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04


 アマレットが泣いている。ベッドに積み上げたクッションを背もたれに、どうにか起こした上半身で泣き崩れるアマレットを抱きしめる美丈夫。黒にも見える深い緑の髪の男は、先程まで眠っていたヴァルト・イーリス司教その人だった。

 


 ヴァルトの目が覚めたという一報に、応接間からヴァルトの私室へ。医師に支えられながら上体をどうにか起こしたヴァルトを見て、扉の前でアマレットは泣き崩れてしまった。きっと、想い人が自分を庇ってずっと目を覚さない状況に、心が限界だったのだろう。泣くアマレットを見てオロオロとする教皇はさておき、ルルベルはそっとアマレットを抱き起こすと、そのまま半ば抱える形でヴァルトの元へ運んだ。


「初めまして。パーティーメンバーの黒魔導師、ルルベル・シーリアです。体調はいかがです?」

「貴方が解呪を…。ヴァルト・イーリス、司教の職を頂いています。…ああ、彼女をこちらへ」

「はい、どーぞ。…ほら、アマレット様」


 ボロボロと涙を流し続けるアマレットを、ヴァルトが仕方なさそうに目を細めて微笑む。体力の落ちた腕で、どうにかアマレットの手を握ると、ありがとうと微笑んだ。その笑顔に、アマレットはまた泣き崩れた。

 泣き崩れたアマレットを抱えるように、髪を指先で梳いてやるヴァルトの表情に、ルルベルはあらあらと頬を緩める。これはどう見ても両想いである。若い二人に幸あれ! とルルベルは胸の内でフラワーシャワーを投げるような心持ちだった。呪いが自分に降りかかるかもしれない状況で、それでも果敢に解呪しようと魔力を放ったアマレットだ。少し接しただけで分かるその献身に、報われてほしいと思うのが外野の性である。



「さて、ヴァルト様。呪いを受けた際のお話を伺っても?」


 呪いについての情報のすり合わせは、ルルベルが主導することになった。話をするのに役職で呼ぶのは長ったらしいからと、ヴァルト自身に乞われたためファーストネームで呼ぶ。ぽっと出の自分が呼んではアマレットが気にするのでは…と一瞬ルルベルは気に病んだが、他ならぬアマレットがルルベルを恩人と、お姉様と呼び始めてしまったので深く考えるのを放棄した。


「啓示を受けた後…大聖堂から出た瞬間に、邪悪な魔力を感じて。それがまっすぐにアミィ…聖女アマレットに向かっていったから、矛先を無理やり入れ替えました。あとは必死で、気付いたら今ですね」

「…なるほど?」


 アミィ、とアマレットを愛称で呼ぶくらいには二人の距離感は近いらしい。ルルベルはどうでも良いことに気を取られつつ、ヴァルトの嘘に眉を上げた。


「ヴァルト様は黒魔法の心得がおありですね? どこで研鑽を?」

「…心得なんて程じゃ。ちょっとかじった程度で」

「…ふうん」


 にこり、完璧な笑みを浮かべてこちらに相対するヴァルトは嘘をついている。ルルベルはそれにつまらなそうに返事をした。何せルルベルには、その程度の隠し事は些事だったので。

 ヴァルトも本当に隠したいことのためにこれくらいは認めてしまえばよかっただろうに、とこれ見よがしにルルベルはため息を吐いた。



「───貴方、死ぬつもりで呪いを受けたでしょう」

 


 ヴァルトの黒魔法の練度はどうでもいいけれど、と前置きして、ルルベルは告げる。瞬間、部屋に水を打ったような沈黙が訪れた。


「あの呪いは黒魔法だけじゃない、白魔法も組み込まれた複雑なものかつ致死性の高い呪い。下手な解呪をすれば、割りを食って共倒れするタイプのいやらしいやつ。…貴方は肉体から魂を切り離して、呪いと心中しようとしていた」

「…呪いと心中だなんて、」


「胸の上に浮かんだ魂を見てるので言い訳無用です。瘴気が魂に引っ付こうとするのは当然。だけれど癒着までしていたってなったら話は別。呪いを、確実に自分一人で終わらせるために。貴方、魂が肉体から完全に分断された時、呪いを食い殺そうとしましたね。…捨て身のカウンター技」


 解呪する時に、解呪しようとした魔導師が呪いを食らうのはよくある話。それで共倒れになるケースは少なくない。手練れの魔導師ですら、呪いの残滓からは逃れられないケースが殆どだ。

 呪いを、誰にも肩代わりさせることなく解呪する方法。元は王族に呪いが向けられた際に、被害を最小限にするために考案された魔法だという。呪いが一人を呪い殺して、それで終わり…で済めばいいが、モノによっては次々と伝染病のように広がるものもある。受けた呪いと、心中する魔法。白魔法とも黒魔法とも呼べないそれは、王族の警護をする魔導師全員が教わる魔法だ。


 

 ―――ひとつ、自分の魂を肉体と引き剥がすこと。これは時間がかかる。急に引き剥がせばその瞬間に肉体は死ぬし、呪いも広がる。だから時間をかけて、指先から引き剥がしてくように、そっと。

 ふたつ、呪いを自分に引き寄せること。死にかけた肉体では、呪いが回る方が早い。魂のみで呪いに抵抗しながら、けれど呪いを逃さずに絡めとる。

 みっつ、魂と呪いが混ざり合った時───呪いを食い破って、自分の魂を代価に浄化せよ。

 


 三本の指を順に伸ばしながら、ルルベルは澱みなく諳んじた。


「王族の警護に関わる魔導師は全員これを習うけれど、全員がこれを使えるわけじゃあない。白魔法と黒魔法。多少でいいから、両方に適正があることが絶対条件。適性がある魔導師も否応なしに教えられる。だって呪いを絡めとるのは黒魔法で、浄化するのは白魔法だから。…だから確認しただけで、貴方が黒魔法をどのくらい使えるかは些事です」


「…君は、」

「ああ、白魔導師にジョブチェンジするところで喚ばれました。対処方法についてはうちの上司との合作です。初めて試したけど、上手くいってよかった」


 にこり。ヴァルトが浮かべていた以上に綺麗に整えた笑みを浮かべるルルベルに、ヴァルトはハッと息だけで笑って目を閉じた。自嘲するようなそれは、ルルベルの言葉を肯定しているも同義だった。


「気配だけでこれはどうにもならない呪いだと分かった。守れる可能性があるならば、それに縋るべきだろう?」


 ヴァルトの整えられていた口調が少し砕ける。一秒を争う中、最善策と思える手段を選んだ矜恃だろう、こちらを睨みつけるヴァルトの視線をルルベルは当然のものとして受け入れた。実際、ルルベルはその場にいた訳では無い。もっといい手段があったはずだなんていうのは決まって外野で、けれどもそれを言い出していいのは当事者だけのはずだ。軽く肩を竦めて、敵意はないことを示す。


「まあ、あの呪いを見たらそれしかないだろうなって思いますよ。思います、けど。貴方に身代わりに死なれたまま魔王討伐に出なきゃいけなかったかもしれないアマレット様の事も考えてあげてください」


 貴方、謝りました? ルルベルの場違いにも思える問いに、ヴァルトは纏っていたピリピリとした空気を軟化させる。謝る、とは。きょとんとして見せるヴァルトに、ルルベルは溜め息を零した。

 話の途中から、カタカタと震えていたアマレットを指し示す。


「アマレット様に。心配かけたことを、謝ってあげて」


 あ…と、ヴァルトの口から吐息にも似た声が漏れる。それにもう一度溜め息を吐いて、ルルベルはそそくさと部屋を後にした。室内からは何やら言い合うアマレットの涙声とヴァルトの謝罪が聞こえ始めたが全て無視する。馬に蹴られたくはない。


 廊下の壁に背中を預けだらけていると、ルルベルから遅れてやや遅れて教皇が痴話喧嘩の間をすり抜けてくる。顔を見合せて小さく笑い合った。


「恐らくですが、ヴァルト様が受けられたのは魔族が得意とする呪いだと思われます。過去の王族への襲撃事件の資料に似た呪いの記述があったはずです」

「そうか…警護体制と結界を見直そう。情報に感謝する、シーリア令嬢」

「仕事ですので」


 仕事の一環なので、教皇の「まさかヴァルトが呪いと死ぬ覚悟までするとは…」という呟きは聞かなかったことにする。聞かぬが花である。居住まいを正していて聞こえなかったのだ、きっと。


「王城に掛けられてる結界の廉価版なら私でもどうにかなるので仰ってくださいね」

「有難い…」


 ルルベルを拝みかねない勢いの教皇に、再三仕事だからと言い含める。耳をすませば、痴話喧嘩はまだ続いているらしい。この場を離れる訳にも行かず、ルルベル達は暇を持て余すことになった。


「アマレット様とヴァルト様は仲がよろしいんですね」

「ああ…アマレットが聖女になったのは一重にヴァルトのお陰だ。ヴァルトがアマレットを支え続けたからこそ、あの子は聖女になった。……だからこそ、怒っておるのだろう」

「…なるほど」


 遠くを見つめるような教皇の表情に、これ以上聞くのは野暮そうだとルルベルは納得したふりをする。

 

 アマレットが聖女になったのは、ヴァルトの支えあってこそということは、どうやら二人は長い仲らしい。付き合いが長く、しかも聖女になるだけのきっかけにもなる相手。恋をしていなくても唯一無二の相手だろう。改めて救えてよかったと、ルルベルはほっとしていた。

 

 庇われたことが嬉しくて、恩も感じるのに、捨て身のそれは喜べないと素直に泣き詰めるアマレットの真っ直ぐさ。同世代のはずだが、どうにも眩しいなとルルベルは目を細めた。

 だってルルベルは誰にも守ってもらえなかった。気付いたらいつも誰かを守る側だった。誰かを守れるだけの強さを欲したことはない。ただ明日を生き抜くために力が必要だっただけで、がむしゃらになっていたら、並の男より強くなってしまった。単なる結果論である。結果論なだけなのに、どうせ俺より強いくせにと吐き捨てられる切なさは、きっとアマレットには無縁のものだろう。

 

 妬んでも羨んでも、手に入らないものをごねているだけ無駄だ。ルルベルは頭を振って取り留めもない思考を止める。気持ちを切り替え、教皇と結界について論じながら二人を待つことにした。

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