気持ち悪い
いつまで経っても飛び込んで来ない私に、アロイス様は不思議そうに笑顔のまま小首を傾げられて、そんな、些細な所作さえイラッとする。
「アンヌ? どうしたんだい? そんなに拗ねてちゃいつまで経っても俺と再婚出来ないよ? それとも、照れてるのかな? ふふ、アンヌはいつまで経っても初心だね」
「気持ち悪い」
「ん?」
あら、いけない。つい心の声が声帯まで震わせて口から出てしまいましたわ。
「俺の聞き間違いかな? 今、気持ち悪いって聞こえた気が――」
「聞き間違いじゃないですわ。言いましたわよ、確かに。アロイス様があまりにも気持ち悪い事を言われるので、思わず口から出てしまいましたわ」
「アンヌ! なんて事を言うんだ!! そんな物言いをしては、俺は君とはもう結婚してやらないぞ!?」
「是非ともそうして下さいませ。そもそも、貴方と再婚なんて死んでも御免ですわ」
「なっ! き、き……貴様!! 俺が気を遣って優しい言葉をかけてやっているのに! 俺が優しいからって頭に乗るんじゃないぞ!!」
どこが優しい言葉なのか……
大きな声で叫ぶアロイス様の剣幕に会場内の目が一斉にこちらに向く。なのに、当のアロイス様はその事に気が付いていらっしゃらないご様子。
「アロイス様? 結婚式を挙げたその夜に、貴方が私にされた事をお忘れになったのですか?」
「なに?」
「急に私の事を男だと決め付け、何度も違うと訴えたのに全く信じて下さらず話すら聞いて下さらなかった。それだけじゃありませんわ、酷く罵倒されて物を投げられ、そのまま夜着一枚、靴すら貰えず屋敷の外へと放り出されました……。夜中に、暗闇の中一人で……どれ程恐ろしかったか……死すら覚悟する様な目にあわされて尚、なぜ貴方と再び結婚したいなどと思いましょうか」
静かにこちらの動向を窺う周囲に私の声は良く通った様で、ザワ……と静かながらも、どよめきがあちらこちらから広がり始めた。
「なんて事……」「信じられないわ!」「酷い!」
離れた所から固唾を飲んで見ていたらしい女性の方達から悲鳴に近い声が上がる。男性の方達も非難めいた視線をアロイス様に向けられている。
あらあら、先程のアロイス様の大きな声のせいで皆様が注目されていたから……
やっと周囲から向けられる目に気が付かれたらしいアロイス様が周りに目を向け、焦った顔をされるけど、もう手遅れですわよ。
「そ、それはアンヌが悪いんじゃないか! アンヌが女性らしく無かったから俺は勘違いしたんだ! だいたい、アンヌも違うならもっとハッキリと違うと言うべきだ! それを俺のせいにして、なんて性格が悪いんだ。くそっ、貴様はそうやって周りに俺が悪いように吹き込んだんだな。俺だけを責め立てさせて、この毒婦が!!」
いくら焦っているとはいえ、自分勝手なアロイス様の暴論に周りがザワザワと揺れる。
まるで癇癪を起こした子供のようだわ……全て私が悪く、自分はあくまで被害者だと言い張る。あの時から何一つ主張が変わらない。
きっと、この言い分もアロイス様の中では真実となっているのでしょうね。
「 アロイス様……私のどこが女性らしく無かったのですか? ずっと男の胸だと、この胸が男である証拠だと仰ってましたけど、そんなに私の胸は男性の様ですか?」
触れれば弾むような感触のする自分の胸に手を当てる。
女性として屈辱的な内容を、こんな大勢の方がいる所で口にするなんて恥以外の何ものでも無い。ですが、アロイス様には是非とも、今ここで答えて頂きたいですわ。
「そうだ! お前の胸に軽く触れた時、それは男の様に硬くて何一つ女らしく無かった! あんなの誰が女だと思うか! 誰が触ったって男だと言うに決まっている」
アロイス様がそう吐き捨てた瞬間、先程まで騒めいていた周囲が一瞬静まった。