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03


「魔王の呪い、かあ…」

「はい…」


 グズグズと鼻を鳴らして泣くアマレットを、室内にあったソファーに座らせて、ルルベルはどうにか事の仔細を聞き出すことに成功した。勿論、その間アマレットに念の為呪い避けをかけておくことも忘れない。ルルベル自身は瘴気への耐性がそこそこあることから、この空間も特に不都合がなかった。


「えーと、要約すると…啓示を嗅ぎつけた魔王が、アマレット様に飛ばした呪いを、イーリス司教が弾こうとして被弾した…で、合ってます?」

「合っています…」


 私のせいで…! と大粒の涙を流すアマレットを見て、ルルベルは察した。アマレットの表情は恋する乙女のそれだ。

 自分でも婚約してくれそうな相手を探していく中で、一番怖いのが同性の敵だと、ルルベルは誰かに想われている相手を避けて相手探しをする癖がついている。つまるところ、同性の想い人が誰か察するスキルが異様に高い。ほぼ百発百中なので、女性魔導師だけの飲み会ではいいネタになっていた。

 恋する乙女なアマレットを目にして、ルルベルはうーん、と唸る。ぎゅ、と視神経に魔力を集めて、瘴気の出どころを探る。胸元にもやがかった何かが見えて、ルルベルはそっとヴァルトに近付いた。


「───…マジか」


 あちゃーと頭を一瞬抱えて、すぐにアマレットのいるソファーに戻る。アマレットの足元に片膝をつき、涙に濡れた震える手をそっと握りしめる。


「アマレット様、今って魔力満タンですか?」

「え…は、はい。朝の祈りのあとは特に何もなかったので…」

「よし。じゃあ、これから私の言う通りにしてください」

「え…?」


 きょとん、と状況の読めていないアマレットの様子はスルーして、ルルベルはアマレットをヴァルトの枕元に誘導する。そして、胸元の瘴気の塊を指差した。


「あれが呪いの核。イーリス司教の魂に癒着している部分を引き剥がすので、アマレット様はその開いた隙間に魔力を楔みたいに打ち込んでください」

「え…な、何を、」

「解呪します」

「で、できるのですか!? ヴァルト様を救えるの!?」


「できる。今は私を信じて」


 大聖堂の魔導師が寄ってたかって解呪にあたったが解けなかった呪い。ごく自然に対処策を述べるルルベルを、アマレットは信じられないと目を見開いた。疑心暗鬼から漏れ出た責めるような声音にも動じず、ルルベルはアマレットの両手をしっかりと握って、力強く頷いて見せた。


「説明は解呪の後でします。だから、イーリス司教を助けましょ」


 ふわ、と微笑むルルベルの表情は、瘴気の溜まった空間には不釣り合いなものだった。けれど、その笑みの柔らかさに、アマレットはどこか強張っていた肩の力が抜けるのを感じていた。アマレットから強張りが取れたのを感じ取ってか、ルルベルは一つ頷いてヴァルトの胸元に手を向ける。


「…赤い花、白い月、幽幻の夜の写し絵よ、一陣の風を我が手に」


 伸ばした腕の先、ヴァルトに向けたルルベルの手のひらから光が渦巻きながらうまれる。瞬間、それがヴァルトの胸元の瘴気の塊に勢いよくぶつかり───室内に瘴気が弾けた泡のように飛び散った。


「っきゃあ…!」

「瘴気除け掛けてあるから大丈夫! アマレット様、やって!!」


 弾けた瘴気が降りかかる。思わず身をかがめかけたアマレットに、ルルベルの鋭い声がかかる。手のひらはヴァルトに向けたまま。アマレットを庇うように立ちながら、肩越しにアマレットを見やるルルベルの眼差しは鋭い。けれどそれは、まるで鼓舞するような視線だった。

 アマレットはハッとしてすぐに体内中の魔力を指先に集中させる。楔のように打ち込めとルルベルには言われた。それ以上の説明はなかったが、聖魔法を使うというより、魔力で叩くのだとアマレットは理解していた。そしてそれは合っていたらしく、ルルベルはニィと満足げに微笑む。


「瘴気と別に白い光があるでしょう? あの二つの隙間に魔力を放って、瘴気を吹き飛ばすの。癒着してる部分は剥がしたから大丈夫、あとは力で殴ればいける!」

「わかりました!」

 

 ルルベルが耳元に落とす説明に頷きながら、アマレットは指先の照準を合わせる。瘴気と、あの光を離してやれば良いらしい。ルルベルの魔法で瘴気は光から引き剥がされているが、諦め悪くまた光に瘴気が迫る。それが何故だか分からないが無性に、純粋に嫌だと、アマレットは強く思った。その思いのまま、思い切り魔力を打ち込む。


 魔法とはけっして呼べない原始的な、けれど火力のあるそれは、瘴気と吹き飛ばすと同時、室内を真っ白に染め上げた。


「っうわ…!」

「きゃ…!」


 衝撃波に襲われて倒れそうになったアマレットを、細い腕がしっかりと抱きしめる。自分より少しだけ高い身長の、やわらかい体温に守られて、アマレットはただ室内に静寂が訪れるのを待った。



「…うん、もう目を開けて大丈夫」


「あ…ありがとう、ございます」

「いーえ。…解けたみたいね」

「っヴァルト様!」


 ぽん、と頭を撫でられて耐えるために閉じていた目を開けば、アマレットの視界に広がったのはルルベルの柔らかい笑みだった。衝撃波に備えられなかったアマレットを抱き締めて守ってくれていたらしい。照れながら礼を告げれば、ルルベルは何てことないようにヴァルトの方を指差した。


 慌てて駆け寄ったヴァルトからは、確かに瘴気が消えていた。


「…よかった…!」


 呪いが解けたとて、すぐに意識が戻るわけではない。未だ意識を失っているヴァルトだが、瘴気に蝕まれていたときは白かった頬に少しばかり赤みが戻っているのに気づいてアマレットは耐えきれず泣き崩れた。温もりを取り戻したヴァルトの手を握って、ベッドサイドに座り込む。


「うん、呪いの残滓もなさそうね。あとは浄化魔法を念の為かけたら、本人が起きるのを待つだけ」


 やっとくか。とルルベルは一つ頷いて、簡単な浄化魔法をヴァルト、それから瘴気が溜まっていた室内にかけていく。それをアマレットはぼんやりと眺めながら、素朴な疑問を口にした。


「…浄化魔法は、白魔法では…? 何故、ルルベル様が…」

「ん? あー実は神の啓示を受けた時、白魔導師にジョブチェンジしようとしてて。だから使えます」

「え…?」


 普通、ジョブチェンジはしれっとできるものではない。しかも白魔法と黒魔法は系統が異なり過ぎて、両方を使える者はほんの一握りだと言われている。けろりとした様子で言ってのけたルルベルは、解呪をしたというのに飄々としている。確かに吹き飛ばしたのはアマレットだが、引き剥がすのにもかなりの力がいるはず。アマレットは信じられない者を見てしまったと、驚愕に目を見開いた。



「ヴァルト卿!!」


 不意に、ドタバタと忙しない複数の足音が聞こえ、扉が勢いよく開け放たれる。


「まさか呪いが!?」

「ヴァルト様はご無事か!?」


 言い合いながら室内に転がり込んだ聖騎士たちが目にしたのは、瘴気がすっかり晴れた室内と、ヴァルトに泣きつく聖女、それから浄化魔法を室内のあちこちに掛けている桃色の髪の見慣れない魔導師だった。


「何者だ!!」

「ルルベル・シーリア。喚ばれた魔導師です」

「ッみな、ルルベル様へ失礼のないように! この方は恩人です!!」


 見知らぬ者に敵意を向けるのは当然。それも呪いを受けて動けなくなっている要人の近くならば尚の事。自分に警戒が向くのは致し方ない、とルルベルは悟りの境地で名乗り、両手を上げて敵意がないことを示した。同時に、アマレットが鋭く聖騎士たちを制する。咄嗟にルルベルに向けていた切先を下ろす聖騎士たちを見て、人徳だなあとルルベルは明後日の方向に思考を飛ばした。




「…本当に、ありがとうございますルルベル様…!!」

「儂からも礼を言わせてほしい。彼を救ってくれたこと、礼を言う。誠にありがたい」

「いえいえ、呪いは黒魔導師の専売特許ですから」


 意識が戻らないとはいえ医師の診察が必要だと言うことで、ヴァルトのもとに医師が呼ばれた。それと入れ替わるように、アマレットとルルベルはヴァルトの室内を出る。


 そこに駆け込んできた助祭に連れられ、今ルルベル達は大聖堂でも一番華やかな応接室にいた。ルルベルの向かいにはアマレット、それから大聖堂のトップである教皇。ふたりの後ろには数人の聖騎士が並んで立っている。

 医師を呼びに行ったのと別の聖騎士が教皇にヴァルトが解呪されたことが伝えられていたらしい。助祭からも涙ながらに礼を言われ辿りついたこの部屋でも、ルルベルは方々から礼を言われていた。


「…ひとつ伺いますが、イーリス司教は黒魔法も扱える方?」

「あ、はい…ご本人からはかじった程度だと…」

「なるほど。程度はわからないですが、イーリス司教だったから呪いに耐えられたんでしょうね」


 礼を言われるのに飽きたルルベルは、気になっていたことを問う。何故そんなことを、と顔に書いた状態で、アマレットが躊躇いがちに答える。それにルルベルは得心して頷いた。


「…と、言うと?」

「あの呪い自体、白魔法の系統も組んでいたかなり厄介なものでした。イーリス司教は黒魔法も多少用いて、あの呪いに侵食されるのを防いでいらっしゃたようです」

「そんなことが…」

「やろうと思えばできる」


 常人なら耐えられない、と続けられたルルベルの言葉に、教皇が深くシワの刻まれた顔を驚愕に強張らせる。


「あと数日遅かったら、多分救えませんでした。すぐに教えてくださってありがとうございました、アマレット様」

「…え、」

「…呪いの詳細について、分かったことを教えてもらえんだろうか」

「それは勿論そのつもりです。…ただ、イーリス司教からの聞き取りと合わせちゃったほうが良いのではと思いますけどいかがです?」

「…そうだな」


 ルルベルがさらりと口にした残酷な現実に、「やろうと思えば」というルルベルの言葉から教皇は察していたのだろう。強張った表情から一変、脱力するように溜め息が漏れる。アマレットは逆に、一歩遅ければヴァルトを救えなかったかもしれないという現実を受け入れられないのだろう。目を見開いたまま固まっている。室内の聖騎士たちも、やはり…と納得する者と、信じたくないとざわつく者が入り乱れた。


「またあくまでも、呪いについて分かったこと…といっても推察の域は出ませんのでご容赦を。私がやったのは正規の解呪じゃないですし」


 それでいい、と頷く教皇に、ルルベルもようやっと小さく息を吐いた。正規ではない、の言葉にさらにざわつく室内に、ちゃんと解呪はされているから安心してほしいと再度説明を重ねる。


「…失礼致します、教皇様。ヴァルト様がお目覚めになられました」


 不意に、ざわつき続ける室内に、そっとノックが響く。静かに入室してきた医師が告げた言葉に、室内はざわつきどころか歓声に沸いた。

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