清々した気分半分、憂鬱な気分半分
「神官からアンヌ嬢が離縁を望んでいる、という話も聞いたが……」
「はい……お義父様にもお義母様にも、実の娘の様に良くして頂いていたのに申し訳無いのですが……。あの日、アロイス様は私の言葉を聞こうとして下さらず、あまつさえ夜着一枚で私は深夜の外へと投げ捨てられました。運が悪ければ、私は悪漢に襲われ死んでいたかもしれません。そんな、私の命すら鑑みて下さらないアロイス様と夫婦でい続ける事は私には出来ません」
「本当に、あいつは何て事を……さぞかし恐ろしかった事だろう、すまなかった。アンヌ嬢の訴えは当然で尤もだ。アロイスから強引なまでに求婚しておいて、結婚した当日にこの様な仕打ち。離縁を望まれても仕方のない事だと理解している。アンヌ嬢の気の済むようにしてくれて構わないし、こちらが全面的に悪いのだから慰謝料も提示された額で支払わせて貰う」
「ありがとうございます」
「こちらの有責だ。礼なんて言わないでくれ」
この僅かな話し合いの間でお義父様は一気に歳を取ったかの様に疲れ切っていて、凄く責任を感じて下さっているご様子だった。だけど、一番責任を感じて欲しいアロイス様はどうなのかしら?
「アングラード侯爵の誠意は分かった。だが、アロイス殿は離縁につてどう考えているのだろうか? 婚姻の取り消しを教会に願い出る位だ、離縁は望む所だと思うのだが、こちらからどれだけ手紙を送ってもなしの礫で何がしたいのかサッパリ分からん」
「それは……」
お父様の言葉にお義父様が言い淀み、それからどこか諦めの表情で「重ね重ね、お恥ずかしい話なんだが……」と続けた。
「実は、あいつは手紙を一通も読んでいなかった」
「はい!? 一通も!? 私からもお父様からも何通も送っていたのですよ!?」
ただ、返事を返さないだけで無く、まさか、読んですらいなかったなんて……どういうつもりで。
「どうせ言い訳と復縁を懇願する内容なのだから読む価値が無いと……。アンヌ嬢が離縁を口にしているのも自分の気を引きたいが為に言っているだけで、反応して会おうものならコルベール子爵家総出で引き止めに来るのが目に見えていると……本当に! 本当に申し訳ない!! 前々から思い込みが激しい傾向はあったのだが、まさかここまでとは……何を言っても自分の主張を曲げんのだ」
「そう、ですか……」
一体、アロイス様の中の私という人物は、どんな人間だと思われているのかしら。確実に言える事は、その人間は私では無いという事ね。
お義父様の言う様に、確かにアロイス様は思い込みが激しい方だった。だけど、そんな所も最初は他人の意見に振り回されない、自分という物をしっかり持っている方なんだと思っていた。他人の意見に振り回されないのじゃ無く、意見を聞かない、の間違いだった訳だけど。
「きっと、アロイス様が私を愛している、と、好意を抱いたのも思い込みだったのね」
本当に、心から私を愛していた訳では無かったのよ。
「アンヌ……」
心配げなお母様に手を握られ、私はお母様を安心させようと微笑み返したつもりだけど、上手に笑えたかは分からない。
一度は愛して、結婚までした人のあまりな本質に虚しさが広がる。
「アロイス様がどの様に思われようと、私は離縁を求めます。アロイス様が話し合いすら拒否されるなら、それでも構いません。ですが、離縁だけはお互いの為にもすべきだとお伝え願えますか?」
「分かった。必ず伝えよう」
「それと……こちらに、離縁の書類がございます。あとは、アロイス様のサインさえあれば提出出来る状態です」
予め、いつでも提出できるよう用意していた書類を取り出すと、お義父様はしっかりと受け取り、書類の内容とサインを確認して大きく頷かれた。
「あの馬鹿がどう言おうが必ずサインさせると約束しよう。これ以上、アンヌ嬢とコルベール子爵に迷惑を掛ける訳にはいかん。殴り倒してでもサインさせる。それと、アンヌ嬢に一生消えぬ傷をつけてしまった事を心から謝罪する。愚息が、本当にすまなかった。」
「宜しく、お願いいたします。アングラード侯爵」
そして、アングラード侯爵との話し合いをした五日後、私とアロイス様の離縁が無事受理された。
こうして私の結婚は、たったの半月程度で終わってしまった。今や私は出戻り令嬢。清々した気分半分、憂鬱な気分半分ってところかしら。
十八歳という、婚期真っただ中でのバツイチという重い傷を負ってしまった私に、新たな結婚相手が見つかるとも思えない。けど、あのままアロイス様と一緒にいるよりも何百倍もマシな事だけは確かだわ。