彼女の過去
彼女が元居た世界、地球では西暦2350年のある時期を境に未確認生命体による人類の殺戮が始まった。理由は明確ではないが、その影響で人類が絶滅するような事が無いことから、上記の未確認生命体は狩りをして楽しんでいると考えられてきた。
その存在はいつからか邪神と呼ばれるようになった。邪神は地上の一部を配下によって無作為に襲わせるため、配下は邪使と呼ばれた。
人類の科学技術では邪神は愚か配下の邪使にも勝つ事が出来ず、長きに渡り為す術もなく蹂躙され続ける事となった。
邪神の狩りは大凡5年に一度行われ、選ばれた地の上空に空いた穴から邪使を伴って現れる。配下である邪使の数も現れる場所にも統一性はなく、現れた地で狩りを始める。狩の範囲は決まっているようで、出現地点を中心に生物を6時間に及んでゆっくりと殺し尽くす。狩場から離れることが出来れば命は助かるものの、例外として6時間で国が文字通り滅ぼされた事があるため人類は必死だった。
そんな非常識が人類の常識となった頃。邪神の配下の死骸を運良く発見した者が居た。彼の発見によりその生体構造は徹底的に調べ尽くされ、人類は邪神に対抗出来る武器:邪器を作ることに成功した。
しかしその邪器を人類が使おうとすると、使用者が負荷に耐えられず人間性を保てなくなってしまう代物だった。身体を武器に喰われてしまうのだ。
邪神に対抗出来る邪器という武器を手に入れても人類には使えない。狩りが行われるようになってはや200年。判明したのは自分たち生物の圧倒的脆弱性だけだった。
このことを切っ掛けに人類は邪神に対抗出来る人類を生み出そうとする様になった。
邪神の配下の死骸はこの頃には数体見つかっており、人体にその細胞を移植して強化を図る実験が各国で行われるようになっていた。
適性を持つ者以外は邪器を持った時と同様に形を維持出来ず身体を崩壊させていった。しかし適性のある者には特異な能力が備わり、身体能力も向上し邪使から作られた邪器も使える様になった。
特異な能力には手から炎を出せたり、目に見えない障壁を張れたり、傷を数秒で癒せたりと多種多様。
その適性者は邪使細胞の移植による強化を施され邪神と戦った。しかし所詮人類は人類。邪神は愚かその配下にすら勝つことは出来なかったのだった。細胞移植を施された被験者は僅かに生き残るも部隊は全滅。当時は絶望的な状況だった。
そして最終的に計画されたのが神頼みという化学文明に有るまじき行為だった。しかし実際に神のような邪神が存在するのなら、人類の味方をする神も存在するのではないか?という希望的観測を含みつつも人類の可能性を最大限に引き出す計画だった。
神に祈るならば巫女や聖女、神官。しかしただの人間では神を惹きつけることはできない。完璧で最高の人類を理想とし、選別配偶を軸とした長きに渡る計画が開始された。
神に近づくため、邪使細胞に対する適性を持ち、高い頭脳、高い身体能力、整った容姿による選別配偶は数世代に渡り行われた。第三世代の頃には、受精卵の時点で邪使のゲノム情報を取り込ませる事が出来るようになっていた。その頃から巫女は生まれつき特異な能力を持つようになり、仮称としての巫女では無くなっていた。
実験は狩りによって破錠しないように大陸の砂漠と南極の二箇所と、月に存在する月面都市の三箇所に分けて行われた。その内のどれかが狩られたとしても実験が頓挫することはない。
西暦2737年に第三神殿(月面都市にある巫女を誕生させ育てる施設。邪神から存在を隠す機能を持っている)の中である赤子が生まれた。母親の命を全て吸い取り、予測された数値の20倍以上の存在力を持った第八世代の巫女。
存在力とは26世紀頃に提唱された世界に対する干渉力の高さを表したもの。当時は邪使の強さを図る目的で一部の邪神マニアが使っていたが、ここでは巫女の潜在能力をある程度図るために利用している。
生まれた巫女に世界中が期待した。
ようやく人類をこの狩場から解放してくれるのではないかと。
巫女には自由は無いが、ストレスを感じないように育てられる。限られた施設内から出ることは出来ないが、それ以外なら全てが許された。
生まれた巫女は活発で世話係を中心に多くの人に愛された。特殊能力が判明したのは巫女が5歳の頃。その能力は『境』を司る能力だったため『境司る巫女』と呼ばれた。
同系統の能力を持つ第一世代の『障壁の巫女』はせいぜい、投げられたボーリングの玉を目の前に1メートル四方の障壁を出して止められる程度だった。
同じく同系統の第五世代、『結界の聖女』は第一神殿が邪使に襲われた時、邪使の攻撃を十数回止める事が出来る結界を張れた。
しかし『境司る巫女』の能力は常軌を逸逸しており、物理的、精神的、空想的、概念的な境を発生させたり、変質させたり、消失させたりする事が出来た。彼女は二回だけ能力が暴走した事があるが、物心がついて以降は完璧に支配して見せた。(暴走によって施設内外を問わず半径500メートルの物質全てが形を保てずに消失したため、犠牲者は200人を超えた。月面都市の形のお陰で宇宙空間に放り出されることは無かったが、種類によってはもっと多くの犠牲者が出ていた可能性がある)
彼女が人に愛されやすいのもその能力の恩恵で、人の警戒心という心の壁を無意識に取り除いていたのだ。
彼女の能力が判明したことにより人類は再び動き出した。
しかし第七世代『未来視の巫女』の予測演算によると、今のままでは最善を尽くしたとしても邪神には勝てないと判明する。
未だに邪神以外の神性存在の手掛かりすら掴めていないが、計画は『境司る巫女』が生きている間に行う必要がある。次にいつこのような得意な存在が生まれるか不明だからだ。
世界各地に伝わる伝承から 御伽噺、口伝えの民謡などの再研究などは既に行われており結果は出ない。
しかし『境司る巫女』は時々、虚空に向かって話す姿を数名の側仕えに目撃されている。その時誰と話しているのか?と質問したものには必ず巫女はこう言う。
『神様は人間の中に少しづつ居る、ここじゃない所には集まってて、人間の中の神様を取り戻そうとしている。わたしの中の神様とおなはししてるの』
世界中のこの手に関わる学者は渋々ながら結論付けた。
―神は我々の中に分散しており、一つに纏めなければそれはただの人の一部に過ぎない。そして邪神の目的は我々人類の中の神の奪取だと考えられると。
人類に分散している神を一つに纏める方法は考え尽くされ『境司る巫女』に頼ることは確定している。しかしその方法が問題だった。
少なくとも一度、人類は人の形を失う必要があったのだ。
人類は一度『境司る巫女』により形を崩され、神の因子を抜き取られた後再び元の形を戻される。抜き取られた神の欠片は『境司る巫女』の元に集まり、彼女が神の欠片を吸収し神性存在になる。簡単に言えば巫女を元に新たな神を作る。そのために一度死ぬ必要がある。元に戻るものの、それが本物の自分かは分からない。
人間にとって形を失うこと、個を失うことは耐え難い恐怖だ。
この行為は確固たる自我を失うのと同等で元に戻れる確証は無い。全ては『境司る巫女』の匙加減で決まり、その後の邪使、邪神の対応も全て彼女次第となってしまう。
これらの計画を進める組織の幹部らはその恐怖から逃げるために計画を遅らせてしまった。足を引っ張り合えるのは余裕がある証拠であり、彼らは邪神対策の最前線でありながら心のどこかで対岸の火事だと考えていたのだ。
西暦2750年。初めて邪神が狩りを行ったとされる日から400年がすぎた慰霊の日。
──5年前と同様にここでは無い何処かでまた狩りが行われるのだ。と、ほとんどの人類が考えながら朝を迎えた。
この日は邪神が張り切ったのか、組織の対応に苛立ちを覚えたかのか13箇所で狩りを始めた。
当時13歳になった『境司る巫女』がいる月面都市も狩場になり世界中が混乱した。組織の幹部らもその年は月面に本部を置いていたため狩の対象となった。初めて狩の対象になり、その味わった恐怖は個人の一時的消失に対する恐怖を超えた。
『境司る巫女』はその際、邪器を用いて月面都市に現れた邪使を全て倒す事に成功するも同時に顕現していた邪神を倒す事は叶わなかった。
生き残った組織の幹部等は同じく生き残った『境司る巫女』に計画の実行を指示し、巫女は何も言わずに指示に従ったった。
月面都市の端には外に出る門があり、『境司る巫女』はその門から生身で宇宙空間に出てひたすら歩く。
彼女は自分の周囲に不可視の結界を張る事で気圧と酸素濃度を維持する事ができる。
月面都市から3キロほど離れたところには月面に比べても尚巨大な神殿があり、月面の景色において異様な光景を作り出していた。
彼女はその大神殿に入り、中の祭壇に上がって手を組む。この大神殿は彼女の能力を月を含む地球圏全てに及ばせる為に古の城を改造して造られた『神の身体』と呼ばれる施設だ。そうして造られた神器である『神の身体』を使えば、巫女は星そのものを使用できるようになり、莫大なエネルギーを行使可能となる。
大神殿の中枢には神釘と呼ばれる聖遺物が使用されている。地球上で、陸地から最も離れた場所とされるポイント・ネモの深海4千メートルに存在する古代神殿から発掘された神釘は星からエネルギーを吸い取る代物である。
そこで彼女は能力を解放し、地上にいる邪使全ての形を崩壊させて空に空いた穴を塞いだ。しかしこれは一時的な誤魔化しでしかない。今頃世界中で事情を知らない者達と知っている者達が歓声を挙げている頃だが本番はこれから。
『境司る巫女』は血の涙を流しつつ人間を個人たらしめる結界を消して魂を取り出す準備を進める。
始まるのは『境司る巫女』の誕生より遥か昔から構想されていた儀式。
地球を30の正方形、20の正六角形、12の正十角形から成る斜方切頂二十・十二面体に当て嵌め、その頂点にあたる場所に建造された120の地神殿を使い星のエネルギーを利用する方陣。
地神殿の中枢にはオリジナルである20本の神釘と100本のコピーが利用された。
それらの地神殿には巫女一族であり『境司る巫女』と同じ『境界の系譜』に連なる者が配置され、その全員が『境司る巫女』と繋がることで彼女の存在の極大化を可能とする。
無論『境司る巫女』と繋がった者の自我は消滅し、その身体は各地の地神殿と同化することで彼女の端末へと変質する。
『境界の系譜』は肉体を失い地神殿と同化する際、不要となった肉体がエネルギーとして放出されるために強く発光する。放出されたエネルギーは地神殿同士を光の道で繋ぎ、惑星は美しく発光する。
地球を覆うこの神聖方陣を起動した『境司る巫女』はこの時既に人ではなくなり星その物へと変化していた。目は閉じられ、銀の髪は光を発し、身体には不思議な文様が浮き出て白く発光している。空気の無い大神殿に風が吹いているかのように髪が靡き誠に神秘的な現象が起きていた。
神聖方陣が美しい光を放っている頃、地球と月には人間が形を保てなくなった何かが大量に発生していた。『境司る巫女』は全ての人類から魂を取り出したのだ。
そして魂を包む結界、心の壁をも消失させ内部に存在する神の欠片を取り出す。それらを自らの身体に取り込んでいく。欠片の神の個体性を消失させ己と融合させることで『境司る巫女』が本物の神になる計画。
しかし・・・
これはある女の子のお話し。
彼女は生まれながらに特別で巫女と呼ばれていました。
彼女はとても頭が良く、運動もでき、誰からも愛される存在でした。
しかし彼女は自分で自分を愛してくれていた人達を消してしまいました。
彼女は悲しみ、自暴自棄になってしまいました。
そんな彼女は偉い人の言われたことをするだけの存在となり言われるがまま侵略者を殺しました。
でも侵略者の偉い人は彼女よりも強く勝てません。
彼女はその時死を覚悟しました。侵略者の偉い人が自分を生かしておくとは考えられなかったからです。
しかし偉い人は何故か彼女を生かしてどこかへ行ってしまいました。
不思議に考える暇もなく、今度は侵略者じゃない偉い人に前から教わっていた計画の実行を命じられました。
モヤモヤを抱えながらも彼女は計画を進めました。
6人の兄弟姉妹を含む120人の同胞を殺めて星を支配下に置き、偉い人も含めて全ての同種の魂を抜き出し、そこから神様の欠片を抜き出しました。
彼女はその欠片を集めて一つにしたものの、欠片は全てを集めても一つの神様になりませんでした。
しかし彼女はその集めた欠片から慈愛に満ちた心を感じました。
彼女にとって同種に愛されることは常識でしたが、そこにはここまで慈愛に満ちた心を一つも見たことがありませんでした。
いつの間にか彼女はこの神の欠片を手放したく無くなっていました。
欠片に意識を向けていた彼女が顔をあげると何かがやって来ました。
そこに現れたのは数時間前に戦ったばかりの邪神と呼ばれる侵略者の偉い人でした。
邪神はこう彼女に言いました。
『その欠片は主のものだ』と。
当然『境司る巫女』は手放したく無いと言い放ちました。
これは彼女の生まれて初めての我儘でした。
星と繋がった彼女は邪神に匹敵する存在力を手に入れていました。
彼女は神の欠片を完全に取り込めば必ず勝てる状況でしたが、彼女はそれをしませんでした。
守る物があれば人はすごく強くなれます。
しかしそれは精神的な事だけで、実際には弱点が増えることによる悪い事の方が圧倒的に多いのが事実でした。
邪神も神の欠片を傷付けることが出来ませんが奪い取れればいいと思っている分有利に働きますが、『境司る巫女』は邪神を倒し神の欠片を守ることに成功しました。
しかし戦いの後、戦いの影響で大神殿は壊れて人類の未来は消滅しました。
そして彼女は最後の人間として宛もなく彷徨う事になりました。
めでたしめでたし
彼女の行動は間違って居たのでしょうか?それとも合っていたのでしょうか?
ちなみにその後、彼女が彷徨う先には邪神の飼い主だった最高神が居て彼女から神の欠片を簡単に奪い取りました。そして契約を持ちかけてきました。
──コレが欲しければ私の世界で封印されていてくれ。