどころか、他の同僚も読んでいる世界的に有名な漫画の展開が変な方向に行きかねない事態になるかもしれない事実に気づき……殺す対象の編集長からプライベートな様々な情報を吐かせ、さらには背格好が同じ同僚の顔を暗殺対象と同じ顔に整形し、そして背格好が同じ同僚に背乗りをさせるというふざけた手段が実行されて。
だけど、その背乗りが不十分だったのか。
勘の良い連中にはバレてしまい、そいつらと同じ背格好の同僚にも背乗りさせる必要性が生じ、そしてまた勘の良い連中にはバレ……そんな事を繰り返している内に、いつの間にか出版社を乗っ取っていたというトンデモない状況になっていた。
やれやれ。
私にも好きな漫画があるから気持ちは分からないでもないけど……その背乗りを最初に始めた同僚には怒りしかない。
おかげで私は、その流れに乗って……漫画家の尾神瑛子の全てを完コピした上で尾神瑛子を演じなくてはいけなくなってしまった。そして彼女の考えていた全ての展開を漫画という形で表現したけどそのせいで世界規模で有名になってしまい……アサギが今抱えている小娘のような過激なファンまで生まれてしまった。
はぁ。
早く完結させたい。
そしてバカンスに行って死を装ってこの人気地獄から解放されたい。
「あー。会社のデータベースには、この過激なファンの子と同じ背格好をしている同僚は載っていませんね。他の競合会社にも声かけないとまずいかも?」
アサギがこちらに視線を送る。
競合会社に知り合いがいる私へと。
「…………あーもう。わかったわかった」
ちなみに、現時点で死を装うという選択肢もあるだろうけど。
それはさすがに世界的な影響を考えてむやみにしない方がいい、というのと……私が所属してる会社だけじゃなく他の競合会社も同じ事を、いろんな業界に対してしてるから、早めのいち抜けは多くの社員のひんしゅくを買う、という理由のせいで……なかなか死を装えない。
やれやれ。
ブラックどころかダークな世の中になったもんだ。
え、印税?
殺人の報酬だけで主人公を始めとする大抵の社員は生きていけるんでたまる一方です(ぇ