祝賀の夜会に
我が国の王女殿下が十六歳の成人を迎えるにあたり、国を挙げての盛大なお祝いが催された。連日あちらこちらの街で祭りが開かれ、貴族は祝賀の夜会に連夜赴いていた。
かくゆう私も子爵家の令嬢として夜会に招待され、されたならば行かざるを得ない、とお父様のエスコートで参加していた。
アロイス様との離縁から半年程度。まだまだ私は結婚して半月程度で離縁したバツイチ令嬢として人々の記憶に残っている。
アングラード侯爵は詳しい内容は伏せたまま、ハッキリとアロイス様の有責による離縁であり、コルベール子爵家には一切の非は無い、と公言して下さっているけど、無関係な人達にはそんな事は関係無いもの。憶測で面白おかしく噂されているのは知っている。
現に、今だってお父様とお母様がご挨拶に回っている間、一人壁の花となっている私にチラチラと向けられる視線にいい感情は乗っていない。
そんなのだから、正直好奇の目で見られるだけの夜会だとかお茶会だとかなんて出たい気分ではないけれど、王女殿下のお祝いと言われては……ねぇ。
それに、今日は初夜から一度もお会いしていないうえに、謝罪の一つもいただいていないアロイス様も参加されているそうですし。
しかも、アロイス様ったら、いまだに私が女だという事をお認めになられていないとか……
「貴様!」
突然の大声が会場に響き、その聞き覚えのある声に顔を向ける。すると、そこには目を吊り上げたアロイス様が私に向かって大股歩きで迫って来られていた。
「性懲りも無くこの様な祝いの場に現れるとは、どういう了見だ! しかも、また女装なんぞして、俺だけでは飽き足らず新たな獲物を物色しに来たのか!?」
あらまぁ。早速、気付かれてしまったようだわ。
半年前以前ならその声が聞こえれば甘酸っぱく高まっていた胸が、今は苦みを伴って緊張で鼓動を早くするだけ。
どうやら、私の中にアロイス様への気持ちは微塵も残っていないみたい。良かった、恋の残骸一つでも残っていたら後味悪いですもの。
それにしたって祝いの場だというのに大きな声で、しかもあんなに荒々しく会場内を横切って……。皆様がこちらを何事かといった目で見ておられるのに、恥ずかしく無いのかしら?
「どの様な卑怯な手を使った!? 神官も父上も貴様の虚言を鵜呑みにして俺を責め立てるばかりで、俺の話を全く信じ無くなってしまったんだぞ! いいか、父上達を丸め込んで罪からの追及を逃れようとしたみたいだが、そうはさせん。今ここで貴様を断罪し、コルベール子爵家の悪行を白日の下、に……に、ん? え?」
「アロイス様……。お久しぶりですわね、結婚式の日以来かしら? ですが、この様な場で、そんな大きな声を出すものでは無いですわよ?」
「え? な、な、なんで……」
凄い勢いで私に詰め寄って来ていたアロイス様が、私の直ぐ側にまで来た途端、勢いを失い足を止められた。そして、大きく見開いた目でただ一点を凝視してくる。
「なぜ胸がある!!!」
先程以上の大声を会場中に響かせて、アロイス様は私の大きく開いたドレスの胸元をブルブルと震える手で指さして来た。
「なぜって、私は女なのですから当然ではありませんか」
女なのだから大なり小なりあって当たり前。
ただ、今日の私は今までの慎ましやかで遠慮深い胸とは違い、自己主張を極め躍動感に溢れた胸ですのよ!!
この夜会の為に、お母様が呼んで下さったボディラインの補正師が、時間を掛け寄せに寄せ、集めに集めた全身からのお肉が胸に一点集中した最高傑作ですわ!
「この子達は本来、胸のお肉なのです! 正しい位置はここだと教え続ければ、いずれ胸が定位置となるのです!! さぁ、迷子の迷子のお肉ちゃん! あなたのお家はここですよー!!」
と、補正師によってお腹から持ち上げ、背中から寄せ集められ、完成したのがこの胸ですわ! どこからどう見ても理想的な女性の胸。正に『盛る』とはこの事、と感動の出来栄え。
その感動の一品を今まで着ていた胸元の閉じたドレスとは違い、大胆に肩を出し胸元も大きく開いたドレスで飾り立てる。これぞ女だけが成せる芸術品。
ドレスを脱げば散ってしまう儚い女の見栄かもしれないけど、私にとっては戦の為の鎧と同等。
これを見て、まだ男の胸、などと言う方がいらっしゃるならお会いしてみたいものですわね。
ねぇ、アロイス様。