幽霊の部屋
1
都会から離れた場所の西洋式旅館。
その旅館に幽霊が出ると聞いてAさんが出かけて行った。
受付で質問。
A「この旅館には幽霊が出るんだって?」
初老の店主
「どうもそういう噂があります。
ここは12部屋の客室があって、13番目の部屋は物置なんです。
そこで真夜中に幽霊が現れるそうです」
A「あなたは見たことは?」
店主
「そういうのは苦手で。
夜はあの部屋には近づかないようにしています」
2
真夜中。
Aさんは13の部屋番号のドアの前に立った。
「物置なら入っても構うまい。鍵は・・・かかっていないな、では・・・」
ドアを開ける。
「電気のスイッチは・・・あれ、見つからない。豆電球スイッチも無いし。では懐中電灯で」
中は机、テーブル、椅子、ソファなど家具、日用品が雑然と詰め込まれている。
「本当に物置だ。ネズミや虫とかで物音がしたって事かな?」
Aさんは出て行った。
しばらくして。
若者の男女がやってくる。
女「本当よ、この部屋からガタガタ何か音がしていたのよ」
男「噂の幽霊か。よし、見に行こう」
懐中電灯を持って二人は13号室の中へ。
しばらくして出てくる。
男「何もなかったな、音も無かった」
女「人の気配におびえたのかも」
男「幽霊がおびえるかねぇ?」
二人がいなくなるとまた別の宿泊客が・・・。
3
翌日。
A「幽霊は、いなかったよ」
店主「そうですか。まあそれが普通でしょう」
A「そうなんだが。しかし広間にいたら物音がして。
13号室の方に行ったら他の客がいたよ、これは朝の事だけど」
店主「13号室はフリースペースですから。誰が入っても構いません」
A「幽霊ってのは客が勝手に入って、その物音がしてるだけでは?」
店主「そうかもしれませんね」
A「それは詐欺というか誇大広告なのでは?」
店主「ですから宣伝とかしていませんよ。不確かな噂でしょう?」
A「そう言われればね・・・」
Aさんは、残念がって出立していった。
4
定休日の月曜。
店主「今日は旅館は休みでして。あ、あなたでしたか?」
品の良い老人
「調子はどうかね?」
店主「順調です。そろそろみんな起きてくるはずですよ」
13号室のドアが開く。
椅子、テーブル、ソファ、箒、箪笥、人形などが、ぞろぞろ出てくる。
家具には目や手足が付いていて、移動できるようになっていた。
旅館の入口から庭に出ていく、付喪神の団体。
森から狐、狸、ムジナ、山犬、鳥、何かわからぬモノたちが、たくさん出てくる。
広い庭で、酒や食べ物を並べて騒いだり踊ったりし始める。
店主
「神社は元々は神と人をつなぐ場所だったのに
今はすっかり忘れられてしまった。
だから旅館という形で、人が来るように工夫している」
老人
「うむ。料金をもらうことで建物の維持、土地の保全も行っている。
山人のネットワークが途切れてしまったから我々が代行せざるを得ない」
店主「しかし幽霊ですが。実際に脅かしてもいいのでは?」
ぬらりひょん
「いや、彼らは遊園地のお化け屋敷感覚で来ている。
本物を見たいわけではない。ドキドキさせるだけでよかろう」
店主「そんなものですか・・・」
ぬ「そういえばなぜ西洋式旅館なんじゃ?日本式で良いのでは?」
店主
「日本旅館だと温泉が必要ですから。それが嫌で。
私も旅が好きでよく旅行するんですが、温泉で迷惑行為のトラブルが多い。
だから私の旅館では西洋式で各部屋にシャワーとバスタブをつけたんです」
ぬ「ふむ。ではこの旅館で迷惑行為をする悪人が来たら?」
店主「もちろん神隠しにあってもらいます。神域ですし、第一、私は」
人間の顔を、手で、つるりと撫でる。変わる。昆虫の顔。巨大な複眼。
「バチを当てます、ミツバチ妖怪だけに!」
ぬ「・・・・・」
手本は星新一「ひとつのドア」