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02

 プラチナブロンドの髪を結い上げた、華奢な少女。儚げな美少女だなあ、と思いながらルルベルは向かいに座る彼女をちらりと見遣る。アマレット・リリス、魔王討伐の要となる聖女その人と、ルルベルは大聖堂の中庭で無言のティータイムと洒落こんでいた。

 ヒースクリフとジョアンがダンジョンへとんぼ返りしてから半日、ルルベルの見込み通り彼らが帰ってくる気配はない。



 何故ルルベルとアマレットは二人きりで盛り上がらない茶会と洒落込んでいるか。全ては到着と同時にルルベルが放り込まれたダンジョンが原因だった。ダンジョンで討伐した魔物の一覧を助祭に提出したルルベルの元に、アマレットが息を乱して駆け込んできたのである。開口一番、初対面の美少女によく通る澄んだ声音で、申し訳ございませんでした! と平伏さんばかりの勢いで謝られてみてほしい。ルルベルはあの瞬間、ちょっと寿命が縮んだ。


「黒魔導師として名高い、ルルベル・シーリア様とお見受けいたします。わたくし、聖女アマレットと申します。魔王討伐のパーティーに参加いただくルルベル様に大変な失礼を…! 大聖堂の一員として、大変恥ずかしく…本当に申し訳ございません…!!」

「えっと…アマレット様、お顔を上げてください。何か行き違いがあったのですね?」

「申し訳ございません…!」

 

「いや、あの…ッ何も気にしてないからとりあえず顔を上げていただいても!?」


 

 大聖堂の正面ホールで、何事かとこちらを見遣る視線に晒されたルルベルの必死の叫び。それにとりあえず場所を移しましょう…といって用意されたのがこの茶会だ。アマレットは未だ、肩身狭そうにしゅんとして俯いている。なんというか、庇護欲がそそられる少女だ。同性ながらキュンとしてしまう、なんてルルベルの思考は明後日を向いている。


 大聖堂にいるのは、基本聖職者たちだ。聖女なぞ、崇拝の対象に近い。しかも守ってあげたくなる儚げ美少女という特典付き。そんな少女が、よく知らないキツめの面立ちの女に、半泣きになりながら必死に謝罪をしていたらどうなるか。

 ───ルルベルは、なんだコイツという数多の視線に射抜かれて生きた心地がしなかった。聖女様は慕われているんだなあ、なんて現実逃避してしまう。



「えーっと、ではアマレット様は言葉通りに私たちを歓迎するように司祭に伝えたはずが、私たちの実力を懸念した司祭の独断と過大解釈によってダンジョンに送られたと。そういうことですね?」

「はい…信じていただけないかもしれませんが…」


 いやまあ、アマレットの必死の謝罪がなかったらルルベルも信じる気にはならなかった。なんならルルベル自身、ダンジョン内で聖女の指示か? と、殺気だったくらいではある。だが、恥も外聞も投げ打って、髪を振り乱して息も荒く駆け込んできたアマレットは、見るからに焦っていた。それが演技の可能性も、否めない。だが。


「信じますよ」

「え…」


 こともなげに信じる、とサラリと口にしたルルベルを、アマレットが信じられないものを見る顔をする。

 パーティーが瓦解した場合、一番に損を被るのはアマレットだ。聖女には浄化の力はあれど、戦闘力はほぼないという。魔王討伐にあたり、聖女だけでは魔王の元まで辿り着けない。だからこその、パーティーだ。自分の力をひけらかすためだけに、ゆくゆくの自分の命を危険に晒すような真似をするか? そんなことをする奴は愚か者と大馬鹿者だけだとルルベルは鼻で笑う。

 

「だってこれからお互いの命を預け合うんです。信じなきゃ、やってらんないでしょ」

「ルルベル様…ありがとう、ございます」


 口の端をニィ、と吊り上げて勝気に笑うルルベルに、アマレットはほう…と息を吐いた。よほど焦っていたらしい。ルルベルに弁明する間、一度も口をつけていなかった紅茶を飲んで、ほっと肩の力を抜いている。



「あの、ヒースクリフ・カノン様と、ジョアン・ヴィリシュタフ様は…?」

「あの二人ならダンジョンにとんぼ帰りしましたよ。ほぼ私一人で初回は攻略しちゃったので」

「あら…」


 あらあら、と困ったようにアマレットは頬に手を添える。下がった眉も可愛らしい。聖女っていうのは愛される力でも持っているのだろうか、とルルベルの思考はまたしてもどこかへ行った。


 

「まあ、あの二人はもう一回ダンジョンくらい攻略してきてもまだ足りません。ぶっちゃけ弱い。英雄サマはダンジョンみたいな狭い場所での立ち回りが下手。あと視野が狭すぎ。反応速度はそれなり? 聖騎士サンはバランスは良いけど、抜きん出て強くない。詠唱速度が上がれば、実戦でもう少し活きそうな気はするけれど」



 ダンジョンに戻った二人を気にかけるアマレットに、その心配はないとルルベルは伝える。ヒースクリフは広い戦場なら活きるだろうタイプだが、ダンジョンでは大きく剣を振り回せるだけの広さはほぼないと見ていい。魔王の根城がどういった場所かは分からないが、これからの旅路に致命的な欠点であることは確かだ。

 対してジョアンは、ヒースクリフと異なりダンジョンでもそれなりに戦えていた。だがそれなりだ。結局はルルベルが前衛を務めた方が早い。狭い場所でも剣を扱え、視野もそれなり。だが詠唱に時間がかかる。聖騎士は白魔法と剣技を組み合わせる者。一番重要な白魔法の起動に時間がかかりすぎるようでは実戦では使えない。

 

「…さすがルルベル様、春告げる戦乙女」

「それめちゃくちゃ恥ずかしいから呼ばないで頂いて…」


 キラキラとした瞳で見つめられ、ルルベルは頭を抱える。


 春告げる戦乙女。桃色の悪魔と同じく、ルルベルを指す呼び名だ。悪魔と呼ばれるのは腹が立つが、戦乙女と呼ばれるのは恥ずかしい。ルルベルの複雑な乙女心である。


 そもそも、ルルベルの評価は二つに分かれている。ひとつは悪魔と呼ぶ者、これは騎士に多い。自分たちでは手も足も出なかった敵陣に、一人で猛攻を仕掛け、戦況を変えたのがルルベル。プライドが傷付けられた騎士たちが、敵味方関係なく炎で焼き尽くした───と声高に騒いだ。

 もっとも、火のないところに煙は立たない。ルルベルの炎は確かに敵味方関係なく包んだ。だが、燃やしたのは敵陣営が戦場に連れ込んだ魔物のみだ。派手で、強烈ながら、繊細な魔法。大地を舐める炎は敵を圧倒し、一気に戦況を変えた。それを目の当たりにし、ルルベルの魔法の高度さに舌を巻いた魔導師たちが呼び出したのが戦乙女である。


 嫉妬も羨望も、どちらも重たく面倒だというのが、ルルベルの持論だ。故に、どちらで呼ばれるのも好まない。死んだ目をするルルベルに、アマレットはぱちりと瞬きした。



「そういえば、パーティーは五人なんですよね? あと一人…白魔導師の方は?」

「あ…、」


 気を取り直してルルベルは問う。

 聖女、白魔導師、黒魔導師、英雄、聖騎士。神の啓示によれば、パーティーはこの五人で構成されるはずである。ダンジョンに同行しなかったということは、まだ合流していないのか。そのルルベルの当然の疑問に、アマレットは小さく息を溢し俯く。ただならぬ様子に、ルルベルは首を傾げた。


「…何か、あったので?」

「…はい」


 こくり、と力なく頷いたアマレットは、ため息をひとつ吐く。それから意を決したように顔を上げ、ルルベルの目を真正面から見つめた。


「着いてきて、いただけますか?」

「勿論」


 中庭を後にし、アマレットに連れられるまま大聖堂の奥へと向かう。

 段々と奥まったエリア―――司教や司祭の執務室のある棟を抜け、聖職者たちの生活スペースへ。さらにその棟でも上層階、つまりは高位の者の私室に連れられ、ルルベルはきょとりと首を傾げた。


「ここは?」

「…もう一人のパーティーメンバー、ヴァルト・イーリス司教様の私室です。実際に、見ていただいた方が早いので…」


 言うが早いが、アマレットは勝手知ったるといったていで扉を開ける。瞬間、ほのかに漏れだした瘴気に、ルルベルは思わず目を見開いた。


「…呪い?」

「はい。…ヴァルト様は啓示を受けられたあと…すぐに、」


 ぽろり、とアマレットの頬を涙が一粒こぼれ落ちる。ヴァルト様…と呟く様は儚げで、おそらくはアマレットにとって大切な人なのだろうとひと目でわかった。


「これは白魔法の系統も取り入れられた呪い…? うわ、複雑。啓示のあと、何があったんです? これ人間が易々とかけられるレベルじゃないでしょう」

「そ、そこまで分かるんですか?」

「え、はい。瘴気から軽く分析した限りなので、もうちょっとちゃんと見ないと分からないですけど…」


 漏れ出てきた瘴気を指先にまとわせて、軽く呪いについて探りを入れたルルベルを、アマレットが信じられないと言わんばかりに見つめる。おや、と思うものの、大聖堂には黒魔法に詳しい者はおそらく少ない。それで解呪もできなかったのだろう…とルルベルはのほほんと考えていた。



「ヴァルト様を、救ってください…!!」

「えっ!?」


 唐突にしがみついてきた半泣きのアマレットに懇願され、ルルベルは何があったと目を回した。

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