歪んだ欲望と、我慢した先の愛
「愛してる、レティシア。ルナは仕事仲間なんだよ、浮気じゃない。それはわかってくれるよね」
「はい」
「じゃあ、離婚だなんて馬鹿な話は終わりだ。大体、僕のお金がなければ生きていけないだろう?」
「…」
「もう、悪い冗談はやめておくれよ」
出て行こうとするその背中を呼び止めようかとも思ったけど、やめた。
夫は何か勘違いしているようだけど、夫の妻として私もある程度の人脈はある。そして…これは威張れないけれど、夫からの月々のお小遣いのおかげなんだけど…投資で得た多額の貯金もある。いや、これに関しては本当に夫のおかげだと感謝はしてるんだけど。
だからまあ、彼の寵愛は私のものだなんて調子に乗っているあの女を許せと言われると…うーん、とは思う。けど…でも…やっぱり納得いかなくて離婚してくれとつい口走っていた。
けれど、彼は浮気じゃない、離婚しないという。いやまあ…うん…。体の関係がないのは、ちょっと色々調べて知ってるけど…あの女が寵愛を得たと言い振り回しているのを放置するのはどうかと思うんだけど…。
彼との間には幼い子どもが、五人いる。離婚だなんて縁起でもない。でもあの女は本当にどうにかして欲しい…と、思っていたけれど。
「…なんか、まあ、いいか」
なんでだろう。急にどうでもよくなった。まあ、正妻は私だし、跡取りもいるし、いざとなったら個人資産もあるし…。好きにさせとこ。
その代わり私も好きにしよーっと。
子供達を可愛がり、夫に尽くし、あの女を適当にスルーし、夫関係の人間関係も良好に保ち。けれどたまに、息抜きに実家に帰ることにさせてもらった。目くじらを立てられない範囲で。夫やその両親、子供達も優しく送り出してくれる。
…なので、ちょっとの罪悪感。
けれど実家に帰ると、そんなことはどうでも良くなるの。
「おかえり、レティシア」
「ただいまー。…ということで、早速ちょっと養老院に出かけてくるわ」
「実家に帰ってきたときくらいゆっくりしたらいいのに」
「いいの!いってきまーす!」
私は養老院に行く。そして…お爺ちゃんお婆ちゃん達に、甘えまくる。
私の悪癖というか、歪んだ性癖。…性別関係なく、老いた人が好き。たまらなく興奮する。自分でもやばいのは自覚しているので、結婚してからは養老院に近寄らなくなった。
でも、あの女のストレスで我慢できなくなった。というか我慢をやめた。…結果、私は幸せだ。
もちろん、誰かに万が一バレたらやばいのは自覚しているので商売もやっている夫の領地では滅多なことはできない。養老院には近づかない。
でも、実家の養老院なら…チップのつもりで多額の支援金も貯金から払ってるし…別にイケナイコトしてるわけじゃなくて甘えて勝手に興奮してるだけだし…。
「…はぁ、幸せ」
誰も不幸にならないのだから、別にいいよね…?
「…ルナが私の寵愛を得たと言い振り回してると聞いたんだが」
「…あ、今更ですか」
「本当に申し訳なかった…君が疑うのも仕方がない。ただ、彼女は本当に優秀で商売をするには必要な人材なんだ。だから…」
「あ、大丈夫です。もう吹っ切れたので」
「え」
夫は信じられないものを見る目で私を見る。
「むしろ今は、避妊さえしていただければお好きにどうぞと思ってます」
「え、レティシア、僕は」
「今まで通り。何も変わらないですよ」
私は夫を安心させようと微笑む。夫のことは、パートナーとしては愛してる。ただ、私はお爺ちゃんお婆ちゃんが好き。そんな歪んだ私を隠して、夫を支える良き妻でいる私の方がきっと悪者だ。だから、夫も好きにしていい。
一度は、夫だけをちゃんと愛そうと、向き合おうとした。でも、あの女のせいでダメだった。我慢をやめてしまった。いや、正確にはあの女を言い訳にして欲望に流されたのだ。
もう私は、良い妻の仮面を被った悪者なのだ。だから、夫もきちんと隠してくれるなら。良い夫の仮面を被れるのなら、好きにしていいのだ。
そう思って、良かれと思って言ったつもりだったのだけど、やっぱり私は人とズレているのだと思う。
夫は顔色を青くして、土下座してきた。
「本当に愛しているのはレティシアだけなんだ!頼むから誤解しないでくれ!この通りだ!」
「え、あの」
「愛してる!ルナのことはどうしても切れないけど、なんだったら僕に貞操帯をつけてもいい!」
「ええ!?」
「ルナにも変なことは言わないようにきちんと忠告する!だから頼む、もう一度だけ信用してくれ!」
いや、貴方を裏切っているのは私の方なんですけど…。いや、誰かと肉体関係とかはないけど…。
「わ、わかりました」
「え」
「貴方をもう一度…愛してみます」
「レティシア!愛してる!」
…今度こそちゃんと、養老院に甘えに行くのを禁止しよう。
あれ以降あの女は、勝ち誇った顔で変なことを言わなくなった。ちょっと嫌な目でこっちみてくるけど、それはスルー。幸い子供達には近づかないし。
あの女という免罪符を失って、夫の熱意に押されてもうやめようと養老院に行くのを自らに禁止した私。現在夫だけを見つめている。
子供達は私のような歪んだ方向に進む気配もなく、優秀で賢く、優しく良い子に育っている。
たまに無性に養老院が恋しくなるけど、我慢。夫だけを愛するのだと自分に言い聞かせる。
欲望のままに振る舞えないのは辛いが、夫だけを見つめるというのはこれはこれで実は精神的には案外と満たされたりもする。性的には辛いけど。
「レティシア、本当に愛してる」
「ふふ、ありがとうございます。…大好きです」
歪んだ自分は死んでも隠し通す。この幸せをちゃんと守り抜こうと、改めて心に誓う日々。




