01
新連載始めました!
サクッと読める感じで書いていきたいと思います(理想)
ルルベル・シーリアが神の啓示を授かった時、最初に抱いた感想は、なんで私?という至極シンプルなものだった。聖女と共に魔王と戦えという有難くも厄介極まりないそれは、無視したくともできるものではない。黒魔導師から白魔導師へとジョブチェンジしようとしていたルルベルは、自分の火力ばかり強い魔力を一瞬恨んだ。
ルルベルは男爵令嬢だが、生家であるシーリア家は没落寸前の弱小貴族で、生活のため、幼少期から手に職を得るのがルルベルの夢だった。幸いにも魔力があったため、王宮所属の魔導師となり、昇進試験で適正ありとされた黒魔導師になったのは十三の頃。その頃はポンポンと昇進でき、その分給料が上がることに喜びを覚えていたが―――十六の時、ルルベルは重大な問題に直面した。
黒魔導師は戦争でも前線に配置される。火力の強い魔法を多用できるルルベルは言わずもがな、一度だけではあるが最前線で隣国との戦争に参加したことがある。参加した、どころの話ではない。同僚の男達の何倍もドカンドカン魔法をぶっ放した。大活躍だとその隊の指揮官からお褒めの言葉まで貰ったのは、魔導師の中でもルルベルただ一人だった。そんな活躍をした女を、好んで隣に置きたい男は、悲しいかな少ないわけで。
つまるところ、有り体にいえばモテない。
二十までにお相手が見つからなければ行き遅れといわれるこの国で、ルルベルは同じ魔導師ですら異性から一歩引いて見られるほどの実力を持っていた。
このままでは行き遅れ待ったなしだ。そう気付いたルルベルの行動は早かった。黒魔導師としての魔導師団での地位を返上して、白魔導師として一から実績を積み直すつもりでいた。なかなか首を縦に振らない上司をなだめすかすこと一年。ようやく軌道修正が叶う―――そう思った矢先の出来事で、呆然とするルルベルを上司と先輩魔導師達が今度はなだめすかして、王宮から馬車で五時間の聖都アマリリスへ送り出された。
「なぁにが聖職者はイケメン揃いだよ〜だ! そんな暇ないわよ!!」
部下が、後輩が、魔王討伐のパーティーに選ばれたなんて鼻が高いと、にこやかに送り出した上司と先輩魔導師の顔を思い出しながら、桃色の髪を振り乱してルルベルは大聖堂の一角を闊歩する。
聖都アマリリス。誇り高いという花言葉を持つアマリリスの花が街の至る所に飾られている。見所は大聖堂のみ、観光地でもなければ産業がある訳でもない街は、小さいながら整備が行き届いており、王都の次に活気があると言っても過言ではない。
この街に着いたルルベルを迎えたのは、大聖堂で結界を張り続けている聖女―――ではなく、ルルベルより先に神の啓示を授かった英雄と聖騎士だった。
先の戦争で手柄を上げ、近衛騎士に栄転したばかりだというヒースクリフ・カノン。大聖堂直下の聖騎士団で次期団長という声があるジョアン・ヴィリシュタフ。ヒースクリフは、先陣で指揮を取り、辺境伯の元で英雄と呼ばれたらしい。浅黒い肌に金の短髪とが快活そうな印象だ。対するジョアンは元々、聖騎士団で対魔族の部隊に所属しており職務の延長だという。こちらは肩ほどまでの長さの黒髪をうなじの辺りで括っており、落ち着いた印象を受ける。正反対の二人だった。
二人と顔を合わせた後、ルルベルは有無を言わさず三人だけで聖都近くのダンジョンへ放り込まれた。
「なんで私たちだけ!? 聖女様は!?」
「聖女様が来るとこのダンジョン、秒で攻略できるらしいぞ」
「は?」
「だからレベル上げて来いってことらしい」
「は〜〜〜!?」
ダンジョンに放り込んだのは司祭だが、これが聖女の指示だったら―――と思うと、ルルベルは腸が煮えくり返る思いだった。ルルベルにも、魔導師として戦場に立った矜持がある。一度も顔を合わさぬまま、お前らは力不足だと言わんばかりの大聖堂側の対応に、青筋を浮かべた満面の笑顔でキレた。
「いやもうこんなダンジョン爆速で攻略しよう。秒で抜けて放り込んだ司祭様殴ろう」
「いやいやいやここ結構難易度高いダンジョンだからね!? なんでそんな殺意高いの?」
「え? 普通に見下されてる感じして嫌じゃない?」
どうどう、となだめるジョアンをにっこりと笑顔でルルベルは一蹴する。確かに出てくる魔物は強いものの、魔法で焼き尽くしてしまえば一撃だ。剣技頼みのヒースクリフと、白魔法と剣で進むジョアンだけでは時間がかかるダンジョンだろうが、ルルベルからすれば容易い。
「焼き尽くせば良いだけでしょう? サクッと攻略して帰りましょうよ」
「えー…」
そこからのルルベルは早かった。本来前衛であるはずのヒースクリフとジョアンを後ろに下げ、先陣を切る。出てきた魔物は種類も数も一瞬の確認だけで、あとは力任せの魔法を叩きつけ、一撃で塵にする。
「…ッさすが、桃色の悪魔」
ダンジョンの最深部までサクサクと到達し、ボス格の魔物も一撃で爆破する。ルルベルの深紅の炎がチリ…と音を立てて消えるのを見つめながら、ヒースクリフが絞り出すように呟いた。
「―――あら、貴方もそれで呼ぶの?」
「騎士なら大体の奴が知ってる。桃色の悪魔、敵味方関係なく炎で燃やし尽くして自分は高みの見物だった女魔導師。お前だろ?」
こてり、と首を傾げるルルベルに、ヒースクリフが吐き捨てるように返す。無表情のルルベルから威圧感を覚えたヒースクリフの首筋には、たらりと汗が伝った。
「それ、騎士からしか呼ばれないんだけど。なんでか知ってる?」
「知るか。少なくとも火力勝負で全部燃やせなんて言う奴と、パーティーなんて組みたかねえよ」
ふうん、とルルベルは思案げな顔をしてみる。
桃色の悪魔。ルルベルの長い桃色の髪色から呼ばれるようになったものだ。そんなふうに呼ばれているのをルルベルは勿論知っている。その理由も。そう呼ぶ輩はルルベルを悪しき様に吹聴するが、ルルベルにとってはどうでもよかった。
「その言葉、そっくりそのまま返してあげる」
にこり、ルルベルは満面の笑みを浮かべた。ヘーゼル色の瞳を弓なりにしたその表情は、言葉のトゲと相反して愛らしいものだ。
「私より弱いくせに、私に背中を守ってもらおうなんて百年早いわよ」
事実は時として、どんな刃物よりも鋭利に人を傷つける。狙い済ました通りにヒースクリフのプライドを突き刺したルルベルの言葉に、ヒースクリフから殺気が溢れ出す。
「なんだと…?」
「貴方を前衛において、どれだけダンジョンを進めた? 私が前衛も後衛も全部やる方が効率的。貴方、後衛としての働きもしてないでしょ? それで大きい口叩かれてもねえ…」
「ストーーーップ!!」
ルルベルが指先にチリリ…と炎を纏わせたのを見て、それまで二人の間でオロオロとしていたジョアンが大声を張り上げる。興が削がれたように舌打ちをするヒースクリフと、対してルルベルは目を真ん丸くした。
「喧嘩はとりあえずここ抜けてから! ていうかヒースクリフ、悔しいならダンジョン攻略でちゃんと証明しろ! アンタも煽らない!!」
「っるせえな! 分かってる!!」
「あら、常識人がいたわ」
「茶化さない!!」
「はぁい」
真っ当なお叱りに、ヒースクリフはその辺の石を蹴りあげて苛立ちを顕にした。自分たちに背を向けるヒースクリフをちらりと一瞥して、ルルベルはジョアンを見遣る。
初対面から、ジョアンからはそこまでの悪感情は抱かれていないように思う。深い蒼の瞳に、嫌悪感は浮かんでいない。突っ込みを連続で入れたためか、疲労は浮かんでいたが。
「貴方は悪魔って呼ばないの?」
「…俺が悪魔と呼ぶのは本物の悪魔だけだよ」
「ふぅん、そう」
聖騎士らしい真面目な返答を寄越すジョアンに、ルルベルは興味無さそうに返す。とはいえ、リアクションとは反対に、ヒースクリフに向けたものとは違う無邪気な笑みを浮かべてはいたが。
それからさらに数時間、今度は前衛をやると言って聞かないヒースクリフを先頭にして、行きの三倍の時間をかけて三人はダンジョンを攻略した。
「…英雄って言っても大したことないのね」
思わずといったルルベルのその言葉に、治療もそこそこにヒースクリフがまたダンジョンへとんぼ返りする。さすがに一人では向かわせられないと、ジョアンもそれを追っていった。
それをルルベルは、あらあらと見送る。
「……え、私あいつらの面倒見ながら旅するの? イヤなんだけど」
倒した魔物の種類と数をリスト化しながら、ルルベルははたと我に返る。見送ってる場合じゃあなかった。彼らだけのペースならおそらく二日は帰ってこない。そこから怪我も負っているだろうから治療をして、ある程度休んでから魔王退治に出発のはずだ。神の啓示があるほどだ、猶予はあまりないはず。ルルベルの炎だけで問題なかったダンジョン攻略程度で、彼らがレベルアップする訳もない。
「えっ、あいつらを鍛えながら進まないと魔王退治なんてできないんじゃない? えっ…え?」
気付いてしまった事実に、ルルベルは頭を抱えて机につっ伏す他なかった。