1話 六代目愛川組vs道栄会~仁義なき戦い~
この物語はフィクションであり、実在の暴力団組織とは一切関係がありません。
また暴力団員が主人公ですが、決して反社会的勢力を肯定するものではなく、筆者も裏社会とは一切関係ございませんので、安心してフィクションとしてお読みいただければと思います。
俺は南部朔太郎、御年もって29歳。
職業は……ここが法廷なら間違いなく、無職であると答える。
何故なら俺の仕事は世間一般では決して認められない、裏の稼業だから。
だから逮捕されて裁判にかけられて職業を問われても、みんな無職だと答える。
━━暴力団という反社会的勢力の一員であるから。
時は令和、山口県は下関市。
俺が所属する六代目愛川組は、下関に拠点を置いて、山口県内と北九州の一部に影響力を持つ極道組織だ。
近頃は暴対法の影響で、稼業も難しくなってきている。
そこでうちの組は組長である親父っさんの方針で、近年になって経済基盤が山口よりも大きい北九州へ進出することにした。
北九州は日本でも有数の武闘派極道が蔓延る地域だ。
現在、愛川組は北九州最大勢力である道栄会と抗争中にあった。
そして俺はというと、親父っさんからある指示を受けていた。
「お嬢、用意ができました」
「ありがとう、では…………ッ」
俺が声をかけた相手は、年端もいかない若き少女。
長く麗しい黒髪を一束に、淡い青色の胴衣に紺色の袴を見に纏った少女は、そのか細くも美しい両腕を振り上げ、その手先には眩いほどによく研がれた真剣が握られていた。
ひたすら真っすぐ、殺意すら感じる目付きで巻き藁を捉える。
━━閃光が走る。
瞬く間に振り下ろされた少女の腕。
鋭く研がれた刀は、巻き藁を綺麗な斜めの断面に切り裂いた。
それを三度、繰り返す。
その間一切の隙を見せず、三段斬りを終えた少女は静かに刀を鞘に収める。
「いやぁー、お見事ですわお嬢」
あまりの気迫に、そして華麗さに、技量に、俺は感動して思わず拍手を贈った。
「お嬢の演武、いつ見ても惚れ惚れしますわ」
「ちょっと朔太郎さん、そんなに褒めたってなにも出ないよ?」
「いいんですよ、俺はお嬢をただカッコいいと思っているだけですから」
「朔太郎さん、褒めすぎだよ……まったく」
少女━━愛川真由美は気恥ずかしそうに顔を赤らめ、額に手を当てた。
彼女こそ親父っさんこと愛川譲二の愛娘であり、親父っさんと親子盃を交わした俺にとって妹のような存在であり、大切なお嬢である。
親父っさんからの指示、それはお嬢の護衛であった。
「私はそれより朔太郎さんの形、久しぶりに見たいんだけどね」
「ははは。生憎と今日は道着を持ってきていないんでね、勘弁してくださいよ」
俺の組での役目。それは主に組全体の資金管理と、組を運営する上で必要な資金稼ぎである稼業。
もともと経営学部に通う大学生だった俺は、学生課で紹介されたアルバイト先の酒場が愛川組にみかじめ料を払い、用心棒を務めていたのだったが、そんなことを知らずにバイト先で暴れた半グレを空手で倒してしまった。
当時、俺は空手二段の大学空手部員で、フルコンタクト系の流派出身で県大会で準優勝という実績の持ち主だった。
━━兄ちゃんかなり腕が立つみたいだが、どや、組に来んか?
今となっては兄貴分の男にスカウトされて、それから俺は愛川組の事務所を出入りするようになって、気づけば愛川組の事務所でアルバイトをしていた。
欠員が出たらしく、当時人手不足で経理をやれる人間を探していたらしい。
そこそこ喧嘩の腕が立ち、尚且つ大学生で頭が回る俺は結構気に入られた。
正直最初はヤクザというものに抵抗があったが、親父っさんも兄貴分たちも皆が俺によくしてくれて、いつの間にか俺は組に馴染んでいた。
いつしか俺は、愛川組にとって必要不可欠な存在になっていたらしい。
━━どや、正式に愛川組でやらんか?
━━俺でよければ、是非ともお願いしたいところです。
━━よっしゃ、盃だ。南部よ、今日からおれを親だと思っていい。
━━はい、親父っさん!!
こうして俺は極道になった。
お嬢と出会ったのもこの頃で、お嬢は若い俺にとても懐いてくれて、いつしか親父っさんもお嬢のお守を俺に任せるようになっていった。
正式に組員となった俺は新たな稼業を開拓したり、必要経費を考慮しつつ無駄を削減していき、暴対法のあおりで悪化していた組の財務状況を改善してみせた。
もちろん抗争にも参加した。
空手に加えて拳銃やドスの扱いにも慣れ、今では舎弟もついている。
こうして組では中堅となり、現在に至っている。
今は道栄会との抗争中だが、こうして俺がお嬢のお守に選ばれたのは、恐らくだけど俺がお嬢と一番仲が良くて、実力的にも申し分がなくて、所謂インテリヤクザゆえに俺の損失は組のお財布にも響くと判断されたからだろう。
だから俺は、お嬢のお守として抜擢されたのだろう。
俺としては世話になった兄貴分と、前線で一緒に戦いたかったのだが。
「しかしお嬢、どうして剣術をそこまで真剣に? 跡を継ぐ気はないんでしょ?」
「跡は継がないよ。極道なんて私イヤだし、それに組の跡取りは男じゃなきゃ継げないものでしょ?」
男女平等、ジェンダーフリーが叫ばれる現代だが、ヤクザはそのあたり前時代的な世界といえる。
元々が男社会な上、慣例的に組の跡取りは男であるとされている。
「私が剣術を磨く理由はただ一つ、強くなりたいからだよ」
「強くなりたい、ですか?」
「だってみんなドンパチやってるでしょ? 自分の身くらい、自分で守れなきゃ」
「そんな、お嬢が戦わなくても身の安全なら俺が守りますよ!!」
「そうは言っても道栄会との抗争、大変なんでしょ? 父上も、朔太郎さんも、誰も私には詳しく教えてくれないけれど」
確かに道栄会との抗争は日に日に激化している。
愛川組始まって以来の激しい戦いで、死傷者も増えつつあるのが現状だ。
「だから私は強くなりたいの。大変な時期だからこそ、朔太郎さんの手を煩わせたくないから」
俺の顔を真っすぐ見つめてるお嬢の瞳には、神々しく燃え盛る炎のようなものが見えるような気がした。
美しく、そして強い人に育ったお嬢の姿を見て、俺は目頭が熱くなった。
「お嬢……俺は感動しました!! なんと素晴らしく、ご立派に育たれたのか!!」
「ちょ、朔太郎さん? 恥ずかしいから泣かないで欲しいんだけれど……」
「お嬢の成長を感じられて、泣かずにはいられませんよ!! ううぅ……っ!!」
「ほら、涙拭いて。眼鏡も曇っちゃってるでしょ?」
お嬢は懐から、淡いピンク色の可愛らしいハンカチを取り出した。
「なんとお優しい!! お嬢!!」
「もう泣かないで!! 極道がそんなに涙もろくてどうするの!?」
お嬢に差し出されたハンカチで涙を拭う。
嗚呼、お嬢の甘美な匂いが俺の鼻腔を伝って全身に染み渡る。
まるで変態のような感想に我ながら寒気がするものの、お嬢のハンカチはとてもいい匂いだった。
「なんじゃおどれら!! うぎゃあーっ!?」
それは突然のことだった。
静寂を切り裂いた銃声が外の方から聞こえて、次に男の断末魔の叫び。
「なんだ?」
異変に気付いて道場の出入り口のほうを向いた瞬間、扉が乱暴に開けられた。
「南部の兄貴!! お嬢!! 道栄会の連中がカチコミに来やがりました!! 兄貴、早くお嬢を連れて逃げ━━がはッ!?」
俺とお嬢に緊急事態を告げに来た組員は、血飛沫をあげて凶弾に倒れた。
ここは組長宅の敷地内にある稽古場。
道栄会のヤツら、組長宅を狙って襲撃してくるとは、しかし今日は親父っさんは不在のはず。
ということは、ひょっとしてなくても標的は━━お嬢。
「お嬢!! 俺が時間を稼ぎます、すぐに逃げてください!!」
そう叫びながら俺は拳銃を抜き、出入り口に向かって構えた。
「愛川の!! 命ィ貰ったーーーッ!!」
その叫び声の後、稽古場に放り投げられたモノを見て、俺は戦慄した。
━━手榴弾。
一瞬の出来事ながら、それはスローモーションのように感じられた。
「お嬢!! 危ない!!」
「きゃあ!?」
反射的に俺は体を翻して、少々強引だったがお嬢に覆いかぶさった。
俺はきっと死ぬ。
だけど俺が盾になれば、お嬢は生き残ってくれるかもしれない。
お嬢の命、たとえこの身を犠牲にしてでも守らなくてはならない。
次の瞬間、無情にもお嬢を庇った俺の背中に、閃光が走った━━。
『今日昼頃、山口県下関市の住宅が襲撃され、複数人が死亡しました。この住宅は暴力団組長の自宅とのことで、警察が抗争事件との関連を調べています』